ヒロインふたり!
3-1)
突然やって来た宇宙人・楓との一週間を期限とした同棲……否、ホームステイ生活も今日で3日目。
美人だし、悪いヤツじゃないんだけど、色々あって何かと疲れる毎日だ。
午前中はふたりで朝メシを食べて、その流れのまま雑談タイム。
内容はホームシックにならないようにと楓の故郷の話が多い。
よけい悲しませるかと心配しつつも現状で正解だったみたいで、嬉しそうに話してる。
初日にも少し聞いたけど、今日も食の話になった。
錠剤のような固形物のみを食す楓たちの惑星N101にはキッチンや調理器具は存在しないらしい。
惑星自体がひとつの国で、食糧の錠剤は袋詰めにされ国営店でのみ販売されてるそう。
ふーん、手間がかからなくていいけど、地球人には物足りないなあ。
米とパンと肉と魚と……いろんなもん食いたいよな。
ま、宇宙は広いから鉄や岩石を食べる種族もいるけど、うんオレは地球人で良かった!
そんな会話を交わした午前中。ああ、平和だった。平和だった。なのに……。
3-2)
時は昼メシを食べ終えた午後。例のごとく楓を外出させ、オレはひとりで受験勉強。
二浪中で、今年こそはとバイトも辞めたんだ。親にも迷惑かけてるし、頑張らないとな。
……それから数時間、ペンを止めて喉を潤し少しの休憩。
ふと耳におかしな音色が入る。キューともピューとも聞こえる笛のような……玄関前の通路からだ。
んー?何だろ?
あ!これお隣のロザリーちゃんの靴音だ!
オレも小さい頃履いてたなあ。鳴らしながらダンスとかしてさ。
散歩かな?覚えたてのひとり歩きが楽しんだろうな。
キュッキュッってかわいいなあ。昔を思い出すよ。懐かしい。
ナナなら素足であんな効果音出しそう。長いしっぽも付いて、どう見たってアイツはサ……。
「おじゃましまーす!」
明るい声をさせていきなり玄関ドアを開けたのはひとりの女。楓ではない。
うわっ!げ、麻子!
油断した!ロザリーちゃんに気を取られてコイツのうるさい靴音に気づかなかった!
3時?この時間に来たってことはこれから居酒屋バイトか。でも来るならLINEくらいよこせ。
「勉強中?次は受かりそう?」
うるさい。来るなり不吉なことを嬉しそうに言わんでくれ。追い出すぞ。
そんな彼女は悪びれもせず自然な動作で隣に座る。
今年の大学入試の会場係だった麻子。
同年で、話が弾んでアドレス交換。何度か会ううちに友達以上恋人未満の仲になった。
ちなみに麻子はカレシ持ちだ。
現役大学生の彼女はオレの家庭教師にもなってくれる。
保育士を目指してる彼女の専攻は教育学部。
教師を目指し同学部を希望するオレにとって情報源となる何かとありがたい存在だ。
でも油断すると、
「麻子……」
至近距離で勉強を教わってると男として我慢できなくなるときがある。
化粧とか香水や髪の匂いが誘ってくるんだ。
床に座りベッドに寄りかかる麻子とのキス。エッチも2回した仲だ。今さらキスで騒がない。互いに瞳を閉じて抱きあう。
回した腕を服の中に忍ばせ背中の肌を撫でた。
「ん、あんっ……」
あ、今日のコイツ感度がいい。
なんか押し倒したくなってきたぞ。楓、まだ帰らないよな?けどこんなときに限って……。
ガチャッ
え、ガチャ?もしかしてこの音は。それに続くかすれ声も間違いなく……。
「あ、ごめん」
やっぱりか!
オレって幸薄い青年?
タイミング悪すぎだよ、楓さん。
ん?ん!?あれ、その格好……。
思わず見入ってしまった初めて見る楓のスカート姿。
モスグリーンの膝丈ワンピースだ。うわ、スタイル良すぎっ!
綺麗すぎます、楓さん!
そんな内心の褒め言葉など聞こえない楓は、立ち尽くしてオレと麻子を見つめる。珍しく無表情だ。
そうだよな、キスシーンに出くわした楓の方も気まずいよな。
そしてその思いは的を得たらしく、
「出直すね」
とうやら気を遣わせたようだ。
たった一言それだけを口にして、楓は扉の外に姿を消した。
瞬時に、抱きあったままの相手からも当然の一言が投げかけられる。
「だれ?今の女」
「あれが楓」
「うそ!女っ!」
LINEで宇宙人の来訪を伝えてたけど、性別までは知らせてなかった。
宇宙人に会いたいと返信してたから安易に考えてたけど、事実を知って大げさなほど驚いてる。
まあそうだよな。
けれどこれだけは言いたい。
故意に隠したわけじゃないぞ、念のため。
3-3)
場の空気も冷めてしまった。体を離してそれぞれ座り直す。
そこからは麻子のグチをたくさん聞かされた。
バイトの店長や客、学校の教授、カレシとの仲も最悪と巻くし立てる。
コイツ、ストレスたまってるなあ。お気の毒。
でも悪口は言うけど変な悪意はなく、後味の悪さを残さないサバサバとした口調。
はっきりとした性格。そこが麻子の長所で、一緒にいて気持ちがいい理由だ。これからも隣にいてほしいと思う。
楓のヤツ、オレたちの仲をどう思ったかな。ふと頭に浮かんだ疑問。
オレに焦りはなかった。恋人と思われてたって構わない。楓にどう思われようと戸惑いはなかった。
楓のことは気になるけど、あと4日でお別れの人だ。本気で好きになってはバカを見るだけ。
ずっといてくれる麻子の方が優先だ。ま、コイツとも現状維持が理想だけど。
楓の内心が知りたかった。あとで聞いてみよう。
嫉妬してくれてたら、それはそれで嬉しいし。ってのは都合良すぎかな?
3-4)
バイト出勤の麻子を玄関で見送ってから早2時間。
そろそろ楓が戻りそうな予感がしてテーブルの上の参考書なんかを片づけた。
ものの数分で鍵音がして、楓の帰宅を告げた。現れた彼女はワンピース姿のまま。
さらに嬉しいことに晩メシまで買ってきてくれていた。
貯金、コイツの方が多いしオゴってもらわないとな。
楓は箸もフォークも上手に使えない。けれどスプーンは使えるらしく好物になった牛丼やカレーを食うには具合がいい。
さっそくカツカレーを上手に、美味そうに食っている。朝もカレーだったのに……。
そんなオレは天丼を食べながら視線をチラチラ。
キャミ風ワンピースの楓があまりに綺麗すぎて!
だってコイツずっとジャージやジーンズばかりだったし。
いきなり鎖骨とか肩を目の前で披露されたら美人なだけに興奮するって!
でも何で?心境の変化の理由は何?
それともうひとつ、オレと麻子との関係についても探りたい。
うん、実行してみるかな。行動開始!
「さっきはせっかくのお楽しみを。いつもはもっと遅いくせに何であの時間に?」
「この服見てほしかったんだ」
服に手を当て、照れもせず真面目な表情で呟いた。
ああそうか、女らしい姿をオレに早く見せたかったのか。
口調から何となく読み取れた。
褒められたいとか恋愛感情などなくて、純粋にただ見せたかったんだろうな、と。
顔もかわいいが性格もかわいい。
うーん、どんどん誘惑される。
頼むから無意識に惑わすのはやめてください、楓さん。
ノロけるのはオレひとり。眼前の美女は責められたと思ったのか、綺麗な顔に暗雲を漂わせた。
なんて悲痛な……オレも顔を引き締める。でも語り出した楓の声もなんか頼りなく……。
「勝手なことしてごめん。私、今夜から部屋出るよ?さっきの人、泊めなよ」
コイツ、絶対傷ついてるはずなのにオレのことばかり気にして……。
麻子との仲も予想通り誤解してるし。
誤解されたままでも良かったけど真実を教えた。
単に嘘をつきたくなかったから。ひとりにさせたくなかったから。
「アイツにはカレシがいるし、オレとはただの友人だか……」
「キスしてたのに?」
「たまに、そういう仲になるんだよ」
理不尽な意見にも関わらず楓は同意してみせた。
オレよりふたつ上のオネーサマだ、恋愛経験も豊富だろう。
男女間に関しても綺麗事だけでない現実を知っているに違いない。
「そっか。……彼女の名前なんていうの?」
「麻子だよ。オマエに会いたがってた」
「ホント!友達になりたいなあ」
パッと明るい笑顔。正直で気まぐれでコロコロ変わる表情。まるで猫みたいだ。
麻子とも気の強い者同士いい友達になれるんじゃないだろうか。
そしてオレはひとりで納得した。
楓と麻子。何となく似たふたりに惹かれた自分自身に。
それと、嫉妬の気配は微塵も感じなかった。
「牛丼ちゃん」と寝言を漏らすような女だ。花より団子なのだと己に言い聞かせる。
でもちょっと虚しい、そんなオレに、
「アキラ、明日どこかに行こうよ」
えっ、これってデートのお誘い!?