2日目は修羅場三昧!
2-2)
オレに暴行の趣味なんてない。女にこんなことしたのも初めてだ。
本気じゃないし、これ以上の行為だってしない。だけど……。
場所は朝っぱらのベッドの上。オレのまたがる体の下には、綺麗な、本当に綺麗な女が仰向けになっている。
「いや……だから、だから男のフリしてたのに。離して……いや」
抵抗はその言葉だけ。見上げる彼女の瞳は脅えて、唇と体はガタガタと震えて、これから起こり得る身の危険に恐怖を感じていた。
見た目にもはっきりとそれがわかった。
そんな彼女が、そんな楓にキスがしたくなった。思いきり、激しく。
それくらい欲情した。彼女はまさしく『女』だった。
オレには理性が残されていた。暴行なんてやっぱり趣味じゃない。性別を騙された仕返し。それだけなんだから。
「本当に女だなー。脅えなくていいよ」
「いや、離して。いや……」
笑顔でオレは話したけど、楓にはこの笑顔がさらに怖かったらしい。
シーツに押しつけられて、いまだ身動きも取れないし、信用できないようだ。
よくよく想像してみたらやっぱ怖いわ。このタイミングで笑ったオレが悪い。
何だか可哀想になってきた。仕返しはここまでで十分だろう。
優しい口調を選んで、また語りかけた。今度は誠意を込めて真顔だ。
「何もしないから。もう離すよ」
「絶対に、絶対にもうしない?」
脅えたままの瞳でオレの頷きを確認した楓は、警戒心を解けないまでも一応の冷静さを取り戻したみたいだ。
全身から力を抜いたのがわかった。
オレはベッドから離れ、ゆっくりと上体を起こす彼女の姿を視界の隅に認めた。
ちょっとやりすぎたかな?反省だ。
軽い気持ちで思いつつ、飲み物を取りに冷蔵庫へ。すると背後から、
「ママ、ママ……」
何度も繰り返される母親を求める声。泣き声だ。
振り向くと、ベッドの上で膝を抱えて座り込む楓の姿。
顔は隠れて見えないけど、鳴咽や肩の震えから泣いているのは明らか。
昨日ホームシックだと悲しんでた。こんなことされたらよけい帰りたくなるよな。泣きたくなるよな。
オレ……オレ、バカだ。
昨日信用されたいと望んだばかりだったのに!
足早に移動してベッドの横で床に膝をつけた。彼女の丸くなった小さな背中に声をかける。
「ごめん楓!もう絶対にしないよ。残り5日間いい思い出作ってやるから。ごめんな、ごめんな」
返答は何もなかった。もちろん昨日の飾らない爽やかな笑顔も。
大切なものを失った気分になった。
宇宙人だとか性別だとか、そんなものはどうでもいい。
『楓』という個人を大切に守りたい。笑顔でいてほしい。オレはそれを失いたくない!
……惚れたのかな。まだよくわからない。
顔を伏せながらグスグスと鼻を鳴らす彼女の態度に変化はない。しばらくこのままだろう。
一度家を出て外で頭を冷やそうかな。ひとりで落ち着きたいし、この弱々しい背中に責められてるようで見ていたくないし。
ごめんな、楓。逃げらせてよ。
2-3)
玄関を出ると隣の山田さんのご主人と顔を会わせた。
昨夜次女のロザリーちゃんを泣かせた原因はやはりオレだったらしく、丁寧に謝罪をした。ご主人は咎めもせずに許してくれた。
いい人だ。だからナナをかわいがってるんだろうな。
まあホームステイ先での犯罪は終身刑と条約で定められてるし、宇宙人もムチャはしないだろうけど。
でもなあ、楓と違ってナナは毛深いしどう見てもサ……。
「アキラっ!」
ん?楓の声だ。オレを呼んでる!
山田さんに一礼してオレは自宅に逆戻り。
ワンフロアだけに入ると全体が一望できる。
すぐに楓と視線が交わった。彼女はベッドを椅子代わりに腰掛けてオレを見つめる。
手には彼女たちN101星人の食事である錠剤の入った袋が。
は?
……コイツ、この状況でメシ食ってたのかよ。さすが図太い宇宙人。
さすが楓サマ。オレの方が泣きたくなってきた。
悲痛な声をさせて、一体何しに呼んだんだ?
質問したオレがバカだった。聞かなければよかったと後悔した。その恐るべき一言とは。
「牛丼食べたい」
オイ!そんな用事かよ!
確かに人間腹は空く。でも落ち込んでた女が言うセリフか?
愕然と肩を落とすオレ。
だけど心にはもうひとつ別の感情か湧き起こる。
ああ、元気になったみたいで安心した。瞳は赤くて頬には涙の跡がくっきり残ってるけど、穏やかな表情だ。イジめたお詫びに買ってきてやるかな。
にしても昨夜食わせたコンビニ牛丼。そんなに美味かったのか……。
朝から置いてるかな。牛丼屋でテイクアウトしないとダメかも。
肉でいいならコンビニのカツサンドとか焼肉おにぎりでもいいかなあ。
すっかり楓のペースにハマったオレ。結局ふたり分の朝と昼メシをコンビニで買ってきた。
牛丼はなかったから、また今度な。ああっ、そんな残念そうな顔するなよ。
オレの落ち込みも解消。仲直りも成功。
順調に時間は流れ、そして昼。最悪なことに事件はしつこく続くのであった。
2-4)
二浪中のオレの午後は受験勉強だ。教師を目指して教育学部のある大学を志望し頑張ってる。
言っておくけど二浪には理由がある。いま思い出しても悔しい。
一年目は試験前日に虫垂炎になり落ちた。二年目はインフルエンザのせい。高熱で外にも出れず頭もバカになってた。よってまた不合格。
……縁起悪いな。負け犬の遠吠えみたいだし。昔の話はやめよう。
そんなワケで今年こそはと勉強に集中したく、楓には今日も外出してもらうことに。
昨日はジムでの運動を強制したけど、女と知ったからにはちょっとなあ。
ま、夕方まで好きなトコにいてもらおう。あ、ついでにこの書類もポストに投函してもらおうかな。
ではいってらっしゃい、楓さん。どこか嬉しそうだけど、気をつけて!
……それから約一時間、シンとした室内に電話の着信音。楓からだ。どうした?
「えっ、ウソだろ!?」
電話片手に叫ぶオレ。預けた書類をなくしたらしい。
唖然としたけど冷静さも保ち、詳細を直接聞きたくて一度ここに戻るよう伝えてオレは一方的に電話を切った。
なくしたってどういうことだよ。あの書類はパソコンでの受付可能にも関わらずワザワザ手書きを選んだ努力の結晶なんだぞ!
コピーは残してるけど、なくされたって事実がムカつくんだよな。くそっ!
◆
帰宅した楓は思ったほど落ち込んでなく、それがよけいにイラついた。
だからいきなり愚痴をこぼしてしまった。
「オマエなんかに頼まなきゃよかったよ」
朝の態度でオレは誤解していた。
楓は弱々しいだけでなく、気の強い活発な女だった。即座に言い返されてびっくりだ。
「頼んでおいて嫌味なんて見苦しい!いきなりそんなの男らしくない!」
逆ギレかよ!なんだコイツ、ムカつくぞ。反省なんて見られない。
何でオレが叱られるワケ?悪いのはそっちだろ。生意気な宇宙人だ。反撃せねば。
「役立たずな宇宙人だよな。探し物を見つける超能力とかないのかよ」
「あればとっくに見つけてます!」
「勝手にホームステイに来て、料理もできない女なんかいらねえよ!」
「宇宙人だから仕方ないでしょ!」
う、これには返す言葉もなく納得のみ。錠剤しか食べてないんだもんな。
けど素直に同意はしたくない。悔しくもボキャブラリーに乏しく似たような文句になってしまった。情けない!
「オマエなんかいらねぇよ!」
「わかりました!今日は帰らないから!」
「構わないよ。ベッドで寝れるしな」
「そんな床みたいなベッドいらない!ホテルのふかふかベッドで寝るから!」
「勝手にしろ!」
「そうします!」
長い髪を翻し、一度も振り向きもせず、楓は家を出て行った。
あんなのに惚れそうになっていたとは!
あー重症になる前に気づいてよかった!
あ、しまった!書類のこと何も聞けなかったな。
ま、いいや。朝みたいに泣いて帰ってくるだろう。弱虫のくせに強がって、可愛くない女!
……でも、案外そこが可愛かったり。美人だし。女相手にムキになりすぎたかな。
あーーっ!
オレってホント情けない!