初日終了!andキス?
1-5)
「きゃあっ!」
「わっ!ごめ……」
テーブルにこぼしてしまったペットボトル。
眼前の楓の服を汚して謝りかけたオレだけど……ん?きゃあ?
え?きゃあ?いま、きゃあって……。
男にしてはかわいらしい悲鳴。え?コイツ、もしかして……もしかして……。
「えっ、えっ、オマエ、もしかして」
「違う!女じゃないからね!」
いや、まだそこまで追求してないんですけど……。
と、自らの失言に気づきもしない楓。
無駄な抵抗にも関わらず、色白の頬を赤く染めてお構いなしに言葉を続けた。
「悲鳴あげただけで女扱いしないで。驚いただけなんだから!」
あのー、すでに言葉遣いが女なんですけど。やたら動揺してムキになってるし。
宇宙人って単純でわかりやすい。しかもバレバレなのに往生際も悪いし。それともコイツだけ?
でも、ああそうか、女だったのか……。
知らず、自分に言い聞かせるようにオレは同じことを呟いた。
「女の人か……」
悲しいかな、少し沈むその声に慰めの言葉はなかった。
耳にした単語にのみ反応し、楓はようやく現状を理解したらしい。顔いっぱいに驚きを浮かべた。
「えっ、やっぱりバレてた?」
当たり前だろ!気づくの遅すぎ!
今さら言うか?それも本気で。コイツ、明らかに天然だ。ボケ専だ。
だけど、びっくりだよ。今まで男だど思ってたヤツが女だったとは。
オレの勝手な思い込み?違うよな。コイツ、絶対に隠してた。
まあ男の家に女がひとりで来るんだから警戒するのも当然だけど隠さなくたって……。
たまに見せたワザとらしい動作、強がってたのかな。思ったより臆病なのかもな。
でもそれなら同性の家に行けばいいのに。
「何で男の家に?」
「仲間と来たんだけど、クジ引きで決まっちゃって」
断れよ!変えてもらえよ!
宇宙人って図々しいくせにマヌケなんだよなあ。そこが憎めなくて地球人はコロッと騙されるんだけど。
しかし!
……そうか、オレはクジで決まった男だったのか。ふーん。
ふーん、いいけどさ。
◆
場も落ち着き、楓は汚れたテーブルを拭いている。
改めてそんな『彼女』をオレは観察してみる。
輪郭や腰が細いとは思ってた。髪も長いし、肌も白い。貧弱な男だと感じたから鍛えようとしたのにまさかなあ。
そして、オレも男だ。視線は胸元へ行ってしまう。
スウェットの中に厚着してるのか、大きくないのか、あまり目立たない。そのうち判明するだろう。
と思ったらいきなりスウェットの上を脱ぎだした。
濡れて汚れたんだから当たり前だ。そのスタイルは……。
コイツ、モデルみたいだ。
失礼ながらTシャツ姿の胸は小さいけど全身細くて背が高くて、顔だって化粧すればメチャメチャ綺麗になると思う。
うーん何か気まずいな。女友達として普通に接すればいいだけなのに変に意識してしまう。
男同士の友情を深めるつもりでいたからショックな部分もあるしな。
それにしても女と一週間を過ごすのか。ワンフロアだから着替えとか生活環境に配慮しないと。面倒になっ……。
あ!ベッド!
さすがに女と知って床には寝せられないよな。
仕方ない、手放すか……。
さよならオレのベッドちゃん。
さっそくオレはそれを伝えた。昨夜は床に寝せられ不満タラタラだった楓の反応はというと。
「えっ、本当!ありがとう!」
オイオイ、即決かよ。せめて一度は遠慮してくれ楓さん。
あなたがベッドということはオレが床に寝るという現実なのだから。
でも……。
きちんと謝礼を言ってくれるトコが嬉しかったり。飾らない笑顔も好感がもてるし。
ん?かわいい笑顔といえば、さっきまで聞こえてたお隣のロザリーちゃんの泣き声。
この騒動で泣かせたかもしれないんだよな。明日山田さん夫妻に詫びないと。
……ナナも鳴いてたな。そっちは放っておこう。だってあれはサ……ま、いいや。
やがて楓との2度目の就寝タイムとなった。
ベッドに満足なのか、彼女の口から呪いの言葉はもう聞こえない。
助かった!
受け側とはいえホームステイ初日だったし、意外と疲れた心と体をゆっくり休ませたいもんな。今夜は安眠できそうだ。
そしてその通り、オレは女の存在や床の硬さなど忘れ、朝まで熟睡したのだった。
2-1)
『女』の存在を意識したのは目覚めてから。
やっぱり疲れてたのか、いつもより遅い朝8時の起床だった。
呑気に楓はまだ寝ていた。なかなか起きそうにない寝息が聞こえる。
背中を向けて横たわる彼女をオレは何気なしに覗きこんだ。
うわ……コイツ、綺麗だ。
穏やかな寝顔に伏せられた瞳の反り返る睫毛。
今まで結ってた長い髪はほどかれ、顔と上体の半分を覆って色気を漂わせドキドキを増幅させる。
見惚れてしまう美しさ。
何で初めから女だと気づかなかったのかな。初対面のときのコイツの態度に呆気に取られたせいだろう。
いま思えば演技だったんだろうな。うーん見事に騙された!
……悔しいな。騙された仕返しに、少しイジめてやるかな。熟睡してるし、襲うフリして脅かしてやろう。
でもコイツそれと気づくかな。年上のオネーサマだし、冗談だと笑われるかもなあ。ありえるぞ。
ま、いいや。実行開始!
悪く思わないでくれ楓さん。少しの間オレのイタズラに付き合ってくださいな。
本気じゃないから他には何もしません。
胸中のオレの声はもちろん楓には届かない。
よって突然仰向けにされて両手首を握られ動けなくなった彼女は、オレを頭上に、身を硬くして叫んだ。
「い、いやっ、離して!離して!いやっ!」
女としての恐怖を感じたみたいだ。けたたましい悲鳴をあげ続ける。
勇んでいたいつもの姿は消え失せ、体を震わせて脅える姿だけがそこにあった。
「いやっ!いや……いや……」
あまりの豹変ぶりに驚いてしまう。
頬にかかる長い髪、脅える瞳、震える唇。
何て女らしく、惑わす仕草を見せるんだろう。
ヤバイ、惚れそうだ。キスしたい。