辛い!甘い!最後の夜
6-1)
昨日の嵐のような騒動は昨夜で終わるものとオレは信じていた。
すっきりした目覚めを迎え、確かに早朝までは幸せだった。
しかし!
朝と昼の食事を買いに楓とコンビニに行くとそれも一変。
「アキラ!ケーキちゃんだ!」
めざとく楓は陳列棚に3番目の恋人であるケーキを発見したのだ。
瞳を輝かせる彼女にオレの叱咤が飛ぶ。
「ダメっ!まともなメシにしろ!」
「ケーキ食べたい!ケーキと、ならこっちのカレーパンは?」
「パンは許す。でもケーキはダメ!」
朝っぱらのコンビニで周囲の失笑を誘う食事戦争。
笑い事じゃないんだぞ。放っておくと3食すべてケーキになってしまう。命がけなんだ。
楓はブツブツ文句を言いながらも妥協して数種類のパンと飲み物を買い、貧乏浪人生のオレの分もねだって支払わせた。
女に払わせるなんて最低と思われるだろうが、何せ相手は大統領令嬢の金持ちだ。許されるはず。
ケチだから1000円以上は出してくれないけど。
◆
朝食後の雑談タイム。今日の話題は楓の名前の由来についてだ。
宇宙人なのに漢字で『楓』なんて不思議だもんな。
聞くと楓の母親、つまりN101星大統領夫人兼秘書兼元外務長官という凄い肩書きを持つその人も、若い頃ホームステイで地球に来た経験があるらしい。
日本に滞在し、そこでテレビの時代劇のファンになったそうだ。
お気に入りの作品のお姫様の名が『楓』で、自分に女の子ができたら絶対そう名付けると決めたみたい。
ふーん、お姫様ねえ。忍者の間違いでは?
まあ名前が変なのは楓だけじゃないけどな。
お隣の山田さんの家はご主人が日本人、奥さんが中国人なのに次女はロザリーだもんな。
なぜ欧米風?山田家七不思議のひとつだよな。
ん?七といえば、ナナって今日で8日目の滞在だよな?何日間の滞在予定なんだろ。
楓も長くいてくれたらな……ナナと取り替えるかな。
でも怖いと評判の銀河警察にバレて捕まりたくないしなあ。
6-2)
滞在7日目の明日でいなくなる楓。ちょっとセンチメンタルに浸った午前中を経て、時は昼食後の雨上がりの午後。
進学塾に通う金もないオレの午後はひたすら自宅で受験勉強。
苦手科目を中心に参考書とパソコンに集中だ。
オレはいてほしいし、構わないと言ったのに楓は遠慮して外出すると浴室で着替えを始めた。
言い出したら聞かない女だ。互いに気も強く口論は避けたいので好きにさせることにした。
「勉強頑張ってね」
程なくして年上の魅惑的な微笑みを残し彼女は玄関の外に消えていった。
静かになった室内が寂しい。やはりダメだ。耐えられない。楓なしの生活はありえない!
側にいてくれ!
慌てて後を追ったけど……あれ、いない。
え、何でだ?早すぎだろ。まるで消えたみたいに……。
まさか瞬間移動の能力?それとも本当に忍術?
エレベーターを確認したけど一階で停止したまま。もう降りたのかな……早すぎな気がするんだよな。
首を傾げつつ自宅に足を戻した。
気分一新、床にあぐらをかいて、さあ勉強開始!
……とはいかなかった。
楓のことしか考えられない。笑顔が見たい。声が聞きたい。とにかく側にいてほしい。
全く勉強に身が入らず、パソコン画面に楓の惑星N101の地球用公式サイトを開く始末。
確かに楓は大統領の娘で名前のみ記載されていた。ちなみに兄と妹もいるようだ。
独身の兄貴か……イケメン宇宙人募集中の麻子が知ったら飛び付きそうな情報だな、と顔をニヤニヤ。
ん?
あーっヤバい!笑ってる場合じゃないぞ!
明日でお別れの楓に地球土産を買ってなかった!
彼女が外出したのはむしろラッキー。気づかれずに買い物ができる。
帰宅は夕刻6時くらいのはず。それまでに用件をすませて何食わぬ顔で待ってないと。
善は急げとばかりにオレは買い物に出発。楓の好きそうな品を何点か選んで帰宅を果たした。
時刻は5時。楓はやはりまだいない。良かった。
この土産も気に入ってくれるといいな。別離は寂しいけれど……。
6-3)
少しでも長く一緒にいたいのに、楓の帰宅は6時半だった。
無表情を装うも内心では叫びたいほど嬉しいオレ。
彼女のいる空間は安らぎや明るさをもたらし、その存在感は時間の経過と共に増している。
そんな楓の手にはトレイが握られ、皿が2枚。中身は匂いだけで判別できた。この匂いは……。
「アキラ、これ食べて」
「カレーライスだよな?あれ、これ手作り?」
差し出された物は確かにカレーライス。そして明らかに手作りだ。
夕食は嬉しいし、家庭料理はさらに歓迎だけど、一体どうしたんだ?
すると楓はテーブルを挟んだ正面に座り、悪戯めいた明るい声で教えてくれた。
「私が作ったんだ」
「オマエが!?え、いつどこで!?」
オレの驚きは当然。
聞くと隣の山田さんの家でご主人から指南を受けたらしい。
オレも何度かお裾分けを頂いたけど、山田さん料理上手だもんな。
あ、そうか。瞬間移動の原因は屋外でなくすぐ隣だったからか。
バカバカしくも単純な事実に苦笑いだ。
さて熱いうちにさっそく味見だ。
楓の手作りか。カレーライスって所がいかにもコイツらしいよな。
スプーンを握ってチラリと覗き見ると、彼女は真剣にオレの手元を見つめてる。
緊張が一目で伝わって、おかしいやら可哀想なような。
待たせるのも悪いので視線を受けながら一口目をパクリッ。
「どう?どう?アキラ、美味しい?」
感想を急かす楓。
正直熱くてはっきりした味がわからない。
無理やり飲み込んでもう一口。今度はいい感じ。ふむ、感想は、
「美味い!楓、美味いよ。オマエも食べろよ」
口に頬張り食事を促した。実は期待してなかっただけにやたら美味くて余計に絶賛だ。
辛さとかオレ好みでお代わりしたいくらいだ。
「嬉しい!アキラとカレー食べたくて頑張って作ったの!」
誕生日に食べに行けなかったせいもあり、眼前には最高のスマイル。
嬉しさを隠さず楓もニコニコ顔で食事を始めた。
約束をようやく果たせた気がしてオレの心も軽くなり、食事も進んだ。
食べながら悪戦苦闘の調理話を聞いた。
野菜を持つのも火器を扱うのも初めてで、特に包丁は怖かったらしい。
楓の惑星は錠剤だけで調理要らず。初料理に戸惑うのは当然だ。
野菜を刻む音に恐怖を感じた、とは地球人のオレには意外だけど。
でも本当に美味しい。楓の手料理だと思えば尚更に。
別離を前にいい物食べれて幸せだ。ごちそうさま。
再び誉めようと正面を向くと、先に口を開かれた。
切実な声に、笑みの消えた真顔だった。
「料理覚えるから、いらない女って言わないでね?」
あ、そう言えば前にそんなことを言った気も。
怒り任せで本気じゃなかったんだけど、気にさせてたみたいだ。うわーごめんな。
ずっと気にしてたんだろうな。だからワザワザこうして作ってくれたんだ。
ごめんな。それとありがとう。そして、
「オマエは大切な人だ。いらないはずない。料理できなくてもいい。ずっといてほしいよ」
明日にはいなくなる。無理だと理解していても言わずにはいられなかった。
6-4)
オレの気持ちを承知の楓。期待を持たせないよう「ありがとう」とだけ呟いた。
発言に感激してくれたのは震える声からも明白。その謝礼だけでオレも満足だった。
その後は互いに気持ちをごまかすような表面だけの会話が続き、やがて就寝時間を迎えた。
床で寝る最後の日で、明日からはベッド生活なのに嬉しくない。
目覚めたらその日が別れの日だ。明日なんかいらない。楓がいなくなるなんて!
そんな時、電気の消えた薄闇の中から声が届いた。
「アキラ……」
「どうした?腹でも空いたか?」
切ない声に対しオレの返答は自然とこうなった。
相手は楓だ。正しい判断だったと強く訴えたい。
まさか次の発言が続くなんて想像もできなかった。
「一緒に寝よう?」
絶句。一瞬オレの時間は止まった。
本気か?いいのか?隣で寝てもいいってことだよな?その切ない声でオレを誘うのか?
ある意味オレは冷静だった。急がずにまず確認を取ってみた。
「いいのか?」
けれど相手は無言で、答えを待たずしてオレは静かにベッドに入った。
寄り添って来たのは楓の方から。あれ?この感触って……。
え!?Tシャツじゃない!?
いつもと違うキャミソール姿の柔らかく温かい体は見ずとも識別できた。
「好きだっ!」
無意識に叫び、本能のまま横たわるその体を抱きしめた。
腕の中に、胸の中にオレは楓を強く抱きしめた。




