少年だった~地平線のむこうがわ~
「おう、ちょうど1年ぶりやなぁ。 もうここには来んでええ言うたのに、あんたも暇やな」
「1年ぶりならそれらしく、もう少し気の利いた挨拶の口上でも考えておくべきだろ。 去年と同じじゃないか」
1年ぶりの彼の最初の悪態は、「もう来んでええ」と言った翌年の、2年前から変わらない。
「ホラ、土産」
呆れた顔をしつつもそれに安堵し、ポケットからもう数本しか入っていない煙草の箱を出すと、今度は彼が呆れた顔をした。
「気ィ利く云々なんて言う割に、吸いかけやんかい。 土産なら新しいん持ってこな」
「君にゃそれで充分だろ。 煙草の値段もまた上がったんだ。 新品をやっても仕方ない」
「世知辛いのぅ」
彼の為に1本、煙草に火をつける。吸い終わるのを待って革ジャンのジッパーを閉めた。
一年越しの相乗りだ。
乗るのは『HONDA フュージョン』。
ビックスクーター。興味のない人に『オートバイ』と言って想像されるやつではない。
散々周りにダサいと言われたが、そのダサさも含めて味がある。よく言えばモダンでノスタルジック。今も人気の車種だ。
14年前に、ふたりで中古のフュージョンを購入した。
金がなかったからであり、それまで別に仲良くもなかった。仲良くなったのはフュージョンがきっかけだった。
ツルんでるグループ内でふたりは特殊な立ち位置にあった。
ちょっとヤンチャな集団の中、転校生で真面目風の僕と、見た目は派手なクセに他より少し寡黙で、インテリ風の彼。
全体的に仲は良かったが、僕と彼はあまり話さなかった。今思えばそれも似ているが故だったんだろう。
バイクへの興味は『仲間内で流行ってたし、カッコイイから』という単純なもので、速さに特別な興味はない。そういう文化も既に廃れていたが、その名残なのか周囲の皆はストリートファイターやレーサーレプリカのオートバイに乗っていた。『だからこそちょっと毛色の違うものが欲しい』という、僕の価値観や経済観念は、彼とたまたま一致したのだ。
フュージョンを買ってからはどこに行くにもこれ。徐々にガタがくるところのパーツを変えたり、整備をしたりしながら。
今の所有者は僕だが、最初の所有者は彼。
運転も交代制。
フュージョンを機に仲良くなった彼とは『生き別れの兄弟じゃないか』と冗談で言うくらい気があって、バイク関係なく遊ぶようになっていた。
好きな本は『剣客商売』、よく聴いたのは『BLANKEY JET CITY』。親の世代のJロックバンドだ。
そんなところも同じで盛り上がった。
仲が変な風に疑われたが、別にそんな関係じゃない。
『そんなのよりもっと大事』とか言うと、恥ずかしいから言わないけれど……
ツーリングとは言っても速さを楽しむ訳ではなく、実にのんびりしたものだ。
流れる風景と秋風を楽しみながら、少し遠出するだけ。
立ち寄る場所は、流れ次第。行く方向に観光名所や大きな公園、或いは有名な店があれば、休憩がてらに立ち寄ることもあるし、そのままスルーすることもある。
今日は土手沿いの大きな公園で休憩することにした。
平日とあって人は疎ら。
釣りに興じるお爺さん。犬を散歩しているカップル。
遊具の方のベンチでは子連れのママさんらがお喋りしている。
自販機でコーヒーを買って、公園の溜池の前に点在するベンチのひとつに腰を下ろした。
水面が陽射しを反射し、キラキラと光る。
風はもう秋なのに、落葉樹の葉はまだ緑のまま小刻みに震えていた。
「晴れて良かったよ」
「雨でも良かったわ」
「相変わらず天邪鬼だな」と軽く謗る僕に、彼は何処か悲しそうな顔をする。見なかったフリをしてコーヒーに口をつけた。酷く苦い。
「ユウキ、もう終わりにせな」
「……そんなこと言うなよ。 1年に1度の逢瀬じゃないか」
聞きたくない言葉に、わざとおどけて返す。
「俺だけやないで。 フュージョンもそう言うてるわ」
「……」
わかってはいた。
『いい加減潮時だ』と。
いや、とっくに過ぎていた潮時を、延ばしていたのは僕だ。
レストアを手伝ってくれていた友人等はもう遠く、家族や仕事、皆自分達の事に精一杯。そしてそれは僕も大差なかった。
フュージョンに乗るのは、既にこの日だけになっている。
1ヶ月前、今日の為にエンジンを吹かそうとして背中が凍りついた。──かからなかったのだ。
一体いつから放置していただろうかなんて、考えたところで今更だった。自分のいい加減な整備じゃ間に合わないと、即、近くのバイク屋に電話した。
あの頃ならば、そんなことにはならない。
あの頃ならば、なったとしても自分らでなんとかしようとしただろう。
あの頃ならば、金はないが時間はあった。
フュージョンへの愛情も、多分……今より。
「──僕は、変わったかな」
「変わらんモンなんかあるかアホ。 見てみぃあっちのガキ共を。 1年経ちゃぁヤツらは去年の服も着られんねん。 6年ちゅーたらランドセルに背負われてたようなんがもう、生意気な中坊やぞ。 なにが『僕は、変わったかな』ーや、恥ずかしげもなく……コレやから東京訛りは。 全く、よー言わんわ」
「は」
『変わらないモノなんてない』と言いながら、変わらない彼の言い回しにだらしなく笑いと涙が漏れる。
肩の荷を下ろしたような気持ちにはなれそうもない。あるのは拠り所のない宙に浮いた気持ちと足元だけだ。
「……嫌だよ」
「なあユウキ、変わるのは悪いことやないねん。 自然なことちゃうん」
「無理矢理でもかよ」
「卒業はくるもんやで。 泣くなや~、メットはフルフェイスやんか。 拭けんで」
適当な台詞を吐いた後で、彼はフュージョンを愛おしそうに撫でて言う。3年前から言っている台詞を。
「ユウキ、来年は来んな。 これが最後やで、な?」
もう本当に卒業しなければならないのだろう。
──来年は、彼はいない気がした。
秋の日は釣瓶落とし──対向車線の車のライトで、やけにスピードが速く感じる。
元来た道を辿り、彼のいる場所に着く。
再び僕は彼の為に、煙草に火をつけた。僕らのツーリング、最後の一服だ。
フィルターまでゆっくりと煙草が燃えるのを待った後で、墓の前で手を合わせて、その場を辞した。
「ユウキ」
呼び止められて振り返ると、そこにはかつての旧友がいた。
「久しぶり。 ……墓参り、毎年来とん?」
「いや、ツーリングだよ」
「……まあえぇわ、ちょい付き合えや」
「……」
断るのも面倒で『墓参り』に付き合った。
彼が死んで、気が付けば6年だという旧友の言葉に、公園での彼の言葉を思い出して、ふ、と笑う。
幽霊なのか、それとも僕が作り出した幻なのか。
わからないけれど彼はそこにいた。
毎年、多分、僕のために。
「……墓参り、毎年来てるの」
私は旧友に、先程受けた言葉をそのまま返した。
「いや、なんや知らんけど夢にでてん。『来いや』言われた気ィしてな」
「へぇ……」
「そしたらお前おるやん? これはアレやろ、口説けっちゅーキューピット的な」
「馬鹿な」
「いやいや、綺麗になったしなぁ。 今カレシは? おらんのやったら連絡先」
「──あ、連絡先、欲しい!」
「おお!」
「フュージョン、具合悪いんだ。 詳しかったよね?」
「お、おお…………ああ、なんや、それでか…………」
旧友は僕らの愛車と夢を繋げたらしく「クソ、アイツ死んでからも図々しいわぁ~」などと言っていて、それには不覚にも笑ってしまった。
私は所謂ジェンダーでは無い。
ただ、『少年』だった。
──そうありたかった。
そして僕の少年の心は、いつも彼と共にあった。
彼が生きていた時にハッキリと異性として接していたら、多分今ここに私はいない。
微妙な気持ちがあった気もしないではないが、そんなことより大切ななにかがふたりの間にあったと思うのは、単なる感傷だろうか。
帰りの道中で、僕は言った。
「大好きだったんだ。 嘘じゃない」
──それがどんな気持ちであれ。
通常なら聞こえる筈のない、フルフェイス越しの小さな呟き。
「知ってるわ、アホ」
彼の笑いを含んだ声が聞こえた気がした。
関西弁は、砂礫零さんに監修して頂きました。
砂礫さん、ありがとうございました!
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題名の一部がアレからとったと気づいた方は、勘がいいような気がします。
全然話と雰囲気が合わないですけどね!




