お誘いと心配事
「あー……、えっ……と、えっとね。それは難しい、かも……です……?」
唇に手を当て、玖夜が遠慮がちにそう言った。
せっかく図書館にいるので、二人はまず、そのような魔獣がいるのかを調べた。
調べてみると、魔獣の種類は意外に多い。けれど、目的の能力を持つ魔獣は、存在しなかった。
手先が器用で知能が高い魔獣はいても、たいていは体力面でアウト。体力がある魔獣は、知能面でアウト……と言う結果に終わり、どう考えても、料理が出来そうな魔獣が存在しなかった。
ラースは唸る。
そうなると、ダリスの希望に沿うことができない。
考えに考えた末に、それでは頭と体を別々に召喚し、くっつけてみれは? との結論に達した。
「それって、所謂『キメラ』ですよね?」
「……そうなるのか?」
ラースは、尋ねる。
玖夜は真面目な顔で頷いた。
「うん……。キメラは別個体の部分が繋がってる状態の生き物っていう意味なんだけど、共に反発するので、共存は不可能なんだ……」
玖夜は説明する。
要は体の自衛本能が、弊害となるらしい。
つまり、自分の体の健康を守るため、自分でないものが侵入すると、《危険なもの》と判断され、相手の細胞を攻撃するのだそうだ。そのため、接触部分から徐々に腐り始め、最後には壊死してしまう……と言うのである。
そんなものに、家事など任せられない……。ラースはガッカリして頭を垂れた。
「やっぱり無理か……」
肩を落とすラースに、玖夜は何やら少し考え、口を開いた。
「あー……。それなら、俺の義父に相談してみる? 一応、エルダナの魔法師長をしていたんだ。何か分かるかも……」
玖夜は軽くそんな事を言う。
その言葉にラースは戦く。
《義父》と玖夜は簡単に言うが、実際のところ玖夜の義父は、前魔法師長……セウ=クルーガーの事だ。
魔法師長と言えば常に国王の傍らにいて、魔法による警護をしている存在。ラースにとっては同じ貴族と言えども、雲のそのまた上の存在。
相談をするどころか、挨拶すら出来ないかもしれない。
(そんな凄い人に、こんなおちゃらけた召喚方法を聞くのか?)
「……」
サーッと青くなったラースに気付き、玖夜は慌てて言葉を重ねた。
「そ、そんなに、気負うような人ではないから……! すごく……すごく変な人なんだ……!」
慌ててラースをなだめた。
《変な人》……!?
「……」
ラースは更に言葉を失う。
変な人だの、普通の人だの、真面目だのは関係ないのだ。そもそも人との関わりが苦手なラースが話せるような、……出会えるような存在ではない。
黙っていると、玖夜が心配したようにラースを覗き込んだ。
「えっと、……あの。苦手なようなら、会わないようにすればいいから。……俺の部屋に、そのまま上がってくれたていいから。聞きたいことはもう分かってるし、俺が聞けばかさいいだろ……?」
何故か必死な玖夜が、ラースには可愛らしく思う。
何故、そんなにも親身になって心配してくれているのかは、分からないが、まだ子どもの玖夜にそこまで心配されるのも気が引けた。
少し情けなくなり、ラースは苦笑する。
一方、そんな提案をしてはいるが、実際のところ玖夜には少し自信がない。
(あの義父さまが、大人しくしてるかな……?)
そんな不安がよぎる。
(義父さまに会わないように、ラースを俺の部屋に連れて行けるかな? 義父さまって、どこから飛び出て来るか分からないから……)
ラースに気づかれないように、顔をしかめた。
(……でも、黙っていれば分からない。……言ったら、ラースはうちに来てくれない……)
それは嫌だ。
このまま別れるなど、考えも及ばない。どうにかして、まだ一緒にいたかった。
ひきつり笑いをみせつ、ラースを上目遣いで見た。
フワフワの少し癖のある優しい色合いの金の髪は、キラキラと光って玖夜の目を奪う。透き通るように白いその肌も、大人の男の人にしては、キメが整っている。
物憂げなその翠色の瞳は、ドキリとするほど綺麗で、思わず見とれてしまう。
落ち着いたその優しい声は、ずっと聞いていていたくて、本当のところ、まだ離れたくない。
「……」
少し不安げな表情を見せているラースに、玖夜はその褐色の耳を垂れながら、色を失う。
「……っ、」
どんなに言葉を重ねても、『前魔法師長』の肩書きは重い。
誘っても家へは来てくれないかもしれない。
(義父さまのこと、言わなくても来てくれないかも……)
そんな想いが、玖夜の心を占めて、ぎゅっと押し潰されそうになる。微かに鼻の奥がツンと痛む。
残念な気持ちを通り越し、ひどく悲しくなった。
今にも泣きそうな顔になる。
「……!」
どうしたものかと、悩んでいたラースの目に、そんな玖夜の表情が飛び込んで来た。
まだあどけないその顔はまだ幼くて、愛嬌がある。哀れな程に垂れた長い耳は、フルフルと震えていて、黒く大きな目は、少し潤んでいるようにも見えた。
「玖……、っ」
悲しそうな顔をされ、ラースは困り果ててしまった。
泣かせるつもりはない。
それに、どのみち解決策を見つけないと、ダリスもガッカリする事だろう。
はぁ……と小さくため息を付いて、ラースは腹を決めた。
よし! 行こう! いつまでも篭ってばかりなどいられるものか! 見聞を深めて、立派な諜報員になってみせる……!
そんな意気込みと共に、口を開いた。
「分かった! 行く!」
「!」
その言葉に、玖夜は驚いて顔を上げる。
「え? ほ、本当……?」
何を言われたのか、我が耳を疑った。
今まで、友だちという友だちもいなかった。
自分の家と呼べる場所に、自分の知っている人を呼ぶことなど、ほとんどなかった玖夜にとって、ラースの今の言葉は、ほとんど奇跡に近い。
(俺……聞き間違えた……?)
けれどラースは頷く。
「うん。もし、よかったら今日、今から行っていいかな? ……えっと、その……出来れば早い方が、助かるし……」
そう言って首を傾げ、玖夜を見た。
玖夜は驚いて、声も出ない。
「……」
(いきなり過ぎたかな……)
苦笑いしながら、ラースは頭を掻いた。
今から行くなど、急もいいとこだ。驚かせてしまったのかも知れない。けれど善は急げである。
今は玖夜も物珍しさでラースに親しく話しかけてはいるのだとラースは思っている。
玖夜がラースのことをこのエルダナの人々から聞けば、もしかしたら考えが変わるかもしれない。
今は何もわからずノリで家へと呼んでくれてるが、後からどのような事になるかは分からないのだ。
前魔法師長が自宅にいる可能性は高い。けれど、そこだけを我慢すれば、玖夜の申し込みはラースにとって、有難いものだった。
(……やはり早急過ぎただろうか?)
ラースは溜め息をつく。
断られるかもしれないが、それはそれ、その時考えればいい……そう思った。
「来て、……来てくれるの?」
恐る恐る聞き返す。
ラースは少し驚く。
けれどすぐに微笑み返す。
「行ってもいいのなら……」
「!」
玖夜の顔が、夜明けの空のように晴れ渡る。
「もちろん!」
にこやかに笑ったその口元に、竜人独特の尖った牙が可愛らしく覗いた。
× × × つづく× × ×