お誘い
ラースが尋ねてみると、やはり彼は、前魔法師長セウ=クルーガーの関係者だった。
名前は玖夜と言うらしい。身寄りをなくし、セウ=クルーガーの養子になったそうだ。
「君は、学校に行かなくていいの?」
素朴な疑問を投げ掛ける。
この国では学校に行かない者も多いが、クルーガー家は代々魔法師になっている。魔法師になるには、高等学院まで行くのが必須条件である。
確かに、目の前の相手は、竜人のようにも見える。しかも、これほどの召喚をこなすとなると、学校で魔法を学ぶ……などと言うことは、不要なのかもしれない……。
そんな風にも思った。
けれど玖夜は、意外にも、悲しそうな表情をした。
「まだ、国王の許可が降りてなくて……」
まだ、エルダナへ来たばかりで、なんの手続きも行っていないらしい。許可が下り次第、通学する予定なのだと玖夜は言った。
「その間、図書館に行って学べる事を見つけてみろと、義父に言われています……」
それはつまり、体よく図書館の発電機になれと言ってるのに過ぎない。図書館の維持魔力を、提供して来い! ということなのだろう。
そもそも子ども一人でこの図書館にやる、強者の親など、このエルダナには存在しない。
相手がこの規格外に魔力を兼ね備えた、竜人だから言える事なのに違いなかった。
「……それは、助かる」
ラースは呟く。
召喚を六体も出来るのだから、魔力に関してはまず問題はない。玖夜が発電機になってくれれば、その分犠牲者も減る。
思わず出たその言葉に、玖夜がぴくりと反応する。
《怒られる!》と思っていたようで、プルプルと身を縮こませていたが、それが杞憂だったのだと知ると、パッと花が咲いたように、満面の笑顔を見せてくれた。長い褐色の耳が、パタパタと動かいた。
肌をほんのり赤く染めて、照れているその様子は、好ましくもある。
思わずラースが微笑み返すと、玖夜は真っ赤になった、
照れ隠しのように、玖夜は慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、……あの。だけど俺って、あまり人と話したことなくて、その……あの、なんて言えばいいのか分からないけれど、……あの、すごく嬉しくて……っ!」
バタバタと手を動かし、一生懸命に話をしようとしている。
(……可愛いなぁ)
初めて見た時からラースはそう思っていたが、玖夜と話すと、その想いは一段と強くなる。玖夜はひどく素直で、ただ見ているだけで、考えていることが分かった。
そしてそれが嫌な気持ちにならず、むしろ好ましい。
「……」
いつも人を避けていた自分が、そんな事を思う日が来るなんて、ラースは思ってもみなかった。
軽く微笑み返しながら、不思議に思う。玖夜といると何故、こんなにも心が和むのだろう……。
初めて出会ったのに、まるでずっと前から知っていたかのような、そんな感覚に陥り、思わず玖夜のその頭を撫でた。
「……っ!」
玖夜はビクッと体を強ばらせはしたが、直ぐに真っ赤になって、されるままになった。
(人の頭を撫でるなど、何年ぶりだろう……?)
ラースは記憶を探る。
思えばはるか前に、妹の頭を撫でたきりだ。
その妹も今や十三歳。
例え自分の妹だとしても、不用意に頭を撫でられる歳でもない。
本来なら、こんなことなどしない。
自分から他人に触れるなど、もっての他である。
だが、相手の見た目が珍しいことと、反応が面白いことで、自分でもおかしいと思える行動を、ラースは素直に取ってしまっている。そのことに気づいて、ラースは少し驚くが、玖夜相手にそれはごく自然な事のようにも思われた。
(フフ……。本当は、耳を引っ張りたいところなんだけれどね……)
くすりと笑う。
そんな風にも思っている自分が可笑しくて、ラース苦笑しながら、それだけは止めておこう……と自分を抑えた。いくらなんでも、それはあまりにも失礼である。
その分、頭を撫で回わそうと、ワシワシと撫でくり回した。玖夜の髪はとても細く、艶やかで柔らかい。
手触りが良くて、離すのが惜しいくらいだ。
けれどそうこうしていると、玖夜が急に、顔を隠して座り込んでしまった。
ラースは、ハッと我に返る。
「あ。ご……ごめん。嫌だった? 嫌だったよね……!?」
(自分は今、何をしていた……?)
サーっと血の気が引いた。
慌てて玖夜から手を離した。
真っ青になって、玖夜を覗き込む。けれど玖夜は、顔を見せてくれない。
かろうじて見える、褐色の長い耳が、有り得ないほど真っ赤になっていた。
ラースは焦る。
(余りにも馴れ馴れしかったか……?)
顔を見ようと、その腕を退けようとするが、逆に逃げられてしまった。
「……あ、」
自分のやった事を振り返り、ラースは血の気が引いた。
明らかに、今の状況はおかしかった。
無意識に触れ、撫で回し、挙句の果てに柄にもなく《嫌われたくない》と思った。
こんな事は、未だかつて一度もない。
自分は、そんなやつだったろうか……?
考えても答えは出ない。
それよりも、僕は、なんて事をしてしまったんだろう……?
しかしそんな事を、悠長に考えている暇はない。
嫌われたくないのなら、必死に謝って関係を取り戻さなければならない。
ラースは自分の気持ちに、戸惑いを隠せないまま、玖夜を覗き込む。
出来るだけ触れないように、けれど顔が見えるように──。
「ごめん。本当にごめん……。もう、二度としないから……」
必死に声を掛けた。
「い、いえ……! 俺もすみません。……頭を撫でられたのが、あまりにも久しぶりで、……!」
ゴン──!
「……ふぐっ!」
ガキッと小気味よい音が響き、玖夜の頭がラースの顎にヒットする。
あまりの激痛に、ラースはうずくまった。
まさか急に頭を上げるとか……。
「……うわぁ!すみませんんんんん」
言って、玖夜は思わずラースの顎を撫で回した。
「ぶっ、」
「ふふ、ふふふふふ……」
思わず見つめ合い、二人は笑った。
どちらも、こんなに笑ったのは久しぶりだった。
それもたった今、見知ったばかりの人と……!
不思議な体験は、どちらも同じで、かくして、この日からラースは玖夜から懐かれることとなる。
親しく話しかけられたのも、頭を撫でられたのも、玖夜にとっては遠い昔の記憶で、《欲しい》と思っても、その気持ちはいけないことなのだと、封印してきたものだった。
(素直に慣れたのは、いつぶりだろう……?)
しう思う。
ラースに触れられると、ひどく安心して、心が休まる。
ずっと傍にいたいとすら思えた。
その想いは、ラースも変わらない。
人が苦手で、近寄ることすらままならなかったラースも、人懐っこく見た目が《人のそれ》とは少し違う玖夜に対しては、例外だった。
どちらも同じことを思い、
どちらも少し、不安になる。
傍にいたい。
だけど、いてもいいのだろうか──?
「で? 何でここで召喚なの? 本を借りて、家で試せば良かったのに……」
ラースが顎を擦り、少し涙目になりながら訊ねた。すると、玖夜が申し訳無さそうに肩をすくめる。
「……借りれないの。まだ、正式な国民ではないから」
長い耳が残念そうに垂れた。
「あ。あぁ、そうか。……ん? あ、そうだ。じゃあ、僕も実はそれを借りたいって思ってたから、僕が借りるってのはどう? 今日は君が見て、明日僕がもらうってのは……?」
思ってもみなかったラースからの提案に、玖夜は目を丸くする。
「え? いいの?」
「うん、もちろん! 出来れば、君のアドバイスも聞きたいんだ。召喚には詳しそうだから……」
「アドバイス?」
玖夜は小首を傾げる。
玖夜の髪を束ねている飾り紐の鈴が、チリン小さく鳴る。
その小さな鈴は金色に輝いていて、玖夜にとても似合っていた。
ラースは自分が何故、この図書館へ来たのか、玖夜に事の顛末を話した。
× × × つづく× × ×