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銀の星降る夜 ✻①✻  作者: YUQARI
第一章 始まりの理由
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魔法陣の本と不思議な少年。

 外に出ると、まだ雨は降ってはいなかった。


 厚く垂れ込めた雲は、重苦しい湿気を撒き散らしてはいたが、まだ降り出す力はないようだ。


 ラースはホッとして、先を急ぐ。

 雨に降られれば、本を借りたとしても濡らしてしまう危険性がある。そのような事にならないよう、一応の備えはして来たが、ゆったりと構えている余裕もない。昼食時間になれば、図書館の利用者も、現れるのではと思われた。



 国の要である王城は、北を背に建っている。

 王立図書館はその背の部分にある。広々とした敷地を(ほこ)り、外の芝生にはカフェテラスがあった。そのずっと先の西側には、ラースの母校である王立アムリル魔術学院が控えている。


 図書館の建物の周りを守るように、銀杏の木が植えられていて、少しだけ黄色に色づいた部分が見えた。

 どれがそうなのかはラースには分からないが、銀杏の他、コブシの木も植えられていて、春になれば真っ白い花が咲き誇り、辺りは夢の世界のように淡く儚げに白く輝く。


 ラースはその風景が好きで、春先になれば人気のない時間を選んで来ることもあったが、今は秋のなり始め。

 今はそのなりをひそめ、秋の彩りに染まり始めていた。



 図書館は今、ラースが(ねら)った通り人影はない。

 ホッと安堵の溜め息をついて、ラースは図書館の入口の扉に立つ。歴史的な図書館だけあって、その扉も重厚な造りになっていた。

 魔力を吸いとられる覚悟を決めて、ラースは重たい扉に手をかけ、力いっぱい引っ張った。




 ──ひやり……。




「……!」

 フワリとした冷気を感じ、一瞬目を見張る。


 ……誰かいる!?



 館内の魔力分配は、盗難と建物維持に重きをおくので、空調は二の次になる。そのため、その日初めて図書館に入る時は、ほとんど空調はきいていない。


 けれど今日は違う。

 これは誰かが先に、利用しているということである。


(まさか、倒れていないよな……?)

 ラースは眉をしかめる。


 騎士団による巡回は、まだ先だ。倒れているとなると、介抱しなくてはならない。

(……今日、本を借りるのは、無理か)

 そんな風に思った。


 ラースは気を取り直して、図書館の中央に設置された巨体な柱を見る。


 利用者の魔力は、そこに集められるので、目を凝らせば何処から魔力を吸いとってるのかが、ひと目で分かる。

 一度利用者の状況を確認してから、次の行動を考えようと、ラースは計画を立て直す。


(あそこか……)

 一応の目星を付けて、壁際の螺旋階段(らせんかいだん)を昇り始めた。



 図書館は筒型の巨大な吹き抜けになっていて、本は全て壁の棚に所狭(ところせま)しと並んでいる。

 所々にあるフロアに沿って、螺旋状の階段が伸びていて、ちょっと変わった造りだ。


 フロアには机や椅子、ソファー等くつろげる空間になっているが、魔力を吸われ続けながら、くつろげる奴なんかいるものかと、学生の頃は誰もが悪態を付いていた……。

 思い出しながら、ラースは懐かしく思う。


 あの頃も、そんなに仲のいい者はいなくて、今と変わらずダリスと共に過ごしていたが、それはそれで楽しかった。


 ダリスを中心に、それなりのグループが出来上がり、ラースはそのグループの中で少し浮きつつも、みんなと遊んだ。


 誰が一番最初に、図書館のてっぺんまで登れるか……を競い合った事もある。

 もちろん室内ではなく、()()からだ。所々に設置された窓に手をかけ、王城よりも遥かに高いこの図書館をみんなで登った。


 《落ちれば大怪我だけでは、済まないのですよっ!》と、当時学園で教鞭を取っていたラースの母、クリスティーヌに見つかって、しこたま怒られた。


(見つからないはずは、ないのにね……)

 思い出しても笑いが込み上げる。

 結局、ラース以外、誰もてっぺんには辿りつけなかった。


 一人見渡す図書館の屋根からの景色は、格別だった。

(……けれど、自分は一人なのだと実感してしまって、高さよりも孤独感が、怖かったんだっけ……)

 そんな事まで思い出して、ラースは頭を振る。


(いやいや、今はそんな事はどうでもいい……)

 今は図書館利用者の状況確認が、最優先である。


 キリッと前を向くと、ラースは利用者がいると思われるフロアへ、足早に向かった。



 三つ目のフロアに、問題の人はいた。

 倒れてはいない。けれど……。


(え、……竜人?)

 ラースは目を見張る。

 確実に、()ではない存在が、そこにはいた。


 ラースは、竜人を見たことがない。が、恐らく間違いないだろうと思う。

 人とは違い、耳が長く尖っている。前に見た、エルフとはの()()とは形が違う。

 耳の下の部分がコウモリの羽のように、ヒダがあった。


「……」

 ラースは言葉をなくし、まじまじとその()()を見る。


 こんな人種は見たことも聞いたことがなかったが、今朝のダリスとの会話で猩緋国(しょうひこく)からの入国者がいると聞いていたから、特に疑問は湧かなかった。


 年は十三、四歳と言ったところだろうか?

 まだ幼い、子どもの風貌を残している。


 漆黒の長い髪を飾り紐で束ね、左肩の前に垂らしている。

 肌は褐色(かっしょく)で、長い睫毛(まつげ)を伏せ、本を見ていた。少女だろうか? いや、少年のようである。線は細いが、それなりにガッシリとした体型をしていた。


「……あ、」

 ラースが見ていることに気付き、相手が顔を上げる。


 飾り紐に付いた鈴が、チリンと小さな音をたてた。

 その時になって、見とれていた自分に気づいて、ラースは焦る。

 咄嗟に、目線だけをずらしたが、もう遅い。


 少年はハッと驚いた顔をしたが、直ぐにニッコリ笑い挨拶をしてくれた。


「おはようございます」


 爽やかな可愛らしい、良く通る声だった。

 言われてラースも、戸惑いながら言葉を返す。


「あ、あぁ、おはよう。……君は……その、大丈夫なの……?」

 思わず質問をしてしまい、口に手を当てる。

(話しかけてしまった……)


 人と関わりたくないと思っているのに、自分から話しかけている。

 そんな自分に驚いた。


 極力、人と関わらないようにするどころか、会わないようにもしていたラースなのだ。

 見知らぬ人物に、こんなにも自然に話しかけた記憶は、生まれてこの方一度もない。


(どうしたというんだ。僕は……)

 自分の行動に戸惑い、ひどく動揺する。


 目の前の竜人は(しばら)くキョトンとした様子だったが、すぐに意味が分かったようで、ふわりと可愛らしく微笑みながら答えを返してきた。


「あぁ、……大丈夫ですよ。俺、魔力量は多いから」


 言われてラースは納得する。

(それもそうだよね、……おそらく彼は、竜人だろうし。魔力は当然、人より多いよね……)

 と改めて思いつつ、ラースも言葉を返す。


「それなら良かった。でも、あまり長居しないように気を付けてね?」

 にこりと微笑む。

「はい……!」

 相手は嬉しそうに微笑み返してくれた。


「……」

 こんなにも自然に、誰かに微笑むことが出来るなんて、自分ども知らなかった……。

 ラースは妙なところで、新発見をする。


「ご心配してくださり、ありがとうございます」

 目の前の人物は、こてりと首を傾け満面の笑顔でそう答えると、再び本に向かった。

 澄んだアクアマリンのその瞳は、真剣に本を見ているが、褐色(かっしょく)の長い耳は嬉しそうにパタパタと動いていた。

 心配されたのが、よほど嬉しかったのかも知れない。


(……可愛い)


 感情を素直に見せるその姿に、ラースは共感が持てた。

 自分もこうであれば良いのに……とすら思う。


(人を見ると何故だか、警戒してしまうんだよね……)

 はぁ、と溜め息をつきながら、そんな事を思う。

(それより本、……魔法陣の本は……と)

 キョロキョロと、今日の目的の物を探した。


 何はともあれ、倒れているわけではなかったから、本当に良かった。ホッと胸を撫で下ろす。

 もしも倒れていたら、ひと騒動だったに違いない。ましてや竜人など、明らかにエルダナの人間ではない。何かあれば、国際問題に発展する……。

 早いところ目的の本を見つけて、自分の部屋に戻ろう。ラースは、気持ちを切り替え、そう思った。



 探している本は、丁度この辺りのようだ。

 魔法関係の本がずらりと並んでいる。


「ええっと、……魔方陣……魔方陣っと……」

 指で、本棚の本をなぞりながら、ラースは目的の本を探す。

 けれど一通り見たのだが、見当たらない。


 所々に抜き取られ、貸し出された形跡(けいせき)がある。これは困ったぞ、誰かが借りて行ったのかもしれない。


 魔方陣の本は、利用頻度が高いものの一つなので、その可能性は大いにあった。

「うーん……」

 さて、どうしたものか。

 ラースは口元に手を当てて、暫し考えてる。




 ──ポポポポンッ!!




「!?」

 いきなり後ろから派手な音が炸裂する。

 ラースは身を強ばらせ、素早く後ろを振り向く!


 思わず腰に下げた剣に手を乗せた。



「……あ、ごめんなさい」


 すると、先ほどの少年が焦った顔でこちらを向いていた。

 ラースが剣に手を伸ばしているのを見て、驚き、耳を伏せて震え始める。

「あ。ごめん、そんなつもりじゃない」

 慌てて剣から手を離したが、よほど怖かったのか、少年の震えは止まらない。ブルブル震えて、今にも泣きそうだった。


「あー……大丈夫。大丈夫だから、何もしない……」

 ラースが近づくと、少年はビクッと身を引き攣らせ、必死になって、テーブルの上のものを隠している。動きがなんだかおかしかった。


「あ。……あの、その……す、すみません。こんなに音が響くとは思わなかったもので……っ」

 哀れなほどに垂れた長い耳が、ブルブルと震えている。


 必死に隠そうとしている、そのテーブルの上を覗いて見ると、そこにちょこんと召喚獣が乗っていた。

「あ……」

 思わず声が出る。


 机の上には、魔法陣の本と、それから召喚獣。

 それも、1、2、3、4……

「な……っ、六体!?」

 召喚された魔物は、……六体。

 絶句するラース。


「あ、あの……」

 竜人の少年は、耳をこれでもかと言うほどに垂らして、小刻みに震えた。

 あまりの恐怖に、両耳の耳端を持って、涙目になっている。どうすればいいのか、分からない様子だった。


 流石に規格外のことを仕出かした自覚があるようで、言い訳を考えているのか、目が忙しなくさ迷った。瞬きをしたその瞬間、ぽたり……と涙がひとしずく少年の膝に落ち、すぐに消えていく。


「……」

 ラースは目を見張る。


 普通一般的に考えて、召喚獣は一度に六体も出すことは出来ない。

 せいぜい二体……魔力が多い者でも、三体が限界である。


 テーブルの召喚獣はどれも小型のものだが、小型だからと言って、魔力がいらないというわけでもない。

 魔獣の力量によっては、大型のものより、小型のもののほうが魔力を使う場合だってある。


 ましてやここは『危険』な図書館なのである。

 召喚魔法陣の本を見たから……と言って、すぐに実行する者など未だかつていなかった。

 確かに図書館内で、《召喚獣を出してはいけない》などという決まりはない。

 不備があれば、その都度、図書館の中央にある振り子が、即時問題を排除する仕組みになっているのだから……。

「……」

 ラースは少年を見る。

 哀れな程に震えてはいるが、顔色はいい。

 魔力枯渇に至る雰囲気すらない。


 魔力を吸い上げる、この図書館にいながら、顔色一つ変えずに召喚してしまった。その上、騒いでしまい怒られる! ……そう怯えているその姿は、普通では考えれない。

 魔力枯渇で倒れることなど、微塵(みじん)も心配してはいなかったのだろう。


(一体どんな魔力量をしているんだ……)

 ラースは言葉を失う。


 呆れ返る意外に、何が出来ると言うのか……。


 ちらりとラースは少年の読んでいた本を見た。召喚獣を出していると言うのならば、見ている本は魔法陣の本に違いなかった。

「……っ、」


 ラースは少年に向き直り、コホンと咳払いを一つすると、おもむろに(たず)ねる。

「……ええっと、まず、君は何処(どこ)の誰なのか、聞いてもいいかな?」

 ラースは、言葉を慎重に探りながら、少年に語り掛ける。


 人付き合いを極力避けていたものだから、こんな時にどう話せばいいのか、あまりよく分からない。

(ただ、……)


 彼を逃がす訳にはいかない。

「……ああの、俺……」


 何故なら、少年が今見ている本が、まさしくラースの探していたものだったからだ。


(それに……)


 彼は、()()()()()()()()──。


 ラースは目を細める。

(どうにかして、召喚のコツを聞き出せないだろうか……?)


 そんな思いで、その時のラースは頭がいっぱいだったのである。





 × × × つづく× × ×


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