紅茶の淹れ方
「ま、落ち込むなよ。そんな落ちこぼれラース君に、実は頼みがあるのだよ」
フハハと笑いながら、ダリスはお茶を淹れ始めた。
「あ、こら!」
そんなダリスを見たラースが、慌てたように茶葉とポットを横からぶん取る。
「……お前は、淹れるな」
ポットを取られ、ダリスは肩をすくめる。いつもの事だ。
ダリスには、特殊能力がある。
魔力量が少ないくせに、料理やお茶など調合するものに対して無意識に魔力を使うらしい。
彼の淹れる紅茶は、紅茶の名を持つ全く別物。
緑色の物体であったり、違う効能を持つ薬品になったり、時として口に入れることの出来ない砂粒などに変化を遂げる。
それゆえ、魔法師や騎士、薬師などの職種を選ぶ時に、薬師長から直々のオファーもあったそうだ。
ただ、調合で何が出来るか分からないことと、小さい頃からの夢が騎士であることを盾に、断った。
魔力も少ないので、どのみち薬師にはなれなかっただろう。
しかし、騎士は騎士で、遠征することも考慮し、新人騎士には食事当番が割り当てられている。ダリスにそれが出来るわけがない。
ダリスが食事を作った日には、食べれる物が出来るか分からない。それでは、みんな飢えてしまう。
なので、代わりにラースが入ることになっている。
例の尻拭い発動である。
お陰で料理の腕が、かなり上がってしまった。
紅茶を淹れるのには、まず水が新鮮でなければいけない。
汲み置きの水を使うと、水分中の空気が抜けてしまっているので、うまく茶葉が蒸らせない。
本来魔法が得意なら、すぐさま水を出すところだが、ラースには出来ない。
当然、夜勤明けのダリスに、そんな事が出来るはずもない。
「……。」
水道水はあまり好みじゃないが、中央広場に設置してある湧き水を取りに行く手間は惜しい。
仕方なしにラースは、ジャバーっと蛇口を捻った。そこから水を汲むとポットを火にかけた。
沸くまで時間がかかる。
ラースは食器棚の方へ足を向けると、何か茶菓子はないかと覗き込む。
「……秋になるとさ、温かい飲み物が飲みたいだろ?」
ダリスがぼそりと呟く。
「俺が淹れると、変なのになるからさ、どうにかならないものかと思った訳だよ」
肩をすくめつつダリスが言う。
「……何か作るときに、魔力制御できないのか?」
呆れたようにラースが言うが、言った本人だってちゃんと分かってる。だけど出来るなら、今頃悩んでなんかいない。
魔力制御の装飾品もあるにはあるが、かなり高価な品物になる上に、ほとんど使い物にならない。
そもそも、魔力を制御しなくちゃならないほど、ダリスの魔力はそんなにないのだ。何かを作る時のみ制御不能になる。
そんな高価な装飾品など、まさに宝の持ち腐れ。かえって魔力を吸い上げてしまい、枯渇に繋がってしまう。
実際、そんな装飾品を使うのは、『自分は魔力量が多いのだ!』と威張り散らす金持ち用に違いない。
ダリスだけでなく、ラースも魔力の制御が出来ないため、コツを教える事も出来ない。何回試みても出来ない。何故みんなは簡単に出来るんだろう? 二人にはそれが不思議でならないのだ。
魔力はどうしたって、漏れるだろ? それを止めるなんて、どうやるんだ? ダリスには、それが分からない。
諦めたかのように溜め息をつき、ダリスは言う。
「練習はあまり出来ない。練習に使う食材が勿体ない……」
「……まぁ、そうだな」
言いながらラースは、沸いた湯を二つのティーポットと二つのカップに注ぎ分け、道具を温める。
温めてる間にもう一度蛇口を捻り、湯を沸かす。
「……なんで、ポットが二ついるんだ?」
ラースの手元をみながらダリスが尋ねる。
「後でまた飲むだろ? お前、自分で煎れる?」
次に飲むときには当然冷めてるが、後で飲みたいと思っても作ることは出来ない。その度に呼び出されても、ラースとしては迷惑だった。
夜勤明けで眠っているかも知れないのだから……。
「……いや、無理」
ガッカリしたような声を出す。
軽く溜め息をついて、ラースは温めた一つのポットの湯を捨てる。
そして、そのポットの中に茶葉を四匙入れる。
再び沸いたお湯を注ぎ込み、蓋をする。
「お前ってマメだよな」
「そう?」
言いながら、もう一つのポットから湯を捨てつつ、その湯で濾し器を温める。
「俺は思うんだよ……」
「うん?」
「紅茶にしろ料理にしろ、手間がかなりかかるだろ?」
「そうだね」
紅茶を出し終えたポットから茶葉を濾しつつ、もう一つのポットに移しかえながら、ラースは返事をする。
「だから、さ……」
──召喚獣を使うと、楽じゃないかなー? って。
と、ボソリと呟いた。
ダリスのその言葉に、思わずポットのお湯を取り落としそうになった。
ラースは目を剥く。
「……はぁっ!?」
紅茶を淹れる手が止まる。
(茶を淹れるのに、料理を作るのに召喚獣?)
その発想はなかった。……とラースは唸る。
「いやいやいや、そりゃ無理だろ。そんな知能と小手先の技使える召喚獣なんて聞いたことないんだけど」
ふるふると頭を振る。
「だろうね。やっぱり無理かな?」
いやいやいや無理とか、そんな問題? ……と言いつつラースはカップの湯を捨てる。
そこに淹れたばかりの紅茶を、注ぎ込む。
コポコポコポ……
辺りにふわりと、紅茶のいい匂いが立ち込める。
一つをダリスに、もう一つを自分に。
中央には砂糖壺と牛乳の入ったピッチャー、それからスライスレモンを置く。残念ながら茶菓子は、見つからなかった。
ダリスはレモンを入れて、スプーンでかき混ぜすぐに取り出す。
かたやラースは、砂糖を三つ入れてかき混ぜると、ミルクを注ぎ足した。それを横目でダリスが眺める。
「……お前それって、甘過ぎないか?」
「紅茶は甘くするもんなんだよ」
ムッとして答える。ラースは実は甘党である。
「眠る前に甘いもの摂り過ぎると、眠れなくなるって知ってたか?」
ダリスの言葉に、ラースは軽く驚く。
「……いや、知らない」
「ま、丁度いいや。どうせ、お前には図書館に行ってもらおうと思ってたし」
その言葉に、飲み始めた茶を思わず吹く。
「ぶっ……!」
「……ったないなぁ。仮眠取ってからでいいよ。急がないし」
嫌そうに顔をしかめつつ、ダリスは紅茶を啜る。
「あ、うまい! これこれ、この味、お前以外出せないんだよなぁ……」
ダリスは幸せそうに、その鳶色の目を細めた。
誉めても何も出ないぞ。とダリスを睨むが、ラースも満更でもない。つい顔がほころんでしまう。
「……それってさ、召喚獣のこと、諦めてないってことだよね……?」
ラースは遠慮ガチに尋ねた。
「あたりまえだろ。不便な生活から抜け出れるかどうかかが、掛かってるんだから」
(……そりゃ不便だろうけど、魔獣の淹れた茶なんて、安心して飲めるのか? いや、その前に、魔法陣を描いたり召喚したりする魔力が足りないだろ……?)
ブツブツ言いつつ、ラースは自分の作ったミルクティーをこくりと飲む。甘くてホッとする温かさに、自然に笑みがこぼれた。
そんなラースを見て、ダリスは呟く。
「……お前、もうちょっと人付き合いするとお得なのにな……」
……余計なお世話だ! と言わんばかりにムスっとしたラースに、ダリスは話を続ける。
「お前には、例の王立図書館で、召喚獣のための魔方陣が載ってる本を借りてきて欲しいんだ。あ、その近くら辺に、多分移動用の魔方陣の本もあるかも知れないから、気になるなら見てこいよ」
ニヤニヤ笑いながら、再び紅茶を飲む。
……なんだ、その、上から目線。
「見ても、どうせ描けないし……」
投げやりになって呟くと、言葉を被せるようにダリスが叫ぶ。
「……諦めんのかよ」
茶色の瞳が濁っているように見えた。
ラースの消極的な態度が、鼻についたのかもしれない。
「……」
ラースは押し黙る。
ダリスの気持ちも分からないでもない。自分にない魔力量をラースは軽くクリアしている。
ダリスの目から見れば、後はラース自身のコントロールの問題だけなのである。ダリスは努力で、それを獲得している。当然ラースも出来るはずだと、信じて疑わない。
「俺は試してみたいんだ。こうしたら、良くなるかもって思うこと全て試して、自分の可能性を自分で潰したくないんだ」
ラースにとって、ダリスの技術は羨ましい。
逆に、ダリスにとって、ラースの魔力量は羨ましい。
協力し合おうにも、他人の魔力は自分では使えないし、技術も特技も個人個人で微妙に違う。
補えるように見えて、補えない。
助けたくても、助けられない。
ラースはふっと息をついた。
ダリスには叶わない。
諦めればそれでおしまいだ。そんな事は分かりきっている。
けれどそこへ足を踏み出すのは勇気がいる。
「分かったよ、行ってくる。明日は非番だから、本を借りて明日持って行くよ」
ラースがふわりと笑う。
(僕だってダリスには、負けられない。きっと追い抜いてみせる……!)
そんな決心にも似たラースの表情を見て、ダリスもニッと笑い返す。
ダリスは図書館には行けない。ラースが行くしかないのだ。
エルダナの王都に一箇所だけ存在する王立図書館。
その図書館は、非情にも来訪者を選ぶ。
本来万人のために設置されたハズのその図書館。
しかしエルダナ王国にある図書館は、他に類を見ない不思議な図書館なのだった……。
× × × つづく× × ×