#17 アンバランスなKiss
真っ暗だ……
暗く、何も聞こえず、誰もいない……
独りぼっちの世界だ……
あれ?よく見たら真っ黒な川と真っ暗な花畑があるのが分かる。
そこには去年亡くなったフトアゴヒゲトカゲのトカちゃんがいる。
まるで「待ってたぞ!」と言ってるように見えた。
待たせてごめんね……すぐそっちに行くね……
トカちゃんにご飯あげなくちゃ……
ゆっくりとトカちゃんに近付いて真っ暗な川を渡ろうとした時、飛び跳ねた一滴の水が口に入る。
甘い味がする……
これはストロベリー味だ……懐かしいなぁ……
いや、レモン味にも感じる……?
甘酸っぱい味が、口いっぱいに広がり久々の甘味に幸せを感じていた……
この水はなんでこんなに甘酸っぱいんだろうか……?
それにしてはマシュマロのような食感というか、なんか柔らかい……?
あぁ……きっとストロベリー風マシュマロ川って名前なんだ……
きっとそうに違いない……
リディアにも教えてあげないとな……
リディア……?リディアって誰だったっけ……?
そうだ、確かいつも明るく元気いっぱいで、笑顔が死神のように可愛くて、オーガよりも怖い天使のような、いや悪魔のような女の子だった……かな?
僕〇天使〇クロちゃんを、金髪ロングにしたような女の子が浮かぶ……
アイタッ!! なんか今痛みが走ったぞ?
痛みで急に脳が活性化されていく。
痛みがあったのは口だ。何かに噛まれたような痛覚を感じた。
今の痛みは一体……?
痛みを感じた後、暗闇だった世界の扉が少しずつ開いていく。
ほんのうっすらとボケけた光が見える。
金のような黄金色のような髪の毛と誰かの顔が目の前に見える。
あぁ、なんで忘れていたんだろう……
『⦅リディア……⦆』
そこに居たのは”俺が絶対守る”と誓った少女。
髪の毛はシャンプーの良い匂いがする。
少し泥がついてるけど、相変わらず綺麗な髪と顔してるなぁ……
『⦅いや、それよりも……⦆』
口元から柔らかい感触がする。
さっき真っ暗な世界で感じた甘酸っぱい味もする。
んん?これってもしかして……?
『⦅口付けしてる……?誰と……? 俺か……!?⦆』
口元の柔らかい感触はリディアの”唇”だった。
気付いた途端に心臓が跳ね上がった!
顔もどんどん熱くなっていく!今俺の顔は何色だ!?
『⦅生まれて初めて女の子とキスした……!!え、俺30歳なのに15歳の子と?犯罪じゃないのか? いや、この世界じゃ確か15歳は成人だったはずだし、俺も15歳で生まれたからセーフ……?⦆』
異性とのキス。急に意識したら心臓が不整脈を起こしてるんじゃないかと思えるぐらい、心拍数が急激に加速する!
嬉しさと恥ずかしさと、俺犯罪じゃないよな?の焦りとで、顔どころか身体が火照っていく!
そしてもう1つ気付いた。
『⦅リディア泣いてるのか……?⦆』
リディアの涙が顎の辺りに落ちた。
今、俺とリディアの顔の向きは反対だ。
まともに顔が見れない。別の意味でも。でも涙を流しているのは分かった。
先ほどの感情に加えて、別の感情も沸き起こる。
『⦅リディアを泣かしたのは誰だ!?⦆』
火照った身体に怒りの熱さが加わる。
想い人が泣いている。泣かした奴をぶっ飛ばす!
それだけで身体に力が湧いてきた。
変化は3つあった。
1つ目は心臓に刺さっていた、”氷の牙”が溶け出していた。
2つ目はリディアの唇から僅かだが”血”が入ってきている。これはレオニーがリディアを氷の牙から庇った際に、氷の破片が顔に当たり、唇を切った際に負った傷だ。
3つ目は”リディアの血”が体内に入ってきたことで、新たな”スキル”がレオニーに加わっていた。
身体に力を少し指を動かした。 うん、動くぞ!
先ほど死ぬほど苦しかった呼吸も、”自己再生”が働いていたのか普通に出来る。いや、ちょっと興奮して鼻息が荒くなっているのは気のせいだ。
目も動かした。リディアが閉じている瞳から、ずっと涙の雫が流れている。
絶対に守ると言ったのに、泣かせてしまうような目に合わせてごめんな。
リディアを泣かした奴は、例えゲオルグさんだろうとぶっ飛ばすぞ!
そっと腕と手を動かし、リディアの頭をポンポンッとする。
その瞬間、リディアの目がカッと開いた!
リ「レオニー……?」
『おはようリディア』
なんて声を掛ければいいか分からないから、咄嗟に出た言葉が『おはよう』って。
寝ぼけてるのか俺。
リディアも凄い顔をしている。凄いというか、笑顔と怒りと顔が真っ赤になり、百面相のように表情が変化し続けている。やるなリディア、女優に向いてるんじゃないか?
⦅ボゴォッ!!⦆
完熟トマトより顔が赤いリディアから、顔面下段突きを喰らった。
痛すぎて声も出ないぐらいの衝撃。鼻は間違いなく折れたな……
自己再生よ、すまねぇ。内臓を治してもらったら次は鼻を頼む……
また暗闇の世界に再突入する所だった。
リ「レオニーのバカ!!!!」
リ「バカバカバカバカバカバカ……!!! ……バカァ……!」
リディアが罵声を浴びせつつ、泣きじゃくりながら抱き着いてきた。
俺の顔が陥没してなかったらカッコいいシーンだったんだろうな……と思った。
『あの、その……ごめんな……?』
リ「グスッ……今回は謝っても許さない……!」
『な、なにしたら許してもらえるのかな……?』
リ「とりあえず」
ゴクッ……
リ「ギュッてして」
『え?』
リ「早く」
『お、おk……!』
泣いてるリディアをギュッと抱き締めた。
え?どうゆう状況これ?
兵士長「あ、あの~……2回目だと思うんですが、2人の世界に入るのは戦いが終わってからでも宜しいでしょうか……?」
兵士長だ……
左腕は肘から先が失くなっている。血を止める為に、右腕で左腕の先を抑えながら注意をしてきた。
目が覚めたらリディアとキスしてて、リディアが泣いてて、顔面が陥没する程のパンチを喰らって、怒っているリディアを抱き締めて、片腕の兵士長に2回目の注意を受ける。
多分、数分も経ってないのに濃厚すぎる出来事だ。
陥没した顔面も、へこんだボールが少しずつ元通りになるように戻っていく。
『えっと、俺は確か……』
兵士長「リディア殿を庇い、オーガロードの一撃を受け、貴方は命を落としかけたんですよ……」
『!!』
そうだった! 記憶が一気に蘇る!!
オーガロードの一撃を受け、イフリートのサラちゃんがやられるのが見えて、オーガロードがリディアを狙って、最後の力を振り絞ってリディアを助ける事が出来た。
完全に目が覚めた!!
あと、デウスのじいさんにも後で怒らなくちゃ!
兵士長「今はギルドマスターや冒険者の皆さん、我が部下がオーガロードに玉砕覚悟で波状攻撃を仕掛けております」
『すみません……俺がやられてしまったばかりに、兵士長は腕を……』
兵士長「私の事は構わないんですよ……生きていただけ幸運です。ただ、私の部下は全滅致しました......レオニーさん、どうか、どうか我が部下の仇を……!お願い致します......!!」
兵士長も片方の腕を失くして辛いはずなのに、自分のせいで部下を失った事に悔し涙を浮かべて俺に頭を下げてきた。
本当は自分で仇を取りたいはずなのに......
『兵士長、俺が貴方の無念を晴らします。リディア、起きて早々にごめんな。俺、もう一度オーガロードに挑んでくるよ。今度は必ず俺が勝つから!』
一度は完敗した相手だ。根拠のない自信でリディアに約束する。
でも次は勝てると信じて疑わない自分がいる。
だって”リディア”に必ず勝つと約束したんだ。
約束を破ってばかりの嘘つきにはなりたくない!
リ「うん……約束破ったら針千億本、飲ますね?」
針千本じゃなくて千億本なの?
多分、飲み切る前に針が胃や口から溢れ出るんじゃないか?
リディアだとマジで飲ませそうで怖い……いや、飲む事考えてたらダメだな。
針千億本飲まされないように、絶対に勝とう!
負けたらオーガロードに殺されなくても、リディアに殺される……!!
『ふぅ……よし!行くか!!』
深呼吸してゲオルグさん達が今も奮闘している戦場に、再び駆け出す!