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『拝啓、新世界より』 Dear Sir, From the New World  作者: 小鳥遊椎菜
Section.2 幕開け
8/9

(5)

 7月26日。永田清太の遺体が発見されてから2日がたった。

 捜査のほうは依然進んでいない。何せ、足取りのほとんどが外国の地だからだ。

 しかし、奇妙なのは向こうの政府からのコンタクトが、これまでほとんどないことだった。

 もちろん、こちらからは外交ルートを通じて彼の遺体がこちら側で発見されたことは通告してある。しかし、了解した旨を伝えてきただけで、それ以外の通達はないのである。

「妙ですね、まるで見放したかのような対応。信じられない」

 成山次官は私の執務室で紅茶を飲みながらそう言った。

「そうね。共同捜査の申し込みや、遺体の引き渡しなどを求める通告もなし。何か妙ね」

「おかしいですよ。やっぱり向こうの政府連中は頭がおかしいんですよ。損得勘定しすぎです」

 彼がそういうのも無理はない。

 私たち行政区が独立を宣言した時もそうだった。中央政府はこちらの独立に対して何のリアクションも起こさなかった。もちろん、独立の承認も含めてだが。その理由は『干渉する必要を感じないから』と。独立の邪魔をするだけ時間の無駄であるとはっきり言ったのである。したければ勝手にしろ、だけどこちらはそれには一切干渉しない。それが向こうの言い分であった。何か、奇妙な人間味のない反応であった。

 そういう展開を望んだわけではないが、普通なら独立した自国家内の組織をつぶそうといろんなアクションを起こすはずだ。当然、私たちもそれに備えていろいろな準備をしてきた。だけど、向こうはそれを一切してこなかった。ある意味では、肩透かしを食らった気分だった。

「私たちとは違う価値観で行動する人や共同体もある。それは理解してあげないといけないわ。みんながみんな、同じ価値観を共有しているわけではない。それを求めてはいけない。常識から逸脱していなければ、だけど」

 朝のコーヒーを飲みながら、私はそういった。

「長官はそういうところほんと冷静ですね。自分なら、そんなこと言われたらこっちのことなめてるのか!って熱くなっちゃいますけどね」

 それが普通かもしれない。でも、怒ったところで、戦ったところでどうにもならないこともある。両親を失ったこと、そして兄を殺されたことで私はその事実を突きつけられた。だから、そう思うのかもしれない。

「あなたのように思うのが普通だと思うわよ」

 私は執務室の椅子に座り、今朝届いた各部署からの報告書にハンコをつき始めた。通常業務を行っている部署が大半だ。日常業務をこなしながら、イレギュラーにも対応する。それが長官の務めである。

「あ、そういえば11時ごろに欧州からの特別団が厚木にくるそうです。羽田からの入国を希望されたのですが、警備の都合上国境付近というのは怖いので、厚木に来てもらうようお願いしました」

「それが最善ね。横浜からは少し距離があるけれど、そのほうが安全だし」

「緊急事態につき、空港でのお出迎えは無用といわれたのですが、どうしますか?」

「向こうのご厚意でそういってくださっているのですから、横浜についてからでいいと思うわ」

「わかりました。こちらに到着するのは12時ごろと聞いています。その時、またこちらには来ますね」

「ありがとう、よろしく」


 お昼を過ぎたくらいから、みなとみらい周辺は天気が急変した。夏の日差しが遮られ、あたり一帯暗くなり始めたのだ。

―――あら、こんな時間から雷雨?

 確かに、天気予報では大気の状態が不安定なため、お昼前後に雷雨になるかもしれないと言っていた。

「特別団の飛行機、着陸が遅れるみたいです。厚木付近は土砂降りなんだとか」

「そうなの。じゃあ、到着も遅れるわね」

 成山次官と会話を交わす。

「では、到着を待つ間にお昼ご飯を食べてくるわ」

 私はひとまず、お昼ご飯を食べることにした。


 特別団の本庁到着が14時ごろになるという連絡の直後に、軍務・治安課から緊急電が入った。

 その内容は、港町の河川敷にて、女性の水死体を発見したという、嫌な内容だった。

―――最悪の事態ね。

 私は、外交部の早川と成山次官をすぐに呼び、川崎支所へ急行した。


「身元は学生証から行方不明となっていた高原寿美と断定されました。そして、先日遺体で発見された永田さんと同じ特徴があるのも共通です。2人は同様の事案に巻き込まれている可能性が濃厚ですね」

「ついに、2人目の被害者ですか」

 悔しそうな表情を浮かべながら、成山次官がつぶやく。

「木原、特別団の方には直接、ここに向かっていただくよう通達済みだ。到着はあと20分ほどらしい。直接、遺体を分析していただける。そこでいろいろと話を聞こうじゃないか」

「そうですね。すいません、遺体はすぐに近隣の大型病院に移送の上、適切な形で保管し、こちらから指示を出すまでは解剖など行わないようお願いいたします」

 私は支所の係員にそう指示を出した。

「わかりました、移送完了次第、病院名をお伝えします」


 14時半。私は川崎支所の近くにある大学病院の応接室にいた。

 つい10分ほど前、EUの特別団が到着をし、挨拶も早々に2人の遺体の調査を始めた。今はその調査を終わるのを待っている段階だ。

「何か、新しい事実が分かればいいのだが・・・」

 早川がつぶやく。

「それにしても、いったい向こうで何が起きているのでしょうか。彼らは何に巻き込まれたのか」

「仮に、私がみた記事の内容に酷似したことが隣国で起きているのだとすれば、由々しき事態。それをこちらが黙って見逃すわけには当然いかない。そうなった時のことも考えないといけないわね」

「しかし、こちらから何ができるのですか?」

「それを今考えているのよ。下手に干渉すれば内政干渉といわれ、外交問題になる」

「今回の事件がこちら側にとって大きな“脅威”となる可能性がある、という理由が示せればいいのですよね?」

「それができれば理想的だ。ただ、現段階ではそれはない。被害者は二人ともこちらに国籍を置いていない。自国民が被害にあっていない段階では、こちら側にとって“脅威”とは言えない。そこが今回の件の厄介なところだ」

「今回の事件は、相手の国の国民の遺体が、ただこちら側に流れてきた。現段階では、ただそれだけよ」

「すごく嫌ですね・・・」

「ただ、こちらの正義を振りかざして相手の国に干渉することは、ただの戦争行為。そんなことを私たちがしても、諸外国は協力はしてくれない。この小さな行政区が、中央政府に立ち向かうことは無謀以外何物でもない。そういうことはしたくないわね」

「じゃあ、相手がぼろを出すようなことをこちらから仕掛ければ?」

「そんなこと、これまでの歴史の中で散々列強諸国がやってきた手段だ。それをした結果、世界はどうなった?よくなったことはないぞ。そんなことをするのは最低の行為だ」

「ですよね・・・」

 そんな会話を交わしているうちに、病院のスタッフが入ってきた。

「木原長官、特別団の方がお呼びです。こちらまで来ていただいてもよろしいですか?」

「すぐ行きます」


 EUの特別団でこちらに来たのは、欧州の医師の精鋭2人だった。

 そのうちの一人、オランダの外科医アンダーソンが解剖の結果を通訳を介し報告してくれた。その報告は以下の内容だった。

 まず、最初に発見された永田と今回発見された高原の遺体、両方の同じところに同じような外科的手術跡があった。そして、それは通常の医療行為ではメスを入れない部位であるという。しかし、遺体の傷跡からは、どのような意図をもってそこにメスを入れたのかは判明しなかった。

 次に、両者の遺体の血液から微量ではあるが睡眠薬の成分が検出されたという。注射跡があることから、おそらく睡眠薬を直接血液中に注射された可能性が高いとのことだった。 

 そして、両者ともに腕には縛られた跡があり、何らかの理由で腕を縛られていたことは確実だという。

 最後に、私が科学雑誌で見た手術跡と、今回遺体から発見された手術跡は酷似しているという。決定づける物的証拠が何も出ていないので断定はできないが、通常の医療行為ではメスを入れないことから寄稿に書かれていた実験が行われた可能性は高いだろうという意見を述べていた。

「もし、本当にあのような実験が行われたのだとすれば、それは国際的な脅威です。倫理上、行うべきではないことだ」

 アンダーソンは最後にそう言った。

「そうですか」

 私はそう言葉を返す以外何も言えなかった。

「これから、本格的に解剖を行って各種データを取ります。それから、細かく分析してみましょう。幸い、ここには最新鋭の機器が揃っている。最善を尽くします」

 深々と頭を下げ、彼は戻っていった。


「これから、どうしますか?」

「連続して2人の生徒の遺体が見つかっている。鈴木町高校には、越境通学している生徒を東京側には返さないようお願いしましょう。今はそれしかできない」

「それすらも、本当は厳しいがな。他国民を違法にこちらに拘束していると向こうに思われても仕方がない」

「ええ、ただ、生徒たちの安全を確保するためにも、今はそれしかできません」

「わかった」

「それから、川崎支所にこの事件の捜査本部を長官直轄で設置してください」

「わかりました、すぐに対応します」

 成山次官と早川はそれぞれ対応を行うため、応接室から出た。

 この日は、これ以上大きな動きはなかった。

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