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『拝啓、新世界より』 Dear Sir, From the New World  作者: 小鳥遊椎菜
Section.2 幕開け
7/9

(4)

 翌日。

 発見された遺体の身元が判明した。6月19日から行方不明となっていた鈴木町高校3年の永田清太であると判明した。見つかった身分証と、学校に残っていた本人が記入した試験の答案用紙に残っていた指紋と遺体の指紋が一致した2点から、本人と断定された。

 同時に、彼が所持していた携帯電話の復元作業も完了した。さらに、本人がたどった位置も、GPS機能から割り出すことに成功した。それによると、彼は6月19日夕方、学校から東京・蒲田の自宅に戻った。翌日、登校するために蒲田の自宅を出た後、京急蒲田駅前で京急線には乗らず、そのまま廃線となっている京浜東北線蒲田駅方面へ移動し、こちらの地図上では空き地となっている場所に移動していた。その場所に約2週間とどまっていたのが確認されている。そして、7月2日この空き地から今度は東雪谷まで移動、これまたこちらでは病院跡地となっている場所に移動、7月19日までここにとどまっていた。そして、19日午前1時ごろ、ここから多摩川方面へと移動、旧第三京浜多摩川橋付近で電源が落ちているのが確認された。おそらく、越境審査を受けずに越境しようとしたのだろう。

 現在、第三京浜は玉川インターチェンジから入る際越境審査が必要となっている。それをかいくぐるには、橋の下の配管などにつかまりながら渡る以外にない。付近の監視カメラを調べたところ、男性が一名、橋の水道管にしがみついているのが確認された。

「おそらく、途中で川に落ちたのでしょうね。この距離を徒歩ないしは走って移動して3日間。十分な食事をとれなかったことを考えると、体力は限界だったはず」

 成山次官は、この結果を見ながらそう言った。

「問題は、この空き地となっている2か所に何があるのかね。それを調べるのは・・・」

「外国の手を借りる以外ないですね。私たちだけでは人工衛星の画像を手には入れられませんから」

「外交部にコンタクトとって。せっかくなら、病院の件でも力を借りているEUに力を借りましょう」

「はい」

 成山次官は外交部と打ち合わせるため、部屋を出た。

 この結果から、こちら側で事件に巻き込まれた可能性はかなり低くなった。となると、今後どう対応するか、考えないといけない。

 向こう側でこの少年に対し何が起きたのか、こちらで知ることができるのはかなり限られている。今報告が上がっていることくらいが精いっぱいだろう。

―――諸外国に協力を仰ぐか?でも今回は自国民が巻き込まれたわけではない。そのような状況下で、諸外国が快く協力してくれるだろうか?

 考え方によってはほかの国で起きたことに「口出し」をすることに等しい。過剰な干渉は余計なトラブルも生む。慎重に行動することが求められる。

 どうしようか、と悩んでいた。

 今朝の朝刊に目を通す。昨日発見された遺体のニュースは身元不明の遺体が発見された、という形での報道をメディア各社に依頼した。そのため、記事は社会欄にあまり大きくない記事として載せられていた。一応、報道協定は守ってくれた形である。

 すると、内線電話が鳴った。おそらく外交部だろう。

 そう思いながら、電話を取った。予想通りである。

「先ほど、イギリスの大使館から連絡があり、例の地点の衛星写真を提供してくれました、データ、長官のパソコンにも送りますね」

 ほどなくしてデータが来た。旧蒲田駅前の空き地と、東雪谷の空き地の2枚の写真が送られてきた。

「イギリスのほうで解析も行っていただいたようで」

「ありがたいわね、で、なんといっていましたか?」

「おそらく、病院か何かの研究施設ではないかと」

「病院?」

「ええ。蒲田駅前はともかく、この東雪谷の土地はもともと病院だったそうです。で、その病院の画像と照合するとほぼ一致しているため、病院である可能性が高いと」

「蒲田駅前は?ここはもともと何があったの?」

「大学のキャンパスですね。病院ではなかったようです」

「大学のキャンパス・・・」

「その大学、研究していたのは生物学とか、そういうたぐいのものだったみたいですよ」

「理系の大学だったのね」

 だから、研究所の可能性が高い、か。私はそう考えた。

 研究所から病院へ移動。脳への外科手術の跡。そして、違法越境を試みた。

 彼の身にいったい何があったのか。もう少し情報が揃わないと確かなことは言えない。

「引き続き、業務にあたってください。あと、この件は川崎支所のほうにも連絡してください。迅速な報告、ありがとうございます」

「了解です」


 午後13時ごろ。成美からお昼一緒に食べよう、というメールがあったので、それにこたえ、庁舎の食堂でランチとすることにした。

「大変なことになったね」

 “豚骨ラーメンチャーハン餃子セット杏仁豆腐つき”という私からしてみればかなりのボリュームのご飯をパクパクと食べる成美は言った。

「そうね、自国で起きた案件ならまだしも、これは完全によそで起きたこと。どこまで介入すべきかは全く分からないわね。変に口出ししすぎたら、内政干渉だなんだといわれてしまうし」

 私はあまり食欲がなかったので、サンドイッチとコーヒーを頼んだ。卵サンドを食べながら、私はそう答えた。

「やっぱり、外国からの反応も気になるの?」

「なるわね。この国はまだ成立してから十何年しかたっていない。アメリカのように国際的にかなり強い立場なわけでもない。確かに、欧州諸国と強いコネクションは築けたけど、絶対のものではないし、今後の行動のとり方によっては向こうもどう出てくるかわからないし」

「やだね~。どうすれば向こうに強気に出られるの?」

「強気に出るって・・・あまり言い方が適切じゃないけど。でも、例えば自国民に対する脅威が予測できる事態になるとか、国際的に非難されるような行為が見受けられた場合にはそれなりに強い対応はとれるかもしれないね」

「ただの高校生の失踪じゃあね・・・」

「前者の場合なら、例えば自国民の高校生が同じように拉致された、とか。後者の場合なら、今回被害にあった高校生が非人道的な行為にあったとか。そういうことがはっきりすれば、諸外国の助力を得て向こうの政府に対し圧力をかけたり、ある程度の実力行使には出られると思うけどね」

 そんなことにならなければいいのに。私はそんなことを思いながらコーヒーを飲んだ。

「小乃美はどうなればいいと思うの?」

「どうなればいいって?」

 豚骨ラーメンを平らげ、チャーハンを食べながら成美が聞いてきた。

「どういう事態に進展すれば行動しやすいって思うの?」

「難しいことを聞いてくるわね。もうすでに1名がなくなっている時点でいいことが起きているとは言えないけれど・・・そうね、どうなればいいのかしらね」

「言いづらいか」

 確かに、私はどのような展開を望んでいるのだろうか?そういわれるとわからない。

 私も、ある意味では向こうの政府に家族を奪われた被害者の一人ではある。本音を言ってしまえば、今回亡くなった生徒が非人道的な行為に巻き込まれた証拠が集まり、こちらにそれが巻き込まれるような事態に発展し、向こうの政府に対し強い圧力をかけられる事態に発展すればいいと思っている。過去にやってきたこと(私の両親がさらわれたことも含まれるが)が国際社会から非難を浴びている現状においては、今回のことが向こうの政府を追及するきっかけとなればこちらから強く打って出ることは国際的にも責められにくいことになるだろう。ただ、そうなればいわば向こうの政府とは戦争状態に近いことになる。それをあえて、一国のトップが望むというのはどうなのだろうか、と私は思ってしまっていた。家族を取り戻したい、というのはあくまで自分の私的な目的であり、政治にそれを持ち込むのは正しいこととは思えない。

「あまり、思いつめないんだよ。思いつめると、普通なら見落とさないことも見落としてしまうよ」

 成美が、私が考えていたことがまるで分っているかのような言葉をかけてきた。

「周りの人の報告とか、注意深く聞かないと。小乃美あんまりそういう面人には見せないし、気を付けないと、ね」

 この子は本当に私のことをよくわかっている。びっくりするくらい。

「ありがとう。いざっていうときには相談するわ」

「もちろん、相談には乗るよ!」

 そう言いながら、杏仁豆腐を平らげた成美はうんうんとうなずきながらそう言った。

 しかし、なぜこの子はこんなに食べるのにスタイルを維持できるのか。しかも私より身長低いのに。

―――なぜこんなに食べられるのかな。どれだけ胃袋丈夫なのよ。

 そんなことを思いながら、私は成美のやさしさにほっとしながらコーヒーを飲みほした。

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