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第7話『本物の首席』

 グレイに呼び出しを任せはしたものの、そう簡単に誘き出せはしないだろう。

 なんせ相手は将来有望な首席のエリートだ。小間使いの少女ごときが簡単に声をかけられるとも思えない。

 仮に声をかけられたとしても、相応に多忙な身だろう。わざわざ応じてくれるかは甚だ疑問だ。


 グレイが押しかけてきたせいですっかり冷めてしまった焼き肉を齧りながら、俺は今後の方策を思案していた。


「そうなると、不法侵入でもしてみるか……? いいや、さすがにリスクがでかいな」


 そもそも俺は盗掘者ではあるが、窃盗犯ではない。建造物に侵入する技術はそこまで高くないし、あれだけ厳重な警備を誇る魔法学院に挑むのは無謀だ。


 ならば、門番に土下座して泣き落としでもしてみるか――


「あのう」


 と、そこで背後から声をかけられた。

 またグレイが戻ってきたのかと思って振り向くと、


「わたくしをお呼びとのことでやって来たのですが、どのようなご用件でしょうか?」


 銀細工のような長髪に、宝玉のごとく輝く銀の瞳。

 息を呑むような気品と美しさをたたえた少女がそこにいた。


「……えっ」

「あら? 人違いでしたでしょうか。申し訳ありません」

「いや、いや違う。人違いじゃない。合ってる」


 呼び出し困難だと思っていた『本物』がここまで容易く現れたことに俺は動揺を隠せない。

 と、そこで『本物』の背後からグレイがひょっこりと姿を現した。


「はっはぁ! どうですか! 約束どおりちゃんと連れてきましたよ! これで私のことをチクらないでもらえるんですよね! 絶対ですよ!」


 うるせえ黙ってろ、と思う。

 見事に役目を果たしてくれたことへの感謝が一瞬で消え去る。負の人徳が凄まじい。


「わたくし、ファリア・エスベルと申します。どうぞお見知りおきを」

「あ、ああ……はい。どうも。俺はアランです」


 そこで「むっ」とグレイが頬を膨らませた。


「ちょっとちょっと商人さん! 私はこれまで一度も自己紹介なんてされてないのに、本物の首席さんには自己紹介するんですか? うっわー! 相手の肩書きで対応変えるなんて人間としてどうかと思いますよそれ!」

「うるせえ黙ってろ」


 今度は声に出た。

 と、そこで俺とグレイの間に『本物』――ファリアが身を割り込ませてきた。


「お二方、喧嘩はよくありません。まずは落ち着いて話し合いましょう」


 きりっ、と。

 美貌を鋭く引き締め、掌を俺とグレイそれぞれに突き出して仲裁の構えを取っている。

 そのあまりにも生真面目な態度に、俺もグレイもどちらも毒気を完全に抜かれる。


「あ、大丈夫っす。そんな深刻に喧嘩してるわけじゃないんで。だよな?」

「まあ、そうですね」


 俺とグレイが表面上の和解を見せると、ファリアは「それならよかったです」と満足げに頷いた。

 どこか独特な空気感の人物だった。


 俺はこっそりとグレイの脇まで回り込んで耳打ちで尋ねる。


「なあお前、どうやって騙して連れてきたんだ?」

「出会い頭に土下座で頼んだら普通に来てくれました」

「……それだけで? 普通に来てくれたのか?」

「もちろんですわ!」


 いきなり大声でファリアが同意したので俺とグレイはその場で跳ねる。


「あれだけ必死に頭を下げられて断れる理屈があるものでしょうか! 困っている方がいれば、どんなときだってわたくしは力をお貸しいたしますとも!」


 極めて高潔な人格を持っているようだった。

 謙虚かどうかはちょっと怪しい気もするが、とりあえず伝承にある『本物』とも人物像が合致する。


 そうとなれば話は早い。

 俺は懐から『世界樹の杖』を取り出した。


「ファリアさん。あんたに用事っていうのは……ぜひこの杖を見てもらいたいんだ。街のどの店に持っていってもただの木の枝としか言われなかったんだが、確かにこれはすごい杖だっていう確証があるんだ。天才首席って評判のあんたにぜひ確かめて欲しい」

「そうだったのですか……。鑑定は専門外ではありますが、わたくしの目の及ぶ限りで拝見させていただきます」


 俺が杖を差し出すと、ファリアはハンカチで手を拭ってから丁寧に受け取った。

 商品を汚してはいけないという配慮も行き届いている。いきなり飛びついてきた小間使いとはえらい違いだ。


「これは……少し試してみてもよろしいですか?」

「はい。存分に」


 ファリアは川に歩み寄って水面に杖を向けた。


 ちなみにさきほど同じような流れで醜態を晒したグレイは、俺の隣でファリアの背を睨みながら「失敗しろ失敗しろ失敗しろ」とブツブツ呟いている。嫉妬という感情はここまで人間を醜くするのか。


「水よ、仮初の命を宿しなさい」


 そうしてファリアが短く唱えたとき、水面に変化が生じた。


 いいや、変化どころではなかった。


 水面から無数の小鳥が一斉に飛び立った。

 もちろん、一瞬前まで水面に鳥の姿などなかった。

 飛び立ったのは、すべて透き通った身体を持つ、水で形作られた模造の小鳥たちだ。


 数百羽か、それとも数千羽か。

 それだけの水の小鳥が群れをなして空を舞い、俺の頭上を周回していく。その動きを指揮するかのようにファリアは杖を振り、やがて水面を杖で差した。


 途端に小鳥たちは急降下し、元いた川の中へと舞い戻っていく。


 すべての鳥が水に潜り終えた後は、今までどおりのただの川が流れているだけだ


「ま、まあ曲芸にしてはそれなりなんじゃないですか?」


 魔法の実演が終わるなり、開口一番でグレイがあり得ないほど生意気な口をきいた。


「お前……そういうのは小鳥一羽でも出せてから言えよ」

「あ、あんな鳥が出せたところでどうだっていうんですか! クソの役にも立たないでしょう!」

「いいか、嫉妬はやめろ。そして黙ってろ。今のお前は喋れば喋るだけ惨めだぞ」


 グレイの額を指で弾いてから、俺は笑顔かつ揉み手でファリアに振り向いた。


「いやあ、やっぱり本物は違うな。で、その杖はどんな感じだ?」

「はい……申し訳ありません。使ってみて確信できましたが、どうやらただの木の枝のようです」


 は?

 俺は口をぽかんと開け、それでも何とか言葉を振り絞る。


「え、でも今、あれだけすごい魔法を……」

「今のはほとんどわたくしの独力です。杖に魔力を流してみましたが、増幅や補助の効果は一切感じられませんでした」


 それはつまり、どういうことか。

 俺がこの時代で資金源にしようと目論んでいたこの杖は、本当に本物の大英雄の目をもってしても、ただの木の枝でしかないというのか。


「だけどそれは……その杖は、本当にすごい代物のはずなんだ」

「もちろんその可能性も否定いたしません。もしかすると、高度な封印がかかっていて、ただの枝のようにしか見えなくなっているのかもしれません。ここまで気配が察せぬ封印というのは、ほぼ聞いたことがありませんが……」

「待ってくれ。どうしてこの杖が特別なのか説明させてくれ」


 俺は決心した。

 この人物なら、俺が正真正銘の本音を晒しても頭ごなしに否定はするまい。


 ならばもう、正々堂々とすべてを白状するまでだ。


「実は俺は未来の世界から来たんだ。この杖に触れた瞬間、この時代に飛ばされた。そしてファリアさん、この杖は――」

「あっはっは!」


 いきなり話の腰を折るかのような大笑いが脇から響いた。


「時間移動って、そんなお伽噺みたいな魔法あるはずないじゃないですか! 聞いたこともありませんよ! 詐欺にしたって方便が雑すぎますって! 商人さんも馬鹿な人ですねー!」


 腹を抱えてグレイが大爆笑していた。


 こいつこのまま川に突き落としてやろうか、と本気で思った。


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