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第63話『夜明け』

「……な、んで」

「誰も助けてくれなかった……?」


 俺とグレイは空中から真っ逆さまに落下し、受身もろくにできないまま地面に激突した。


 そこまでは、まあ自業自得の範疇である。

 しかし釈然としなかったのは、それを周囲の誰も助けなかったことである。落下地点のすぐそばにいたミュリエルもカスパーも、クランも、ちょっと離れたところにいたバゼルも黙って落下を見届けていた。


「ま、なんとかなりそうじゃったし」とミュリエル

「僕ももう体力の限界で」とカスパー

「ごめん。助けがいると思わなくて」とクラン

「オレサマは距離的に間に合わねぇー」とバゼル


 落下地点に集ってきた、四者四様の言い訳が次々に飛んでくる。実際、俺もグレイも自前の身体強化でなんとか落下の衝撃を耐えきったのだが、それがなければ死んでいるところだった。


「ふん、トドメの手柄を果たした私に対する嫉妬ですね。ここは余裕で見逃してあげましょう」


 それでも上機嫌そうなグレイが、よっこらせと身を起こしてみせる。こういうところはある意味大物だと思う。

 俺は地面に穿たれた大穴を見る。魔獣を屠った光条の着弾地点は、溶岩のように赤熱して煙を吹いている。


「ミュリエル。本当に倒せたか?」

「おう。しつこい奴じゃったが、今ので消えた」


 俺も長い息を吐いて地に伏せる。ここまで何度も展開を覆された分、まだ復活するのではないかと懸念があったのだ。


 その不安に同調するようにカスパーが頷く。


「僕としても、これで終わって安心かな。今回みたいに相手の魔法を『吸収』して模倣してくる魔獣は初めてだったよ……正直、負けてもおかしくなかった」

「おうおう。じゃあ次からは『吸収』させなけりゃいいだけの話じゃねえか。オレサマの装備でよけりゃいくらでも作ってやるぜ」


 と、広場に踏み入ってきたバゼルが威勢よく言ってみせた。

 彼の登場に、真っ先に怪訝な顔を浮かべたのはグレイである。


「あれ、なんでいるんですかバゼルさん。味方になりそうもなかったのに」


 ミュリエルは心が読めるし、カスパーもそこから何か話を聞いたのだろう。

 クランはさきほどバゼルと言葉を交わしていたようだったし、俺は『あったはずの未来』を幻視して少しだけ事情を察した。


 つまり今、グレイだけがバゼルの参戦に当惑している状態となる。


「へっ、いちいち野暮なことを聞くんじゃねえよ。戦力が増えるのはいいことだろ。オレサマが力を貸してやるってんだから、黙って喜んどけ」


 そう言って鼻を擦ったバゼルは、相変わらず軽薄な調子でクランに振り向いた。


「どうだったよクラン様。オレサマの鍛えた剣の具合は?」

「うん。とてもよかった」

「そうかよ。なら、鍛冶屋冥利に尽きるってもんだ」


 その一言だけでバゼルは満足したようだった。

 深々と頷いて、そのまま踵を返す。


「じゃあな。オレサマはとりあえず店に戻って、装備の量産体制でも整えとくぜ。物入りならいつでも――」

「待って、バゼル」

「あん?」


 そこで急にクランがバゼルを呼び止めた。


「お店で思い出した。わたしも前に行った。なんであんな変な装備ばっかり作ってたの?」

「なんでって……まあ退屈しのぎと憂さ晴らしかね。っていうか意外だぜ。お前もあの装備見て『変だ』とは思ってたんだな。戦闘マシーンみたいな奴だから、そういう感情も薄いのかと思ったぜ」

「さっきまでは全然変だと思ってなかった。でも、今はすごく変だったなって思う」

「なんだぁ? いまごろ気付いたのかよ。ずいぶん鈍いんだな。あんな変態装備の展覧会場、普通の女だったら入店した時点で悲鳴上げて出てくぜ」


 かっかっか、と快活にバゼルが笑う。

 なにやら妙に違和感を覚えた俺のすぐそばに、この上なく愉快そうな顔をしたミュリエルが忍び寄ってくる。


 そして密かに耳打ちしてくる。


「聞け。あのクランとやら、昔の記憶が戻っておる」

「へ?」

「一方、まだバゼルはそれに気づいておらん。見物じゃな」


 俺とグレイは神妙な顔になり、二人の会話を改めて注視する。


「ふぅん。そういうの見て、楽しんでたの」

「まぁなぁ。他国からわざわざオレサマを訪ねてきた美人が、顔真っ赤にしながら買うかどうか悩んでたときはちっとゾクゾクしたかね……結局は帰っちまったけどな。にしても、ずいぶん聞いてくるな? もしかして興味あんのか? なんなら作ってやってもいいぜ」

「いらない」


 致命的なミスを犯すバゼルを前に、俺とグレイは忠告もせずあくまで静観を続ける。一度あいつは痛い目を見た方がいいと思ったからだ。


「ま、運がよかったなクラン様。オレサマの気まぐれ次第じゃ、あんたが今握ってるその剣の柄の形状が、もっと卑猥な感じになってたかもしれねぇんだぜ。せいぜいラッキーだったと思って大事にしてく――」

「忘れてたこと謝ろうと思ったけど、もうやめた」


 ぴたり、とバゼルが固まる。

 その額に大量の汗粒が一瞬で浮かんだのが分かる。


「あのよ……クラン様。忘れてたって……何をだ?」

「だいたい、どうしてクラン様って呼ぶの。ララでいいのに」


 ようやく完全に事態を飲みこんだらしいバゼルが息を呑む。


「待て、ちょっと待て」

「どうしたのバゼル。顔色悪い。忘れたままの方がよかった?」

「違う。そうじゃない。そうじゃないが、タイミングが悪い」


 がしがしと髪を掻いたバゼルは、決死の形相で弁明を始めた。


「そうだ! オレサマがああいうのを作ってたのはな……お前がいなくなってヤケになってたからなんだ! 分かるか? 何もかも嫌になって卑屈になって、わざとプライド捨てたクソみたいな装備を作ってたんだ! それだけ、お前がいなくなってオレサマは寂しかったんだ!」


 あながちそれは嘘でもなさそうだと思ったが、語るバゼルの目が泳ぎすぎていて、かえって信憑性が疑わしくなっている。


「……本当?」

「ああ、本当だ! オレサマも本当はあんなクソ装備は作りたくなかったんだ。お前が戻ってきた以上、もうあんなもんは二度と作らねぇ」


 首を傾げるクランと、力説するバゼル。あと一押しであるいは言い訳が上手くいくかと思われたが、


「――それは聞き捨てなりませぬな」


 そのとき。

 中央広場に颯爽と踏み入ってくる複数の人影があった。


 一目で分かる。バゼルの常連たちである。

 キワモノ装備を身に付けて胸毛を晒した三名を筆頭に、なぜか王国の正規兵たちも続いている。その異様なオーラに周囲の空気が妙な湿り気を帯びる。


「バゼル殿。今の話は本当ですかな」

「お、おう! いままで悪かったな。あんたらに作ってた装備は、投げやりに作ったもんだったんだよ。これからは心を入れ替えてまともな装備を」

「そうではなく。こういったデザインの装備を二度と作らないというのは、本当ですかな」


 ごく真面目かつ厳粛な口調で常連筆頭が尋ねた。

 雲行きがより一層怪しくなる。


「失礼ながら、ここにいる正規兵の方々の装備と性能を比較させていただきました。彼らの装備も、バゼル殿が宮廷魔術師時代に作成したものだそうですが――我々の装備の方が圧倒的に優れたものでした。肌の露出をカバーすべく組み込まれた防御力場の発生機能に、戦闘機動を邪魔しないスマートなデザイン、ありとあらゆる戦闘性能が通常装備より遥かに洗練されています」


 くわっ! と常連三名が括目して血涙を流した。


「バゼル殿! どうかそのようなことを仰らないでいただきたい! 我々はあなたの魂がこもった傑作を身に着けたいのです! あなたの全身全霊が発揮できる装備は、やはり我々に作ってくださった『こういうデザインの』装備に違いありません!」

「馬鹿野郎! 勝手なこと言うんじゃねえ! もう廃業だ廃業! 二度と作らねえぞそんな装備!」

「それは困りますぞ! ここにいる正規兵の中にも、さきほどの戦いで胸打たれバゼル殿の傑作装備を身に付けたいという猛者が少なからず――!」

「ここにいる全員! マッチョの男どもじゃねえか! せめて女連れて来い女を!」


 瞬間、バゼルははっとなって背後を振り返った。

 そこには薄目になったクランがいる。


「ふぅん」

「いや、今のはつい口が滑って」

「口が滑って、本音が出た。ふぅん」


 じろじろと真正面から眺めてくるクランに対し、バゼルは焦った様子を浮かべながらも――耐えかねたかのように、突然笑った。


「……ははっ。まさか、お前にこんな風に問い詰められる日が来るたぁな。笑えねえ状況なのに、なんだかつい笑えちまう」


 笑いながら、バゼルは目尻に涙を浮かべている。

 嬉し泣きのようなその表情は、間違いなく本心からのものと思えたが、


 ごん、と。

 バゼルの頭に【迅剣】の峰打ちが打ち付けられた。


「がっ!」

「話を逸らさない。そうやって逃げようとするの、よくないと思う」

「そうじゃなくて今のオレサマは本当にお前が戻ってきて感動してたんだよ気付けマヌケ!」

「そういうのは後。とりあえず今、わたしは怒ってる。反省して」

「あぁ!? じゃあこっちも怒るぞコラ! よくも今までオレサマに散々心配かけやがって! もっと早く記憶取り戻せなかったのか畜生!」

「分かった。後で謝る。でも、今はバゼルの番。話を逸らさないで」


 言い争いが始まり、バゼルとクランが口角泡を飛ばし合う。

 だが、お互いどこかそれを楽しんでいるように見えた。


 そんな様子を見ながら、しげしげとグレイが疑問を発する。


「しかし、なんで急に記憶が戻ったんでしょうね? いいことですけど」

「そりゃあたぶん、魔獣の『吸収』を受けたせいじゃろ。あれで【神剣】が心に及ぼしていた効果が薄れたのかもしれん」

「ううん……あれのおかげと思うと、なんか複雑な気分になりますね」


 確かに、喜ばしい出来事ではあるのだが、きっかけが敵の攻撃と思うと微妙な気分になる。素直に喜んでいいものか。

 そんな俺たちの当惑を読んでか、ミュリエルが推測を続ける。


「それが嫌なら別の説も用意してやろう。そうじゃな、あのクランという娘の中で『弱さ』の定義が変わった――というのはどうじゃ?」

「定義ですか?」


 うむ、とミュリエルが首肯する。


「あやつは【神剣】で己の『弱さ』を斬り、臆病な過去の人格を消し去った。しかし、臆病さから生まれた逃げ足――その速さもまた、自分の力の一つだと気付いた。弱さも強さのうちと理解できた。じゃから、人格ごと記憶が戻ってきた。そういう解釈もアリじゃろう」


 もしそうだとすれば。

 それを気付かせたのは、バゼルが彼女のために打った【迅剣】なのだろう。

 最強の剣たる【神剣】に単純な性能では及ばずとも、クラン本人の強さを最大限に引き出すための剣。ある意味でバゼルは『【神剣】をも上回る剣を作る』という約束を、しっかり果たしたのだ。


「……グレイ。あの二人はきっと、俺が知る歴史上の【迅剣】と【百器夜行】よりも強くなるぞ」


 クランは【神剣】を失わず、【迅剣】を併せ持つ最強の二刀使いとなった。バゼルは能力的には変わらずとも、おそらくそのモチベーションに天と地ほどの差がある。自責の念だけで動いていた歴史上の彼と、今の彼とでは。


「分かってますよ。それ以上に、私だって強くなってやりますとも」


 強がりのような返答とともにグレイはふんぞり返る。

 根拠はないが、こいつはきっとやり遂げるだろう。そして願わくば、俺もその隣に並び続けられるよう、悪あがきを続けてみよう。


 やがて地平線の向こうに、勝利を祝うかのように朝日が昇り始める。

 グレイが「あと何時間か早く昇ってくれれば私の天下だったのに」と無茶な要求を呟き、その場の全員が笑った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 待ってこの小説面白すぎる
[良い点] 弱さを受け入れた説が正しいと、武装面と精神面の両方とも強化されてて我らが大英雄様の立場が危ないことになってしまうw でもそっちの説の方が良いですねえ。 アランも(弱さ故の)いい仕事するし…
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