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第61話『クラン・ララ・アルヒューレ』

 身体が軽い。

 バゼル・ロウから渡された剣を握った途端、枯れ果てていた魔力が漲るのを感じた。


 いけそうだ。


 クランは不思議とそう思った。

 怖いのも、不安なのも変わらない。それでも手中の剣には、そんな感情を上回る何かがあった。


 クランはこれまで【神剣】なしで戦ったことはない。

 果たして自分の力だけで戦えるのか、そんな弱気が心の隅に、


 ――てめえの取り柄なんざ、逃げ足くらいだろ


 ん? とクランは首を傾げた。

 調子がおかしい。この剣を握っていると、何か懐かしい声を聞いたような気分になる。


 不快ではなかった。

 しかし悔しくは感じる。頬を膨らませたくなるくらいに。


 逃げ足とは心外である。クランに授けられた異名は【迅剣】。

 過去の【神剣】の担い手の中でも最速を誇る、極めて立派な異名である。その名に恥じぬよう、やってやろうではないか。


「とりあえず、あれを斬る」


 一人頷いてクランは方針を固める。

 目指すは、離れた広場で空中に攻撃を放っている魔獣である。実体のあるこの剣なら、有効打を与えることも可能――まずは接近して――



 そんな思考が終わる前に、クランはもう魔獣を斬り終えていた。



 あまりの速度に自分でも驚愕する。

 さらに、魔獣は手足をすべて根元から落とされ、おまけに胴体も真っ二つになっていた。すべて自分でやったことである。


「……気持ち悪い」


 ぐしゃりと地面に魔獣の残骸が落ちたのを見てクランは呟く。

 気持ち悪かったというのは、この剣の使い心地のことである。馴染みすぎる。初めて使う剣だというのに、重心もバランスも刀身への魔力の巡らせ方も、すべてが完璧すぎて妙に居心地が悪い。


 すれ違いざまに一度斬るだけのはずが、勢いだけでつい五発も斬撃を放ってしまった。


 しかし、想定以上の速度は剣の感触だけでは説明がつかない。

 あまりにも足が、腕が、身体のすべてが軽すぎる。まるで今まで背負っていた重石がなくなったかのように。


「あーっ! またいいとこ持ってったんですかクランさん!」


 そのとき、頭上から声が降ってきた。

 グレイという少女だ。隣には少年もいる。確かそちらはアランという名だったか。


 クランは警戒を促すよう首を振る。


「まだ。この剣だと【神剣】みたいな再生阻害はできない。すぐ再生する」


 案の定、バラバラになった魔獣の身が、どろりと液状化して地面に広がった。黒い水溜りのようになったその空間から、今度は遥かに巨大な腕が伸びてくる。今までの人型サイズではなく、遥かに巨大な魔獣だ。


 今の剣は、切れ味こそ凄まじいが【神剣】のような特殊効力はない。相手が巨体となれば、与えられる傷は相対的に浅くなる。通常の腕なら一撃で切り落とせても、巨木のような腕ならば一太刀ではやや難儀するかもしれない。


 ――まあ、一太刀で無理なら二太刀で切り落とせばいいか。


 相変わらず恐怖はまだある。なんせ相手の正体も知れていない。

 しかしクランには自信も芽生えつつあった。さっきの攻撃だけで分かった。この剣を使っている間、自分は――とても速くなる。



 クランは動く。


 地面から這い出してきたばかりの巨体。その右足首に二発の斬撃。まだ斬れない。ダメ押しの一太刀でようやく切断。三太刀もかかった。やっぱり硬い。


 それでも、ここまでかかった時間は一秒に満たない。

 クランが思うに、おそらく一秒を百で割ったくらいの時間。


 相手が体勢を崩すよりも前。いや、足を断たれたことに気付くよりも前に、クランは反対の左足首も切断にかかる。回転しながら三連続で斬撃。さっきよりも少し早く斬れた。


 まだまだ時間に余裕はある。


 ようやく、最初に斬った右足が、ゆっくりと地面に落ち始めた。今日は時間の流れが特別に緩やかなのだろうか。ふと疑問に思って立ち止まるが、その時間も千分の一秒に過ぎない。


 上体が傾いて落ちてくるのを待ちたかったが、今の自分にとってそれは昼寝ができそうなほど長い時間に感じられた。


 そこでクランは魔獣の背後に回り、峰打ちの打撃で巨体を地面に叩き付けてみた。これで待つ必要がなくなる。我ながら妙案。


 相手がうつ伏せに倒れた隙に、手早く両腕も断つ。最初の斬撃から、まばたき一回ほどの時間も経ったか疑わしい。


 ――あ、そうか。


 剣から伝わってくる温度で、クランは遅まきながら不思議な速度感覚の正体に気付いた。


 今まで【神剣】は、魔力を消費して顕現させていた。

 この剣は魔力を消費しない。それどころか、こちらに分け与えてくれる。


 だから。


 走ることに、速く動くことに、ひたすら集中できるのだ。

 まるで時間が止まったと思えるくらいに。


「ちょっと気持ち悪いけど、いい剣」


 そうだ。この剣は誇らしい異名と同じく【迅剣】と名付けよう。それがいい。



『お、オ、オ、オ、お、お、オ、ォオ――――――――ッ!!』



 全身をバラバラにされた魔獣が口もなく吼え、再びその身が溶けて再構成される。

 ただし、次に現れるのは単純な巨人の形状ではない。


 黒い水溜りから再出現した魔獣は、全身を『咢』の魔術で覆い――竜めいた形状を取っていた。


 目や鼻は存在しない。無数の牙をびっしりと生やした咢だけが、ぱっくりと大口を広げている。ともすれば、竜というより百足に近い姿かもしれない。


 そしてその牙も、手に生えた爪も、すべて見慣れた【神剣】の銀光を放っていた。

 防御不能の斬撃が来る。あの爪牙を、今の手にある【迅剣】で受けることはできない。



『――――――――――――――――――ッ!!』



 声ならぬ慟哭とともに異形の魔獣が突進をしてくる。回避もできない。ここでクランが避ければ、背後に倒れている人々が巻き込まれる。


 ならば選ぶ道は迎撃しかない。

 そして、クランには逃げ回るだけでなく、護るための力も与えられている。


「来て。【神剣】」


 少しだけ重たいが、これまで自分とともに戦ってくれた剣。

 この剣もまた、大事なクランの相棒だ。


 右手に【神剣】、左手に【迅剣】。

 護国の剣士クラン・アルヒューレの象徴と、失われた少女ララの象徴。


 相反する二本の剣はしかし、最初から一対でクランの手に収まるべきだったかのごとく、完璧な調和をもってそこにある。


 剣の輝きが告げる。

 そのいずれもが、クランの力なのだと。


 同時、クランの瞳に絶えて久しかった感情の光が蘇った。まるで二つの刃が放つ光が、そのまま投影されたかのように。


「わたしの名は、クラン・ララ・アルヒューレ」


 迫る魔獣の爪牙。

 臆することなくクランは【神剣】と【迅剣】を構える。


「【神剣】も【迅剣】も、強さも弱さも、現在いま過去かこも――ぜんぶまとめて」


 剣が同じなら、勝るのは技量が上の方に決まっている。


「わたしの力」


 一刀目の【神剣】で魔獣の爪牙が根元からすべて断ち切られ、二刀目の【迅剣】で胴体を深々と斬り抉られる。


 おそらく、クランの魔力もそう長くは持たない。

 それでも勝利はもう確定していた。


 なぜなら。


「………………まったく」


 クランは静かに微笑みながら、声の降ってきた上空を仰ぐ。

 自分一人で必死に戦う必要はない。弱さを認めた今は、誰かを頼ることもできる。


 そして、今や王都は、昼日中と見紛うくらいの煌々とした明かりに包まれていた。



「どいつもこいつもっ! 私の見せ場を奪ってくれてばっかりで本当に嫌んなりますねっ!」


 そう言いながらも、どこか嬉しそうに笑う灰色の少女が、勢いよく杖を振り上げた。


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