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第60話『粘着質な男』

 炎蛇が一体、そしてまた一体『喰われた』。


 残す炎蛇は最後の一体。

 グレイの光球は速度も強度もかなり怪しく、光弾を放つ余裕もなくなりつつある。


「ちっくしょうっ! 負けてなるもんですかぁっ!」


 それでもカラ元気だけは相変わらずだ。

 最後の生命線たる炎蛇を守るべく、上空から援護射撃を続ける。しかし炎蛇を追う十体の魔竜は、生半可な光弾ごときではビクともしない。


 さらに、眼下の魔獣本体も放っておける相手ではなかった。


 強度の弱まったこちらの光球を撃墜すべく『放出』の魔力を放ってきたかと思えば、炎蛇の要であるカスパーを狙って近接攻撃を仕掛けてきたりもする。

 ミュリエルが上手くカスパーを担いで逃げ回ってくれているが、それでも基本速度は相手が上だ。上空からグレイの援護がなければ凌ぎきれない。


 しかし、そちらに気を取られすぎれば炎蛇が潰される。現にそうして二体やられた。


「ジリ貧か……!」


 焦りに舌を打ったとき、地上で変化が起きた。


 ――炎蛇をつけ狙う魔竜の一体が、頭部を砕かれて霧散した。


 空から飛来した無数の剣、槍、斧――無数の武器が、怒涛の質量と勢いで魔竜の頭部に殺到したのだ。


 それを成した人物は、消えてゆく魔竜のそばで愉しそうに笑っていた。


【百器夜行】バゼル・ロウが。


――――――――……


「あー、オレサマちょっとカッコつけすぎたな。派手に武器を呼び出したせいで一気に魔力がなくなっちまった」


 一方、バゼルは早くも満身創痍に陥っていた。

 工房や倉庫にしまっていた大量の試作品を操って呼び出したのはよかったが、そのおかげでもう魔力残量は二割を切った。


「ま、構わねえか。オレサマの真骨頂はここからだ――なあ! 常連ども! 出血サービスだぜ好きな武器拾ってけ!」


 バゼルの脇を、疾風のごとき素早さで三名の男が駆け抜けていく。

 鍛え抜かれた逞しい肉体に、それを顕わとする露出度の高い装備。世にも破廉恥な風体をした戦士たちが、落ちた剣や槍を一瞬で拾って戦列を組む。


「炎蛇は味方だ! それを狙う黒ぇ竜どもを全部ぶっ潰せ!」

「了解ですバゼル殿!」


 三位一体。炎蛇の胴体に喰らいつこうとしていた魔竜が、強烈な攻撃で空中に弾き飛ばされた。


「オラぁ! 兵士どももボサっとしてんじゃねえ! 階級が上の連中は、どうせオレサマが宮廷魔術師の頃に作った装備を使ってやがんだろ! それなら余裕で立てるはずだぜ!」


 あちこちで倒れ伏していた兵士たちが、バゼルの呼びかけに応えるように立ち上がる。

 彼らの大半は既に『吸収』で自前の魔力を奪われている。しかし今は、新たに沸々と湧き上がる魔力を感じているはずだ。


 ――武器の召喚はオマケにすぎない。これこそが、バゼルの唱えた魔法の本領だ。


 バゼルの魔法は『付与魔法』。

 己の魔力を『物体に定着する接着剤』のような性質に変化させる技だ。有用な第三階級の高等魔法ではあるが、使い手は決して少なくない。バゼル同様に、魔力のこもった装備品を作成できる魔術師は数多いる。



 その中で、バゼル・ロウだけが英雄たりえたのは――



 そのとき、魔竜の一体がバゼルに狙いを定めた。

 一撃で魔竜を屠った彼を警戒してのことかもしれない。『放出』の牙を持つ咢が大口を開けて彼に迫り、


「マヌケ。仮にも装備屋がまともな防具を着てねぇわけねえだろうが」


 衝撃の火花が散る。

 バゼルは袖の下に仕込んでいた鋼の手甲で、上下の牙を受け止めていた。

 だが、咢の効果はそこで終わらない。牙で砕けぬ相手には、舌で舐め取るように『吸収』の黒霧が迫る。


 しかし。


「……あぁん? こんなもんでオレサマから魔力を奪えると思ってんのか?」


 バゼルの装備の前には通じない。ありとあらゆる魔法を無効化する『吸収』の黒霧が。


「悪ぃな。オレサマは未練がましい粘着質な男だからよぉ――」


 バゼルが魔竜の喉奥に敢えて踏み込む。手甲を振りかぶり、内部から拳の一撃。


「――魔法もクソほど粘着質なんだよっ!!」


 内側から魔竜が弾けた。

 ほとんど同時に、三位一体の変態常連客たちも竜の一体を仕留める。立ち上がった兵士たちも炎蛇から魔竜を遠ざけるよう集団陣形で誘導していく。


 そして彼らの誰一人にも、魔竜の牙も舌も届きはしない。


「ついでにオレサマはこう見えて純情一途でもあってな、装備もそれに似てんだぜ」


 消えゆく魔竜を踏みにじりながらバゼルは鼻で誇る。


 バゼルの装備は、使い手に絶対の忠誠を誓う。

 約束を守ろうと鋼を打ち続けた、バゼルの意志を模倣するように。


 たとえば。

 主の魔力が尽きて戦えなければ、装備は己が魔力を分け与える。『吸収』でも引き剥がせぬ強大な内包魔力を、窮地の主にならば喜んで自ずから差し出す。


 バゼルの唱えた呪文は、こうした装備の性能を極限まで引き出すためのものだ。


「オレサマたちはこの雑魚竜どもの相手をすっからよ、そっちは任せたぜ。ララ」


 魔獣の『吸収』すら寄せ付けない、世界最高粘度・・・・・・の付与魔術。

 それが【百器夜行】バゼル・ロウを、後世の英雄たらしめた技能だった。


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