第6話『交換条件』
「お前……あれだけ大口叩いておいて、魔法使えもしないのか?」
「ばっ、馬鹿にしないでください! その壊れた杖のせいです! あと、今日はちょっと調子悪いような気が……かーっ! 残念ですねー! いつもならもっとすごい技を見せられたんですけどねー!」
こいつ嘘が下手だな、と思う。
故郷への手紙にしても嘘の限度というものがある。こちらが哀れみにも近い視線を送っているのに気付いたか、グレイもやがて眼を逸らして口ごもる。
「そ、そうだ! 他の魔法をお見せしましょう! 得意中の得意技がありまして!」
そう言ってグレイは川辺から何かを拾ってきた。
成人男性の腕ほどの太さがある、そこそこ立派な流木である。それを胸前で掲げるように持ち、
「みなぎれ腕力! うぉおらぁあーっ!」
プルプルと震えながら、渾身の力でその流木をへし折ろうとし始めた。
しかし木はわずかに撓むだけで一向に折れる気配もなく、やがてグレイは流木に対しての膝蹴りを繰り出し始める。
最終的には、河原の岩に何度も叩きつけまくってようやく折ることに成功した。
「見ましたか! この腕力強化だけは前にたった一度成功したことがあって」
「一度?」
「あっ」
俺はただ呆れて見ているだけだったが、グレイの方が語るに落ちた。折れた木で目元を隠しながらグレイが俯く。
「あ、あのですね。まあ平たくいえば、まだまだ私はこれからの伸びしろが大きいということでして……」
「使えもしないのか? 魔法を?」
「たまに、ほんとたまに使えることがあったりなかったり……今までには一度だけ……」
俺には魔法なんてよく分からない。しかしこのグレイが明らかに魔術師以前に人間として駄目な奴だというのは分かった。
俺の持っていた『世界樹の杖』に食い付いていたのも、その真価を見抜いたのではなく、ただすごい商品と言われたから飛びついただけなのだろう。
やはりこいつは将来の大英雄などになる器ではない。
――いや待て。
もしこのグレイがただのホラ吹き娘だとすれば、本当に世界を救った英雄はいったい誰なのか?
未来の伝承では、グレイは人類を滅びから救った英雄とされている。
しかし滅びを回避する代償として、この世から魔法は失われてしまったとも。
実際に俺のいた未来において魔法は存在しなくなっていた。
ならばこの先、人類が滅亡に瀕して魔法が失われるほどの『何か』が起きたのは事実と考えていい。
そして、ここにいるポンコツ娘ではなく『本物』の大英雄がそれを救ったはずだ。
問題はその『本物』とこのポンコツグレイがなぜか混同されてしまっていることだが、俺はある可能性を思いついた。
「なあ、魔法学院の本物の首席ってどんな奴なんだ?」
「そ、そんなに大した人じゃないですよ。私の実力とほぼ変わりません。しょせんは同じ年ごろの人間なんですから、誤差です誤差」
「いいから正直に答えろ。地元にお前の現状をチクってやってもいいんだぞ」
脅しをかけるとグレイが背筋を伸ばして緊迫の表情となった。
わざわざチクるようなつもりは毛頭ないが、こいつを動かすにはこれが一番手っ取り早い。
あっという間に萎縮した様子となったグレイは、もじもじしながら小声で答えた。
「えっと……私が受けた試験の主席だった人はですね、とてもすごかったです。炎を出せば空まで届くほどの火柱を出して、水を呼べば校庭に大雨を降らせて、風を操れば木も岩も簡単に切り裂いて……」
「さっきお前がやろうとした魔法は、そいつの猿真似だったわけか」
炎、水、風と。
さっきグレイが俺の杖を使って試そうとした魔法とまったく同じだ。
大した人じゃないなどと言っておきながら、内心では凄まじく意識していたものだと見える。
「あと、見た目もすごく綺麗なんですよ……。銀髪に銀目で、なんだかいつも光ってるみたいで、どこかのお姫様みたいだなって……」
「銀髪に、銀目」
やっぱりか、と俺は唸る。
なぜこんなポンコツと『本物』が混同されて伝承されたのか。
それはおそらく、こいつが騙っていたポジション――『ヴァリア魔法学院の首席』という地位に、本物がいたからだ。
さらに銀髪銀目という容姿が似ていたのも混同の原因となったのだろう。
もっともグレイの場合は、銀というよりも限りなく灰色に近いが。
そうと分かれば俺がやるべきことは一つだ。『本物』の英雄であれば、今度こそ俺の持つ杖の価値を見抜いてくれるに違いない。
「お前、学院の小間使いをしてるんだったよな?」
「は、はい」
「その銀髪銀目の首席をここに呼び出してくれ。そいつと無事に商談ができたら、お前の地元には現状をチクらないでおいてやる」
「分かりました。どんな手を使ってでも呼び出してみせましょう」
薄汚く笑ったグレイは、二つ返事で俺の提案を受けた。