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第58話『戦う理由』

「あーあ。敗戦濃厚だな、ありゃ」


 王都の外れの小高い丘。

 中央広場での騒ぎを、強化した視力で遠巻きに眺める男の姿がある。


 バゼルだ。

 彼は愉快そうに笑いながら、背後に立つ金髪の少女――ミュリエルを振り返る。


「あのまま戦局が進めばどうなるよ?」

「魔獣が周囲から魔力を奪い尽して、最後には自爆して終いじゃ。王都は巨大な穴ボコになって、生存者もろくに残らんじゃろうな」

「そうかよ」


 破滅的な答えを聞いてなお、バゼルはニヤケ面のままその場にしゃがみこむ。


「いいのかよ性悪ガキ。戦ってんの、あんたの仲間なんだろ? あのままじゃ死んじまうぜ」

「心配せずともじき向かう。貴様のようなゲスの見張りにも飽いてきたしな」


 軽薄に「辛辣だねえ」と答えたバゼルは、ややあって笑みを消した。


「なあ、心が読めるんだろ? オレサマの心は今、どんな感じだ?」

「貴様の心くらい貴様が一番よく分かっておるじゃろう」

「この上なく上々だよ。ザマアミロって気分だ。あの無敵の【神剣】もあっさり負けやがった。この後の爆発に巻き込まれてオレサマが死んでも、悔い一つねえさ」

「ならば、なぜ妾に問う?」

「さあな」


 ぐしゃりとバゼルが前髪を掻く。

 ため息をついてからミュリエルは呟く。


「ああ。貴様は喜んでおる。その一方で、微かに迷っておる」

「へっ、さすが。正解」

「貴様の気がかりはクランじゃな。あの者が亡くなるのだけは看過したくないのじゃろう」

「割り切れねえもんだよな。あいつはもう、とっくに死んでんだよ。【神剣】で自分を斬って、心を捨てた日から。でも……たとえ抜け殻でも、外見だけはララのままだからな。ちったぁ同情が湧きやがる」


 まあいい、とバゼルは頷いた。

 それから背に担いでいた一振りの剣を抜く。例の墓標剣だ。それを滅びゆく母国への弔いとするかのように、地へと真っ直ぐに突き立てる。


「んなもん、ちっぽけな感傷に過ぎねえ。このまま派手な火葬を見届けてやるよ」

「見ているだけ、か」

「ああ。オレサマは手出ししねえ」


 やはりか、とミュリエルは吐き捨てた。


「貴様がこの国の滅びに関わっているのではないかと少々疑ったが、やはりそんな度胸はなかったな。貴様はただここで黙って見ていただけだ」

「おうよ。オレサマはクソ人間だからな」

「『この状況を覆せる力があるのに、黙って見ていた』だけだ」


 じろりと感情のこもらない瞳で、バゼルがミュリエルを振り向いた。


「――悪いかよ」

「いんや。好きにするがいい。だがな」


 そう言ってからミュリエルは広場を指差す。


「見届けると決めたなら、最後までとくと見ておけ」



 同時、広場から竜巻のごとき火柱が舞い昇った。



――――――――……



 以前、ファリアが教えてくれた。

 純粋な魔力の多寡が勝負を決めるわけではない。未熟な者が膨大な魔力を賭して放った炎の魔術でも、熟達者が粗雑に放った炎に敗れることがあるのだと。


 素人が無造作に放った炎の魔術。

 熱量・回転・気流・指向性、すべてにおいて研ぎ澄まされた炎の魔術。


 注ぎ込まれた魔力の量に差があれど、術者の実力でいくらでも優劣は覆る。

 たとえば俺が10の魔力を費やして炎の魔術を発動しようと、たった1の魔力で発動したファリアの炎にねじ伏せられることだろう。


 それでいい。

 まともに敵を焼くこともできない、できそこないの炎の方が、今この場では都合がいい。



 ――どれだけ派手に広げても、大して被害を出さなくて済むのだから。



 問題は、まともな熱すら持たぬ炎をどうやって広げるかだったが、


「燃料は頼んだぞ、カスパー!」

「ああ。君のダメ炎をしっかりと広げてあげよう!」


 憎まれ口の返答とともに、カスパーが残った魔力を全開で『放出』した。

 ただし、魔力量こそ膨大だが――その破壊力は限りなくゼロに近い。どんな魔術も込められていない、純然たる無色の魔力の奔流だ。


「点けてくれ!」

「おう!」


 カスパーの手から『放出』される魔力の渦の中に、無温の炎を灯した俺の手を差し入れる。

 熱すら持たない炎はしかし、それ以下の無威力に抑制された魔力の中を燃え広がっていく。


 魔術の熟達者であるファリアは『僅かな魔力で遥か格上を破る』ことができる。

 同じく、熟達者であるカスパーが『膨大な魔力で遥か格下に負ける』ことができても、なんら不思議ではない。

 カスパーの魔力は今、俺の炎を広域に延焼させる純粋な燃料として機能していた。


「僕の残りの魔力を全部使う! 後は任せたよ、グレイ嬢!」


 カスパーの叫びとともに、舞い昇った火柱が八つに分裂する。

 それぞれが炎の大蛇のごとき形状へと変化し、紅蓮の炎光を放ちながら地を這い始める。


 大蛇の這った軌跡には、見るも眩い真っ赤な焔が曳かれていく。しかし、出来損ないの炎は何物をも焼くことはない。街中に倒れ伏した人々も、立ち並ぶ家屋も、すべてをそのままに、ただ純粋に光を放つ。


「グレイ! いくぞ!」

「指図しないでください!」


 ボロボロになりながら魔獣と対峙していたグレイも、炎の光を見て露骨にテンションを上げた。

 俺の補助魔法も発動する。掲げられたグレイの杖先に、炎色の光が一点集中する。


「くたばれ――――――っ!」


 発射。

 光速の一撃は、回避の隙すら与えず魔獣の胴体に命中。


 轟震とともに魔獣は吹き飛び、広場に面した城壁に叩き付けられる。一撃で堅牢な城壁が半壊し、瓦礫が魔獣の身を埋め尽くした。



 が、トドメとまではいかなかった。



 魔獣は【神剣】を振るい、瓦礫の山を斬り裂いて姿を現した。しかし、その胴体は半分以上が抉れており、手足もズタズタに削れていた。徐々に再生しつつはあるものの、それでもダメージは色濃く見える。


 いける。

 もっと炎が広がれば、次こそ確実に消せるだけの光量が集まる。それまでは連続攻撃でひたすら時間を稼げばいい。


「はっはっはぁ! 形・勢・逆・転っ! こうなればもう私の独壇場ですよ! 反撃の暇も与えないくらいに撃って撃って撃ちまくって、最後に特大の超必殺技をぶち込んでくれますっ!」


 グレイも高らかに勝利宣言をする。

 想定している作戦は俺と同じようだったが、こいつと同じ思考回路だと思うと自分が少し悲しくなる。


『……あ、ア、アあ、あ』


 そこで、俺とグレイは弾かれたように魔獣を振り向いた。

 まただ。

 また、拙いながらも言葉を発している。


『あ、あ、ギ、ト』


 アギト。『放出』の威力と『吸収』の性質を組み合わせた、カスパーの技。

 その名が発せられるとともに、魔獣の足元に落ちた影から、巨大な爪牙を持つ魔力の竜が召喚された。


 それも、一体や二体ではない。ゆうに十体を越えている。

 さきほど俺とカスパーで放った炎の大蛇を凌ぐ数だ。


「まずい!」


 最初にその技の意図を察したのはカスパーだ。

 ほとんど同時に、影から解き放たれた魔竜が王都の空を駆けていく。


 そして魔竜は、その眼で地を這う炎蛇を睨むや、大口を開けて喰い千切っていく。王都中に広がっていた灯の炎が、瞬く間に呑み尽くされていく。


「炎を守れ! 彼らを援護しろ!」


 戦況を見守っていた王国の戦士や魔術師たちが、放たれた竜を討とうと散開していく。しかし『咢』は本来カスパーの必殺の術だ。当然、容易に倒せる相手ではない。竜が炎を喰らう勢いは止まらず、夜の闇が再び迫ってくる。


 グレイは残された光を束ねて魔獣に牽制の攻撃を放つが、致命打を与えるには至らない。


 それでも。


「まさかまだ諦めてはおるまいな、優男?」


 すたっ、と。

 燃え盛る夜の街を跳び駆け、遠くから人影が舞い降りる。大人形態に変身したミュリエルだ。

 カスパーの背中に手を触れ、『吸収』を発動するよう促す。


「ほれ、妾の魔力をくれてやる。あの炎蛇をもう一度広げてみせよ――それから」


 カスパーに魔力を分け与えながら、ミュリエルが大音声で叫んだ。王都中に響くような凄まじい怒号で、


「もし妾たちに力を貸す者があれば、広場に来て魔力をよこせ! 戦えずともよい! 非力な者でもよい! どんな矮小な魔力でも、闇を晴らす希望の炎の薪としてくれよう! 邪悪な怪物に正義の力を見せつけてやろうぞ!」


 俺とカスパーはほとんど同時に目を細めた。

 希望とか正義とかいうミュリエルらしくないフレーズが、かえって不気味な思惑を感じさせたのだ。


「……ミュリエル嬢。確かに魔力は欲しいところだけど」

「避難しかけていた連中がここに戻ってきたら、犠牲が増える可能性がある、か?」

「分かっているのならどうして」

「阿呆め。妾たちは小娘の方針どおり『一人の犠牲も出さずに全員救う』と決めたのだろう。なら、どんな無茶してでも魔力を集めて、小娘があの魔獣を消し飛ばすお膳立てをするしかあるまい。この場の全員生きるか、全員死ぬか。絶対に負けられぬギャンブルといこうではないか」


 ミュリエルの呼びかけを聞いてか、広場に向けて人々が集まってくる。その誰もが『微力ながらも敵に立ち向かおう』という勇気に満ち溢れた表情をしていたが、


「よっしゃ雁首揃えて燃料どもが来たぞ、吸え。全員吸い尽くせ」

「……申し訳ない」


 ミュリエルの指示のもと、カスパーの身から津波のごとく溢れた『吸収』の黒霧に呑まれ、全員がその場でばったりと倒れ伏した。

 なにげに、ミュリエル本人はほどほどに魔力を分けたところで手を離しているのが卑怯極まりない。


「感謝するぞ! 諸君らの協力は決して無駄にはせん! 引き続き燃料……ではなく協力者を募集しておるから、どんどん広場に集まってくるがいい!」


 仮にこれで勝利できたとて、何かしらの遺恨が残りそうな気はしたが、緊急事態だったということで押し切るしかないだろう。そもそも勝った後の心配をしている余裕など今はないのだ。


「さて、これで負ければ妾たちは全員仲良く地獄行きじゃ。小娘!」

「もちろん地獄行きなんて御免ですよ!」


 応じるようにグレイが吠える。

 合わせて俺とカスパーが動く。『放出』される巨大な魔力の渦に、俺の出来損ないの炎を点火させて無温の炎蛇を再び生み出す。


 その数は、三体。


 先刻放った八体の炎蛇たちはすでに全滅しかけている。実質この三体が、グレイの光を保つ最後の命綱だ。


「やるぞ、グレイ」


 着火役の仕事は終わった。あとはグレイにすべてを託し、サポートの杖役に徹するだけだ。俺は最後の魔力を振り絞りながらグレイの隣に並ぶ。


「ハッ。隠れてコソコソ練習した技が少し役に立って、ご満悦みたいじゃないですか」

「悪いか」


 グレイの憎まれ口に俺は鼻を鳴らして答えた。

 九割九分以上はカスパーの功績だ。それでも、何かの役に立ったという自負がないわけではない。


 今は掛け値なしの窮地だ。手柄だとか活躍だとか、そんな私情を挟んでいる場合ではない。だが人間、そんな正論だけで命を懸けられるわけがないのだ。


「……まあ、お前の気持ちがちょっと分かったよ」


 自己顕示欲。名誉欲。虚栄心。

 なんだっていい。それで己を奮い立たせて戦えるなら。


「いつかは、俺一人で魔獣を焼けるくらいの炎を出してやる」

「そのころには私は真っ暗闇でも世界最強のパワーを出せるようになってますよ」


 身の程知らずは百も承知。

 世界を救うために自分たちは戦っているのではない。自分たちに救われるためにこそ世界はあるのだ。そんな偽善も甚だしい動機で戦い抜いてやる。


 そのために。


「ここで絶対、勝つ」


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