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第57話『役立たずの炎』

 鮮血が散った。

 光の乏しい広場の闇の中にあっても、血飛沫の紅だけはその毒々しさを失わない。


 斬撃をまともに浴びたカスパーは、吹き飛ばされるようにして地に転がっていく。


「カスパー!」

「だい、じょうぶだ」


 駆け寄った俺に、唸りながらカスパーが答える。


「致命傷じゃない。内臓に届く前に『吸収』で刀身を溶かした……少しばかり痛手なのは、否定しないけどね」


 血の混じった咳を吐きながらカスパーが笑った。


「……やれるのか?」

「正直ちょっと寝ていたいけど、今ばかりは僕がやらないとね」


 正論だった。

 日が昇るまでグレイはアテにならない。クランは既に倒された。バゼルは加勢してくれる見込みもない。


 俺は城門の中へ運ばれたクランを振り返る。

 彼女の回復を期待してのことだったが、まだ立ち上がることさえままらないようだった。こちらの戦況を見据えながら、荒く息を吐いて横たわっている。


「……加勢にミュリエルを呼んでくるか?」

「いや。ミュリエル嬢は、魔獣には相性が悪い。僕が、やろう」


 そう言いながら立ち上がったカスパーだったが、脇腹から零れ落ちる血液の量は尋常でなかった。おそらく意識を保っているのですらやっとだろう。


 こちらを見て、脳を曝け出した髑髏がカカカと笑う。その手に無敵の【神剣】を携えて。


「……『吸収』した魔法は、ああやって自由に使えるもんなのか?」

「いや。少なくとも僕はできないし、他の魔獣がやっているのも見たことはない」


 魔獣が疾駆する。

 振り上げた【神剣】を横薙ぎに振り、俺とカスパーをまとめて斬ろうと――


「っりゃあ――――――っ!」


 その横から、乱入があった。


 自分の拳だけを僅かな光で覆ったグレイが、突進してくる魔獣の顔面にカウンターのパンチを喰らわせたのだ。


 自らの速度をカウンターに利用された魔獣は脳と頭蓋を砕かれて横転びし、代わりにグレイは五指をあらぬ方向に捻じ曲げて弾け飛ばされた。


「うっぎゃああ! 私の右手が―――っ! 痛った―――――!!!!」


 そして絶叫しながら悶絶して転げまわる。

 傍目にはただの馬鹿の自爆である。


「……ったたた。やっぱり、最後の美味しいところだけ譲ってもらうのは英雄として失格ですね。ここらで選手交代です」


 真っ赤に腫れた右手をぶら下げながら、それでもグレイは立ち上がる。


「カスパーさん、前座はご苦労でした。後は私が夜明けまで粘って、こいつを消し飛ばしてやりますよ!」

「馬っ……」


 無謀だ、と俺が制止する間もなく、再生を終えた魔獣がグレイに迫った。

【神剣】を振りかざしての一撃。防御は不可能で、グレイごときの反射神経では回避も到底できはしなかったが、


「僕を忘れてもらっては……困るな!」


 グレイに触れる寸前で、【神剣】の刀身が消えた。カスパーが倒れ伏しながらも、『吸収』の黒霧を放ってグレイの身を護ったのだ。


「っらああぁ――――――――――っ!!!」


 標的を空振りした魔獣に、グレイの渾身の拳が突き刺さる。

 既に壊れかけの右手を、それでも構うまいと僅かな光で覆い、全体重を込めてぶちかます一撃。


 魔獣にダメージはない。だが、衝撃でその身が微かに浮き上がった。


「らぁっ!」


 今度は左手に光を纏わせての一撃。

 間髪入れず、右足に光を纏わせての回し蹴り。素人丸出しの動きだったが、一点集中した光の威力が魔獣の反撃の余地を潰す。


 俺は時計台を見上げる。

 それでも、夜明けまではまだ絶望的な時間がある。たった数発の攻撃でグレイの手足も既に満身創痍。このままでは、先にやられる未来しか見えない。


 このままでは、負ける。

 誰も救えぬまま、グレイも俺も、他の誰もが死ぬ。


 ――そんなことは、断じて許されない。


 だが、この状況で俺にできることなど何があるというのか。

 戦力外。光がない今、グレイの補助さえ務まらない。捨て身の盾役にすらなれはしない。



 無力感に奥歯を噛みしめながら、半ば地団太のように俺は魔力を練った。時間移動すら可能にする『グレイ・フラーブの活躍を見届ける』という魔法。それが何かしらの奇跡を起こすのではないかと期待して。


 当然のように不発だった。


 だが、その代わりに。

 俺の手の中でごく僅かな炎が生まれた。マッチ棒に点火することすら危うい、儚く弱弱しい――矮小な炎が。


「ちくしょう!」


 まるで使えない。


 それでも俺は羽織っていた上着を脱ぎ捨て、それに炎を灯して僅かなりの光源にしようとする。服一枚を燃やした光など知れていようが、ないよりはマシなはずだ。


 しかし、灯らない。


 俺の炎魔法はよほどの出来損ないだったらしい。考えてみれば、摩擦一つで燃えるマッチにすら点火させることができないのだ。ほとんど熱を感じることもなく、服の端を焦がすこともできない。


「……くそ!」


 役立たずの炎に見切りをつけ、ポケットにマッチの余りでもなかったかと手を突っ込み、


 その瞬間。

 あることに思い至って、俺は動きを止めた。


「カスパー」

「……なんだい」


 倒れ伏したカスパーに向き直る。


「お前、強いんだよな」

「ああ。世界最強を自負していた程度にはね」

「魔力の操作も得意か?」

「得意じゃなければ、『咢』みたいな技は出せないよ――それで。得意なら、この状況を打破できる策があるのかい?」


 俺は俺に自信など何一つ持っていない。

 だからこそ逆説的に。


 自分の弱さには、絶対の自信があった。


「俺の炎で、王都を火の海にする」


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