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第55話『援軍』

 最初に疑問に思うべきだったのだ。

 潮が引くようにして消えた『吸収』の黒霧は、中央広場に向かったはずだった。しかし、到着した広場のどこにも霧はなかった。


 すべて、奴を守るための鎧として体表に圧縮されたのだ。


「だから私の砲撃でもノーダメージだったってわけですか」

「ああ。やっぱりここはカスパーを待った方が……」

「いえ、好都合です。その分だけあっちも攻撃範囲が狭いってことですよね」


 グレイが息を深く吸い込んだ。


「アランさん。クランさんや、倒れてる人たちをできるだけ遠くに逃がしてください。あいつは私が喰い止めます」

「……馬鹿言うな。俺が見てなきゃお前は」

「何言ってんですか。大英雄の私が、いつまでもそんなヤワなままなわけ――」


 言い切る前に、グレイが駆けた。

 小型魔獣に向けて一直線に、無謀にも接近戦を挑むように。


「――ないでしょうっ!」


 殴った。

 触れたら終わりだというのに、グレイが素手で思い切り敵の胴体を殴った。


 しかし。


「ぎゃあ! いっだっ! なんですかこの鉄殴ったみたいな硬さはぁっ!!」


 グレイは無事だった。

 いや、正確にいえば拳を真っ赤にしてギャンギャンと叫んでいるが、魔力を吸われて倒れ伏すようなことはない。


「お前……」

「は! 見ましたか! これが私なりに習得した身体強化の魔法ですよ! これぞ私の新必殺技!」


 よく見たら、グレイの全身が薄ぼんやり光っていた。


 グレイは身体強化の基礎魔法すらろくに使えない。

 その代わりに、全身に薄く光を纏って身体能力の効力を再現したということらしい。


「そんな基礎技でなんとかなると思ってるのか!」

「相手も人型なんですから! 殴り合いの喧嘩勝負に持ち込めばワンチャンいけます!」

「だいたいその技も――」


 俺の補助がないと使えないだろ。

 そう言いかけて、止めた。


 グレイが魔法を発動中の今も、俺の魔力が奪われている感覚がない。


「ふふん、気付きましたか。これって、ほんの少しの光を纏うだけでいいですから。私一人で使えるんです。だからこそ、の新必殺技なんです」


 ぐっとグレイが拳を突き上げた。


「これからが私の真の英雄譚の開幕です! 誰の助けを借りずとも戦えることを証明して――」


 そこで、魔獣が動いた。

 指を軽く持ち上げ、指先から数発の魔力弾を放ったのだ。カスパーの『放出』と同一の技だろう。

 しかし、その狙いはグレイでも俺でもなかった。



 ――中央広場の街灯が、すべて破壊された。



 一転して闇夜が訪れる。

 グレイの身を覆っていた強化の光も消え失せる。


「……」


 俺とグレイが同時に沈黙する。

 たった今、この場での勝ち目どころか逃げの目も絶望的になった。


「いたぞ! あれだ!」


 と、そこで貴族区から大量の人間が殺到してきた。武装していることからして、この国の魔術師たちだろう。

 篝火が焚かれているおかげで、微かに光も戻ってくる。


「第一隊、行け!」


 凄まじい速さで彼らが動いた。

 俺やグレイの身体強化など比べものにもならない。ファリアやミュリエルに匹敵する速度で、刀槍を構えた三人の戦士が魔獣を包囲する。


 斬撃。

 刺突。


 しかし、すべての武器はあえなく砕け散った。


「第二隊!」


 それでも次の手は速かった。

 物理攻撃が効かぬと見るや、先発の三人は瞬時に飛び退く。そこに間髪入れず浴びせられるのは、多種多様の攻撃魔法だ。見るだけで目が焼けそうな蒼炎に、竜の姿を象った落雷、槍のように空から地を穿つ竜巻。


 さらに後方の部隊は、広場で倒れていた人々を巻き込まないよう、防御の結界を展開している。



 だが、この程度で倒れる相手ではない。

 彼らもそれを悟っていた。なんせ王国最強の魔術師である【迅剣】クランがそこに倒れ伏しているのだから。


「君たちはあれと交戦していたな」


 そこで、第一隊にいた戦士の一人が俺とグレイのそばに駆け寄ってきた。


「情報が欲しい。あの敵は何だ?」

「俺の見る限り、ヴァリアを襲った怪物……の小型版だと思う。ただ、小型といっても強さはたぶん変わらない。魔力を吸収する鎧も纏ってるみたいだ。あらゆる魔法を無効化するし、触れただけで行動不能になる」

「鎧? 厄介だな。クラン様の剣も無効化されたのか?」

「ああ」


 説明しながら俺は歯噛みする。よりにもよって、クランと相性最悪の魔獣が襲来してこようとは。


 いや、待て。


 この魔獣が鎧を持っていたのは、本当に偶然なのだろうか。

 さっき、あの魔獣はわざわざ街灯を破壊してグレイの魔法を封じてきた。ヴァリアの個体には見られなかった、こちらの弱点を突くという作戦らしき振る舞いがあった。


 ――まるで人間のように。


 どさり、と。

 魔獣の方から複数人が倒れる音がした。


 俺とグレイ、それから戦士の一人が向けば、戦っていた魔術師たちの大半がやられていた。


 戦士は胸につけた階級章をむしりとって、こちらに手渡してきた。


「君たちはこの奥の貴族区に走って、増援を要請してくれ。今の情報も詳しく伝えて欲しい。この階級章を見せれば信用は担保できるはずだ」


 折れた槍の柄だけを構え、戦士は俺とグレイに頷きかけた。

 俺は首を振って、


「あれは普通の魔術師じゃどうにもならない」

「だが、どうにかするしかないだろう。なに。魔力が駄目ならこの槍で地味に突きまわしてやろう」


 奇しくも先のグレイの作戦と似たような結論だった。

 しかし。


 魔獣が動いた。

 これまで見てきた緩慢な動作ではない。接近戦を挑んだ戦士たちを凌駕する速度で一気に距離を詰めてきたのだ。


「くっ!」


 それでも、槍の戦士は動いた。

 触れんと伸ばされた魔獣の腕を、槍の柄で辛うじて捌く。同時に腰から短剣を抜き、魔獣の横腹に突き立てる。しかし刃は砕け、ダメージは通らない。


 そして焦れたように、一歩下がった魔獣は俺たちに掌を向けた。


 膨大な魔力が掌から発露される。防御不能な規模の『放出』の魔弾が目の前で膨れ上がり、



「――待たせてすまなかった」



 俺たちと魔獣の間に、上空から滑り込んで来る人影。


 爆音。

 しかし、熱も痛みも感じない。至近距離の魔弾を『吸収』し返した男がいたからだ。


「さて。未来の僕の、罪滅ぼしでもさせてもらおうか」


 降り立ったカスパーが、わざとらしいキザな笑みを見せた。


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