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第53話『滅亡の理由』

「だから! 私は平和にお菓子とお茶を楽しんでただけです! やましいことなんて一つもありません! お店の人に尋ねてみてくださいよ!」

「『今朝からずっと不審な客がいた』との証言が得られている」

「はぁっ!? 客を不審者呼ばわりなんてあの店最低ですね! 二度と行ってやりません!」


 状況はよく分からないが、既にグレイはお縄となっていた。

 助けるべきかミュリエルを振り向けば、静かに首を振っている。


「まあ、怪しまれておるだけで無実は無実みたいじゃからの。放っといてもじきに釈放されるじゃろ」

「何やったんだあいつ」

「どうも、【迅剣】にリベンジしようとして、貴族居住区の近くの菓子屋で待ち伏せしとったみたいじゃの。安い菓子と茶の一杯で朝から延々と粘って、店から大層嫌がられておったそうじゃ」


 木陰からこともなげに事情を読み取ったミュリエルだったが、俺は若干の疑問を覚えた。


「その程度で連行されるか? そりゃあ、決闘を挑んだ前科があるとはいえ……」

「街中でみだりに魔力を発動するのは、基本的に好ましくない。刃物をチラつかせるようなもんじゃからの。あの小娘は馬鹿なことに、待ち伏せの間ずっと魔力を垂れ流しておった」

「なんでそんなことを」

「誰かさんの影響かの。くだらん『新技』の練習をしておったようじゃ」


 新技とは、と尋ねる前にミュリエルが悩ましそうに唸った。


「さてどうしたもんかの。小娘がこのザマということは、今回の魔獣の退治は優男に任せるべきか……ん?」


 そのとき、ミュリエルが視線を遠くに向けた。ちょうど王都の中心部の方へと。

 つられて俺も視線をそちらに向けると――


 ――首のない巨人が、ゆっくりとその身を起こそうとしていた。


「おいミュリエル!」

「ああ。今から優男を呼ぶのでは間に合わん。貴様らが行け!」


 頷いて俺は木陰から飛び出した。

 ちょうどグレイや憲兵たちも、王都の中心部に出現した魔獣を遠方に仰いでいる。


「グレイ!」

「了解っ!」


 呼びかけにグレイは即応した。

 グレイの手に打たれていた縄が光刃の一閃で切り裂かれ、憲兵たちが止める間もなく俺とグレイの身が光球に包まれて浮上する。


「待て貴様ら!」

「すいません! でも緊急事態なんで勘弁してくださ~いっ!」


 どこか調子に乗った様子でグレイがウインクをかます。

 俺が怪訝な顔になると、すかさずグレイは陰険に微笑んだ。


「クックック……これであの魔獣を私が華麗に退治すれば、逮捕どころか一躍ヒーローですよ。土下座で謝らせてやります。まっ、寛大な私は許してあげますけど」

「ほんっとに小物だなお前」

「ふん! 英雄的な功績にはそれ相応の称賛があってしかるべきでしょう!」


 さすがにスピードは大したもので、みるみるうちに魔獣の影が大きくなってくる。

 突如として出現した謎の怪物に、王都の住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。


 首無の巨人の姿を鮮明に目視できるようになると、改めてグレイは不敵に笑った。


「いつぞやヴァリアで退治したやつと同じですね。さて、どう料理してやりましょうか」

「余裕ぶるのは構わんが、油断だけはするなよ」

「分かってますよ」


 緩慢な仕草で巨人が動き始める。

 すかさずグレイはその真正面に光球を着陸させ、地に足を降ろす。


「ではっ! 渾身の新必殺技の錆にしてやりましょう! いざ! 銀月の裁きの鉄槌をここに――!」


 次の瞬間。


 魔獣の胴体が真っ二つに両断された。

 上半身と下半身が泣き別れになり、苦悶の悲鳴じみた慟哭を上げながら巨体が崩れていく。


「……あれ?」


 だが、それはグレイの仕業ではなかった。

 魔獣を一刀両断した人物は、風に髪を靡かせながら静かに佇んでいた。最強の剣【神剣】を携えて。


「あーっ! クランさん!」

「あなたたちも、いたの」

「いたの、じゃないですよ! 倒しに来たんですよ! ほら邪魔しないでください私がトドメ刺しますから!」

「大丈夫。もう倒した」


 ここでグレイは「やれやれこれだから素人は」とでも言いたげな、絶妙に腹の立つ表情で目頭を押さえてみせた。


「あ~知らないんですね~? この怪物は一撃で吹っ飛ばさないと、すぐ再生するんですよ~。あんな風に斬っただけじゃすぐにまた動き出しちゃうから私がしっかりトドメを」

「それなら大丈夫。見て」


 クランが倒れ伏した魔獣を指で差した。

 今にも再生して立ち上がる――ような気配は微塵もなかった。それどころか、土くれのようにボロボロと全身が崩壊していく。


「再生するっていう話は、知ってた。だから『再生能力ごと』斬った」


 けろりと言ってのけるクラン。

 グレイは「へ、へ~え。ちょっとは機転が利くんですねぇ?」と、この期に及んでみっともなく上から目線をキープしている。


 しかし、多少の誤算だった。

 ここでグレイが魔獣退治の手柄を挙げていたら、対等な立場でクランと交渉の場を設けられていたかもしれない。


 だが、こちらに一切の手柄を渡すことなく、クランが独力であっさり退治してしまった。


「とりあえずグレイ。逃げるぞ」

「はい? なんでですか」

「お前、お尋ね者だろ。この魔獣との関与を疑われるかもしれんし、手柄を挙げるのに失敗したんだから一旦退散だ。ミュリエル拾って逃げるぞ」

「む」


 どうせミュリエルはさっきの木陰の近くに潜伏しているだろう。


 それでも負けを認めたくないのか、グレイはびしりとクランに拳を向ける。


「いいですか! 今回はたまたま上手く退治できたみたいですけど、この先もそう上手くいくとは限りませんからね! こっちはいつでも協力してあげますから、困ったときは躊躇わず――」

「いらない。私一人で十分」


 ぐぎぎ、と歯軋りするグレイ。

 街道の向こうから憲兵たちが駆けつけてくるのを見て、俺は慌ててグレイの肩を叩く。


「いいから飛べ! 逃げるぞ!」

「分かりましたよ! べえっ!」


 負け惜しみのように舌を出して、グレイは光球を展開した。

 眼下では、感情の窺い知れぬ無表情で、じっとクランがこちらを見上げていた。


――――――――……


「それは、妙じゃな」


 街道沿いの木陰で、合流してすぐにミュリエルは首を傾げた。

 クランが魔獣を一刀両断に倒した――という説明に、あまり納得がいかなかったらしい。


「妙? どういうことだ?」

「あまりに強すぎる。小娘や優男でも、魔獣を倒すには結構な出力の攻撃をせねばならんじゃろう。それがあの【神剣】なら、斬撃一発で瞬殺できるときた。これでは【不没の銀月】なんぞより、あっちの方がよっぽど大英雄じみている」

「はぁっ!? 私の方が最強ですけど? ミュリエルさん、この私がアルガン砦で見せた輝かしい戦果をもう忘れたんですか!?」

「うるさい黙っておれ」


 掴みかかるように騒ぐグレイをミュリエルが簡単に組み伏せて尻に敷いた。

 俺はしばし考え込んでから、


「伝承でグレイの方が上になっているのは、あの【神剣】が失われたからじゃないか。この後、歴史通りならクランは剣を持ち替えることになるはずだ。そのせいで弱体化したんだろ」

「ああ。あの陰湿スケベ男の作った剣にな。あっちには『何でも斬れる』ような特殊効果はなかろう。では、なぜ【神剣】は失われたと思う?」

「さあ……?」

「鈍い。あの剣は『国を護るために継承される』魔法じゃろう。歴代の継承者が死してなお怨念のように担い手を求め続ける、一種の呪いといってもいいかもしれんの。さて――そんな魔法じゃが、護るべき国が失われたらどうなると思う?」


 おお、と俺は感嘆の声を漏らした。


「そうか。このマグヴェルト王国が滅んだから、あの【神剣】も消滅したんだな。それで代わりにバゼルの剣を使うようになった、と」

「ああ。そうなんじゃが――その顛末が納得いかん」


 苛立つようにミュリエルは親指の爪を噛んだ。


「歴史上でこの国を滅ぼしたのは、優男と妾のコンビじゃろう」

「それがどうしたんだ?」

「ならば、この程度のことはすぐに察しが付くはずじゃ。全面的に国を滅ぼしてしまっては、有用極まりない【神剣】も失われる。攻撃するにしても手心を加えねばならん、と。仮にも妾がそんな迂闊なミスを犯したとは思えん」


 ここで、ようやくミュリエルの言いたいことが分かった。


「この国が滅びたのは、お前とカスパーの仕業じゃないっていうことか?」

「あるいはな。別の要因によって滅びた後に、事後的に【暴君】の仕業として宣言したのかもしれん」


 だが、魔獣すら一蹴するクランがいて、そう簡単に滅ぼされるものだろうか。


「さてな。この国が正確に滅んだのはいつだったか、伝承には残っていたか?」

「いや、詳細な資料はない。ただ――俗説で新月の晩だったとは言われてる。『銀月の光なき夜の悲劇』なんて吟遊詩人がよく歌ってた」

「ふぅむ。新月ならば、ちょうど今晩か。タイミングが符合しすぎて薄気味が悪いな」


 唸ったミュリエルは、へばっていたグレイの背から尻をどけて立ち上がった。


「とりあえず貴様らは今晩の間、王都の近くで潜伏しておれ。何もなければそれでよし。何かあれば、優男が来るまで時間稼ぎをしろ。街中じゃから夜でもそれなりに明るいじゃろ」


 昨晩見た感じだと、王都の街は夜でもかなりの明かりが灯っていた。グレイも単騎で魔獣の討伐まではできずまいが、時間稼ぎ程度の実力は発揮できるだろう。


「分かった。お前は?」

「妾は【百器夜行】の動向を見張っておく」

「バゼルを?」

「ああ。歴史上で味方だった者を、あまり疑いたくはないがな。あの男もれっきとした一流の魔術師じゃ。国が滅べば憎き【神剣】が消えることなぞ、とうに察しがついていよう」


 国が滅んでも腹の底から笑ってやる、とバゼルは言っていた。

 だとしても、未来のグレイの仲間だったバゼルが母国に滅亡に加担したなど。


「まあ、念には念をというだけじゃ。そもそも――そんな度胸があるようには見えんかったしの」


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