第5話『グレイの実力』
「私は大器晩成型というか……今はそう! いわゆる下積み期間なんです! ここで実家にチクられたら強制送還で田舎の畑仕事をやらされるんです! そうなっては故郷に錦を飾れないじゃないですか!」
俺はもうほとんど聞く気もなかったが、グレイはひたすら熱弁を続けている。
曰く「私の才能をここで枯らせてはならない」「全人類がいつか私を崇める」「じきに主席になるからあの手紙も嘘ではない」など。
途中から鼻くそをほじっていた俺は、長広舌の勢いがやや衰えてきたところで、
「分かった。それじゃあ引き続き頑張ってくれ。俺はチクったりしないから」
「ダメですよ信用できません! 絶対チクるつもりでしょう!」
「チクらないっつってんだろうが!」
いっそ本当に密告してやろうかとも思う。だが、あいにくと俺はこの時代の地理にも交通にも詳しくない。
グレイの出身の村を探し当てるのは難しいし、当てつけだけのためにわざわざ行くほど暇でもない。
ここでグレイはほとんど涙目になりつつ俺の胸倉を掴んでくる。
「チクるつもりがないというなら、どうしてわざわざ学院で私を呼び出したんですか? 村の人から様子を見てこいって頼まれたんですよね?」
「それは……」
少し言葉に迷った俺だったが、ある言い訳を思いついた。
わざと降参するように両手を挙げてから、
「分かった、白状するよ。実はこの街に来る前、確かにお前の地元の村に寄ってきた」
「じゃあやっぱり様子見を!」
「まあ待て。話を最後まで聞け」
盗掘者はブローカーに価格交渉をするのも仕事のうちだ。落ち着きさえすればこんな小娘を話術で翻弄するくらいわけはない。まあ、小娘とはいっても、見た限りそこまで俺と歳の差はないが。
「だけど俺は様子見の依頼なんてされてない。ただ長ったらしい自慢話をされただけだ。『娘が魔法学院の首席になってるんです』ってな」
「えっ?」
「それを聞いて俺は、首席の未来有望な生徒に商品を売り込みにきたわけだ。ちょうど凄い品物を仕入れたところだったからな」
露骨にグレイが安堵した表情になった。
よし、これで厄介払いができそうだ。
「だから、俺は純粋に商売をしにきただけなんだ。首席ってのが嘘だったのはガッカリだが、それなら別の売り先を探すだけだ。わざわざあんたの地元に戻ってチクるなんて無駄なことはしない」
「なあんだ、そうだったんですかぁ」
「ああ、安心しろ」
「じゃあその凄い品物とやらを見せてください。ぜひ売ってください」
「……は?」
いきなり何を言い出すのだこいつは。
「お前、ただの小間使いだろ? 商品を買えるような金があるのか?」
「出世払いでよろしくお願いします。なんせ私は将来ビッグになる人間ですから」
ダメだ話にならん――そう吐き捨てかけて、俺は思いとどまった。
いや、さっきからこの女は異様に自信過剰すぎないか?
これだけ自信家であり、後世にも実際に名が残っているのだから、もしかすると本当にすごい奴なのではないだろうか。
学院の入学試験に落ちて小間使いをやっているというのは無能っぽいが、あまりに規格外の存在であるために試験官たちもその才能を評価しきれなかったのかもしれない。
そして何より、あの杖はグレイの所有物と伝えられている。
ならば彼女自身に見せれば何かしら見抜けるものがあるのではないか。
「――分かった。特別に見せてやろう。この杖だ」
俺は懐から満を持して『世界樹の杖』を取り出す。これまであらゆる店で木の枝呼ばわりされてきたが、俺をこの時代まで連れて来てくれた逸品なのだ。無価値なはずがない。
そしてグレイの評価は、
「おお! この杖がその秘蔵の逸品なんですね!」
食い付いた。
今まで生気のない目で「木の枝ですな」と告げてきた商人たちとは違う。灰色の瞳をキラキラと輝かせ、興奮気味にこの杖を眺めている。
なるほど、見る目はあるようだ。
「ね! お願いします! ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから使わせてくれませんか!」
「使う……?」
「はい! そんな凄い杖だというなら、ぜひ魔法を試してみたくて!」
そういえば、この時代に来て俺はまだ一度も目の前で誰かが魔法とやらを使うのを見たことがなかった。
実際に見たのは、「空を飛ぶ荷車」とか「肉や魚を冷やしたまま売っている棚」とか、おそらく魔法で作った道具だけだ。魔法を行使する現場そのものは一度も見ていない。
ちょうどいい機会だ。
ここで魔法を実演してもらえれば、このグレイの実力が本物か否かも明らかになる。
「汚したり壊したら弁償だぞ、いいな?」
「気を付けます!」
手渡された杖をグレイは喜々として握った。
詳細までは伝わっていないが、歴史書によればグレイの魔法は『繊細にして強力無比』だったといわれている。時には針の穴をも狙い穿ち、またある時には山脈に大穴をも穿ったと。
その実力やいかに。
「はぁーっ! 出でよ炎ぉーっ!」
いきなりグレイが素っ頓狂な声を上げた。
川に向かって杖を構え、腹の底からの大音声で叫びだしたのだ。
杖からは炎どころか煙も出ていない。
「噴きあがれ水ぅーっ!」
今度は杖を振り上げて川の水に命じるように叫ぶ。水面は何も変わらずただせせらいで流れるばかりだ。
「吹き荒れろ風ぇ! 風! 暴風ーっ!」
とうとう謎の儀式めいた踊りを始めるグレイ。
寒気を伴う風がその場をぴゅうと吹き抜けるが、これはたぶんグレイが呼んだものではない。
何一つとして、魔法と呼ぶに足る不可思議な現象が起こる気配はない。
その後も奇行を続けたグレイは、やがて疲れ果てた様子で俺に杖を差し返してきた。
「――ふう、まったくダメですね。たぶん壊れてますよこの杖」
たぶん杖だけの責任ではない、と俺は思った。