第47話『概念魔法』
「第一階級は『肉体強化』、第二階級は『汎用魔法』――いわゆる自然物操作。そして最終段階である第三階級『概念魔法』は、この世に『存在しないもの』に魔力を変換する技術」
日も暮れた王都の宿の一室。
俺は、ファリアから受け取ったテキストを改めて読み込んでいた。ただし今回は己の修行のためというよりは、クランの扱う【神剣】なる魔法の情報を得るためである。
なぜかというと、
「っていうことは、【神剣】は間違いなく『概念魔法』ってやつですね。実体のないものまで斬れる剣なんて普通にはあり得ませんから。で、その概念魔法に弱点とかはあるんですか?」
グレイがまた懲りずに再戦を企んでいるからだ。
俺が文机に座ってテキストを読む後ろで、ソファーにゴロゴロと転がりながら尋ねてくる。
「弱点があるかどうかは知らん。だいたい、概念魔法といってもいろいろだ。たぶんミュリエルの読心術も、カスパーの吸収放出もその類だろ。一概に何が弱点かなんて断言できん」
「そうですか。じゃあやっぱり、斬撃じゃ対処できないくらいの飽和爆撃でも仕掛けるしかないですかね」
「んなことしたら破壊活動の現行犯で即刻捕まるぞ」
むう、と唸ってグレイが足をバタつかせた。
「難しいですねえ。私もなんか近距離用の必殺技でも新しく考えた方がいいかもしれません」
「あのなグレイ。悔しいのは分かるが、リベンジは一旦諦めろ。簡単に勝てる相手じゃないし、勝ったからといってそう簡単に国外に連れ出せるとも思えん」
バゼルの話によれば、代々の【神剣】の継承者は、国の守護者として王族にも匹敵する権威を与えられるという。存在そのものが国の抑止力であり、自由に身動きできる立場の人間ではない。
「いや、勝つのも大事ではあるんですけど、あの【神剣】っていうのをぶっ壊そうと思うんですよ」
俺は噴き出した。
「……何言ってんだお前?」
「元はといえば、クランさん――ララさんって言った方がいいですかね。あんな物騒な剣に選ばれたせいで、自分を追い込んじゃったわけじゃないですか。仇討ちってわけじゃありませんけど、壊してあげた方がいいかなと」
「自分より強そうな魔法だからって嫉妬してるんじゃないだろうな?」
「ままま、まさか。そんなちっさい理由で言ってるわけじゃないですよ」
弁明しつつもグレイには若干の動揺が窺える。
「それにですね。よく考えてみてくださいよ。未来のクランさんは【神剣】じゃなくて、バゼルさんの作った『失銘』って剣を使ってたんですよね? それはつまりあの【神剣】が使えなくなったってことですよね」
「まあ、そうなるな」
「それって私がやったんじゃないですかね? そして【神剣】がなくなったクランさんは晴れて記憶を取り戻して、改めてクラン・『ララ』・アルヒューレって名前に戻ったと。なかなか名推理と思いません?」
グレイにしては鋭い考察と見えたが、大事な一点が抜けている。
基本的にグレイとクランが交戦する理由などないのだ。【神剣】が壊れるほどの激戦となればなおさら。
となれば、
「わざわざクランと戦って【神剣】を壊した奴がいるとしたら、お前じゃなくてカスパーじゃないのか」
「あっ」
「防御不能の【神剣】は初見殺しな技ではあるけど、それもミュリエルが協力すれば事前に効力を『読み取って』把握できる。あとはお前が言ったとおり、空から一方的に蹂躙すればいい」
改めて、カスパーとミュリエルが本格的に手を組む前に止められてよかったと思う。
どんな強者だろうと、事前にミュリエルによって弱点分析をされた上で、そこをカスパーの火力で攻められればほとんど打つ手はなくなる。
「ただ、それもしっくりこない」
「何がですか?」
「カスパーの本当の目的を考えたら、クランの【神剣】なんていう貴重な戦力を失わせるはずがない。そこまでの痛手を負わせる前に見逃して撤退したはずだ」
「そういえばそうですね」
そもそも、単純に破壊すれば【神剣】が失われるものという前提にも納得できない。
グレイの防御魔法だって、破壊されたらすぐ作り直せるのだ。魔力を編んで生み出される【神剣】も、壊されたところで再生可能と考えた方が自然に思える。
それとも、【神剣】は特異な例外なのだろうか。
一個人に特有の魔法というわけでなく、代々継承されるという点も気になる。死者から引き継がれると考えれば、アルガン砦のような『呪い』の変種のようにも――
「……分からん」
俺は椅子の背もたれに体重を預けて、天井を仰いだ。
素人の俺には難解すぎる。一旦、ミュリエルやファリアを頼った方が得策かもしれない。
俺はテキストを閉じて立ち上がる。
「部屋戻って寝る」
「あっ、そっか~。アランさんは別部屋取ってましたね~。でもでも、この部屋でもソファーとか使えば二人泊まれるのに、わざわざどうして別部屋にしたんですか? 私は優しいから、土下座でもすれば相部屋にしてあげてもよかったんですけど?」
「そういう風に邪推されるのが不愉快だからだよ」
「またまたぁ。女の子と相部屋で照れるなんてガキですねえ。まっ、私も一人部屋を満喫できる方が嬉しいですけど~」
「戸締りはしっかりしておけよ」
「私のことが大好きなどこかの誰かさんが忍び込んでこないように、そりゃもうしっかり警戒しておきますよ」
挑発は無視してグレイの部屋を後にする。
実をいえば、同室にした方が合理的ではあった。
まず宿賃も浮く。夜間は無能になるグレイを一人にするのも上策とはいえない。今は敵対している相手がいないからいいが、【暴君】の正体が不明だった以前までなら絶対にしなかっただろう。
それを踏まえてなお別部屋にしたのは、
「……よし」
グレイの部屋よりも一回り狭い自室に戻って、俺は腕に魔力を込める。
ファリアから提示された課題。第二階級の『自然物操作』の習得を、グレイに邪魔されず練習するためである。
第一階級のときですら散々やっかみを挟んでくれたので、その先を会得しようとすれば、必ず面倒なイチャモンを付けられるに決まっていた。
俺は荷物の中からマッチ箱を取り出し、その中の一本を陶製の皿に置いた。
机もない部屋なので、床に胡坐をかいて座り込む。
自然物操作の中でも、特に習得が容易とされる『火』の魔法。
その習得の第一歩として示されたのは、単純な課題だ。
――手で触れずに、マッチを点火させること。
とりあえず、今日はこれを達成するまで眠るまいと誓った。




