第46話『ララ』
「……殺されたって?」
「で、ララの奴に何の用だったんだてめぇらは?」
穏やかでない言葉に瞠目した俺とグレイだったが、バゼルは間髪入れずに別な問いかけを放ってきた。
「えっと、その。ララさんが強い剣士だって聞いたので、協力して欲しいなと思いまして」
グレイが所在なさげに答える。
さすがに墓が目の前にあるだけあって、少し言葉に躊躇いがある。
「あいつが強い? は。どこで聞いたんだそんな話。あいつほど弱い奴もそういねえ」
「え?」
「小せぇ頃からな。その辺を散歩するだけでも、あいつが泣かない日なんてなかったよ。蛇が怖えだの、虫が怖えだの、挙句の果てにゃあ石に躓いて転ぶのが怖えだの。同年代の奴が他にいなかったから遊んでやってたけどな……正直、面倒臭かった。毎度毎度、ビービー鼻垂らして泣いてうるせえのなんの」
バゼルは墓標と称した『失銘』を眺めながら、どこか悲し気な目をしている。
「あいつが人より勝ってたとこがあるなら、逃げ足だけだ。人一倍ビビりだったから、とにかく足が速かった。鼻先に蜂が止まった瞬間、悲鳴上げて隣村まで走ってったこともあったな。ああ、そうだ。とても剣士なんてガラじゃねえ」
やがて、バゼルは『失銘』の前に座り込んだ。
それから緩やかに俺たちを振り返る。
「てめぇら、この墓標のことどこで知ったんだ? 俺ぁ誰にも言った覚えはねぇんだが」
「いや……それは」
「は。どっかで酔った調子にでも漏らしちまったかね。まあいい」
再び墓標に向き直り、バゼルは昔を回想するように目を閉じる。
「そんで五年前、あいつは死んだ。十二歳のときだな」
「その……クランさんが? あんまり悪い人には見えませんでしたけど」
恐る恐るといった風にグレイが尋ねた。
バゼルはそれに対し、肯定とも否定ともつかない曖昧な唸りを返す。
「あいつは運が悪いことに、才能だけはあった」
「はい?」
「この国には変な魔法があんだよ。初代の国王からずっと引き継がれてる魔法がな……どんなものでも問答無用に斬り裂く、無敵の剣を生み出す魔法だ。その魔法は継承者が死ぬたびに、最も魔力に恵まれた国民に引き継がれる」
それは。
グレイの防御魔法すら容易く切り裂いたクランの【神剣】ではないのか。
思い至った俺の表情を、バゼルは振り返ってみせた。
「そうだよ。ご想像のとおり、無駄に魔力だけは恵まれてたララは、晴れて【神剣】を継承した。代々の継承者は、不敬にならないようその名を少しずつ変えて受け継ぐ。【真剣】【塵剣】【新剣】【靭剣】【仁剣】……そして逃げ足が速いだけが取り柄だったあいつは【迅剣】って異名を授けられた」
ところがどっこい、とバゼルは続ける。
「そんな強い魔法を貰っても、あいつはただの臆病者だ。自分で剣を出しただけで、その刃の鋭さに泡吹いて気絶しちまう。そんなんじゃ、とても国を護るための立派な剣士様にゃなれやしねえ」
だから、とバゼルは歯を食いしばった。
「……だから、どうなったんだ?」
「【神剣】は、どんなものでも斬れる剣だ。担い手が知覚可能な限り、どんなものでも斬り裂く。たとえそれが、実体のないものだろうとな」
バゼルが地面に視線を落とす。
「――だからあいつは、自分の『弱さ』を斬った。強い剣士であるために。自分の胸に【神剣】を突き立てて」
忌まわしい過去を思い出すように、ぐしゃりとバゼルの髪が掻かれた。
「それがララの命日だ。その日、あいつは死んだ」
「えっと、待ってください。じゃあララさんっていうのは、つまり……クランさんと同一人物ってことですか?」
「違ぇな。見た目が同じだけで、中身はまったくの別物だ。あいつはララじゃねえ。オレサマどころか家族のことも覚えてやがらねぇし、そもそも自分が『ララ』って名前を持ってたことも忘れてやがる。覚えてるのは、【神剣】を発現してから貴族位として貰った大冠の称号と、所領のアルヒューレの地名だけだ」
バゼルが立ち上がる。ズボンの土埃を叩き、相変わらずの嘲笑的な面で俺たちを向く。
「あのクラン様に装備を打ってやらなかったのは、そういう理由だよ。いくらオレサマだって、昔馴染みの死体に欲情するほど尖った趣味はしちゃいねえ」




