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第45話『失銘』


「……んだよ、懲りずにまた来やがったのか」


 俺とグレイは、再びバゼルの店を訪ねていた。

 既に【百器夜行】も【迅剣】も仲間への勧誘は失敗した。それでもまだ『ララ』という剣士がもう一人存在する可能性に、一縷の希望が残されていた。


 このバゼルが、それについて手がかりを握っているかもしれなかった。


 グレイの手によって半壊した店内は、もうほとんど修繕されていた。鍛冶屋だけあって器用なのだろう。床の片隅には、修理に使った大工道具がそのまま放り置かれている。


 そして店内に並んだ商品を改めて見直してから、俺は尋ねる。


「この店、剣は置いてないのか?」

「剣? はっ、剣だと?」


 さぞ面白い冗談を聞いたかのようにバゼルがカウンターの奥でせせら笑う。


「剣なんて打って何が楽しいんだ。あんなの、柄の部分を卑猥な形にするくらいしか創意工夫の余地がねぇじゃねえか」

「これまでに一本も打ったことはないか? あんたの作品で、世に出回ってる刀剣は?」

「ないね。ま、大昔に遊びで打ったことはあるが、どれも鉄屑に潰しちまったよ。駄作ばっかだったもんでね」


 その態度はあくまで飄々としたものだ。

 しかし、俺たちには一つの推測があった。


「クラン・アルヒューレに装備を打つのを拒否したらしいな、あんた」

「……それがどうしたよ」

「女に装備を打つのは好きなんじゃないのか?」

「オレサマにも好みってモンがある」

「おやぁ? 本当にそうですか? あのクランさん、なかなか綺麗な人でしたけどね?」


 そこで陰険な顔をしながらグレイが茶々を挟む。

 何を隠そう、このバゼルの不可解な行動に納得のいく解釈を見出したのは、グレイだった。


「何が言いてえんだ? オレサマがどんな女を嫌おうが勝手だろ」

「いえいえ。強がらなくていいです。分かりますよ私には」


 ずばり! とグレイが吠えた。


「悔しかったんでしょう! クランさんの魔法……【神剣】とか言ってましたけど、どんなものでも斬れる剣を呼び出す術なんですよね? そんなの見せられたら、職人さんとしては悔しいに決まってます! だから意地悪したくなって、装備を作ってあげなかった。違いますか?」


 僻み根性が人一倍強いグレイだからこその推理といえる。

 自分をバゼルの立場に置いてみて、クランに装備を作らなかった理由を逆算したわけだ。


「そうだったら何だってんだ? てめぇらに何か関係あんのか?」

「アランさん、例のブツを」


 グレイが探偵を気取って指を弾く。

 助手役にされているようで不快だったが、俺は懐から一枚の紙を取りだした。そこには、俺の手で簡単なスケッチが描かれている。


「もしかしたら、あなたが今後【神剣】に対抗しようとして、こんな剣を打つつもりなんじゃないかと思ったんですよ。当たってませんか?」


 ――それは、未来で出土した遺物『失銘』だった。


 クランと混同された以上、謎の剣士『ララ』もこの国の出身の可能性が高い。ならば、その作成者として筆頭に挙がるのはこのバゼルだろう。


 バゼルは俺が示したスケッチを見て、僅かに目を見開いた。


「おっ。当たりましたか? それとももう打った後だったりします? 当ててあげましょうか。その剣を打ってあげた人は『ララ』さんって人じゃないですか?」

「馬っ鹿じゃねぇの」


 喉の底が抜けたかのようなため息をバゼルが漏らした。

 自信満々だったグレイが「え」と固まる。


「なんだその頓珍漢な憶測はよ。的外れすぎて涙が出るぜ。っていうかよ、んな下らねぇ話をグダグダ言って何がしてぇんだ? オレサマだって暇じゃねぇんだ。前置きはいいからさっさと用件言いやがれ」

「だ、だから! この剣を打ったことがあるかどうか聞いてるんです!」

「馬ぁ鹿。そりゃあ剣じゃねぇよ。剣に形が似てるだけだ」


 剣じゃない?

 俺は思わず手の中にスケッチを見直した。どこからどう見ても、片刃の刀剣としか見えない。


 が、グレイはそんなことを気にせずバゼルへの追及を続けた。


「あ、でもやっぱり覚えはあるんですね! じゃあ打ってあげた『ララ』さんも知ってるんですね! 私たちその『ララ』さんに会わないといけないんで、どこの誰だか教えてください!」


 またしてもバゼルが、小馬鹿にするように長いため息を吹く。


「てめぇらはとんだ珍客だな。どんな魂胆であいつに会いに来たか知らねぇが、五年遅え」

「五年?」

「ついてきな」


 バゼルが立ち上がって、鍛冶屋の裏口の戸を蹴った。

 促されるままに、俺とグレイは後を追う。戸の向こうには柵に囲われた裏庭が広がっており、薪やら炭やらが屋根付きの物置に積み上げられている。


 その片隅。


 地面に一本の剣が突き立てられていた。

 片刃の剣。薄い刃には重厚さはないものの、それを補って余りある鋭さが感じられる。


 まさしく『失銘』だった。

 俺の時代において、最高の評価価値が付けられた究極の遺物。


「あ! やっぱり剣打ってたんじゃないですか! 私の推理って大当たり~」

「得意になってんじゃねぇよ。剣じゃねぇっつってんだろ。よく見てみろ」


 言われる前に、俺はその剣に近づいていた。

 失われた銘。未来の世界では削り取られていて読めなかった、その剣の真の銘は――


「そりゃあ剣じゃねえ。墓標だ」


 ――我が友よ、安らかに


「てめぇらの探してるララの墓だ。あいつは五年前、他でもねぇ【神剣】に殺された」

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― 新着の感想 ―
[一言] やべぇ… はよ続きが読みてぇ… この未来に知られてることとの齟齬感がいい感じに刺さる
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