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第44話『神の剣』


 どこからともなくクランの手中に出現した長剣は、ゆうに大人の身長ほどもあった。

 両刃の幅も相応に厚い。刃を横にすれば、剣をそのまま盾として扱うこともできそうだ。


 クランは決して大柄ではない。グレイよりは背が高いが、あくまで標準的な体躯といっていい。本来なら背負いでもしないと、そんな巨剣を持つことはできないだろう。


 だが、彼女はそれを片手に提げている。

 放たれるオーラは荘厳というほかなく、相対するものを畏怖させる迫力があった。


「――【神剣ソル・ヴェルト】」


 俺はその剣を見て、一目で違和感を覚えた。

 違う。この剣は――


「好きなだけ準備していい。私は、一撃で決める。それで決められなかったら、あなたの勝ち」

「えっ! なんですかそのサービス条件!」


 きらりとグレイが目を輝かせる。


「おいグレイ、油断するなよ」

「大丈夫ですって任せてください。さ、アランさんは野次馬に混ざって安全地帯からサポートよろしくお願いします」


 わりと戦略が小狡い。

 さりとて、野次馬の中が安置だというのは間違いなかったので、俺はそちらに身を引く。監視役としてか、さっき空中で警告してきた魔術師の女性がしっかりついてきたが。


 果たしてグレイとクランは一騎打ちの姿勢となる。


「さーあ! 一撃で決められるものなら決めてもらおうじゃないですか!」


 グレイが身の回りに何層もの光のバリアを出現させる。強度もこれまでのものとは桁外れだ。

 当然、それ相応の負担が俺の身にのしかかり、魔力消耗が甚大なものとなる。


「まだまだ! 私の力はこんなもんじゃないですよ!」


 数百か、あるいは数千の光弾が出現し、グレイの周りを浮遊して攻防一体の陣形を生み出す。迂闊に突撃すれば、一瞬で光弾の餌食とされてしまうだろう。


 最善の構えを取るのはいいが、持続時間をまるで考えていない。

 この状態ではもって三分がいいところだ。


 いや、それでいいのか。

 相手の初撃さえ凌げば勝ちなら、全開で挑む以外に選択肢はない。


「さあ準備完了! どっからでも来てください! やる前に降参してくれても大丈夫ですけどね!」

「来た」


 ――何が起きたか、分からなかった。


 唐突に勝負は終わっていた。

 俺も、グレイも。集っていた野次馬の誰も、何が起きたか理解できなかっただろう。


 瞬きの暇すらないうちに、クランはグレイの喉に刃を突きつけていた。あと一歩を踏み出せば即座に首を刎ねられる体勢だ。


「……えっ?」

「私の勝ち」


 そして一瞬遅れて、俺は事態に気付いた。

 グレイの生み出した光弾も、何層もの光のバリアも。

 すべてがズタズタに切り裂かれ、原型を失って消滅していくところだった。


 グレイがその場に腰の抜けたような尻餅をつく。


「少し残念。期待外れ」


 決着を告げるように、クランの手中から剣が消える。


「い、今のは何かの間違いです! ちょっとバリアの強度を弱くしすぎました」

「私の【神剣】に、斬れないものはない。どんなに強いバリアでも、無駄」


 ぴくりとグレイが耳を動かした。


「ちょっと待ってください……ってことは、わざと私に防御を固めさせて、身動きできなくなったとこをそのズルい攻撃で突いたってことですか? 卑怯じゃないですか? 騙し討ちじゃないですか? そういう技って事前に知ってたら、私は空から遠隔攻撃だけしましたよ」

「お前……負け惜しみにしても最悪なことを言うな」


 が、クランはグレイの反論にじっと耳を傾け、


「ごめん。じゃあ、もう一回やる?」

「やります!」

「でも、空から攻撃されたら困る。街が壊れちゃうかも。だから、離陸できたらあなたの勝ちでいい」

「え~。そんなに条件甘くしちゃっていいんですかぁ? じゃあ飛びます今すぐ!」


 グレイが杖を振るって光球を生み出した。

 そのまま光球は上昇し、グレイの身を空に――運ばない。


 グレイが立っていた光球の下部が、円形に切り取られていた。残った光球の上半分だけが、気球のようにぷかぷかと空に昇っていく。グレイを地上を取り残したままに。


 また杖が振られる。目視不可能な速度でクランが剣を振るい、光球を刻んで浮上不能にする。

 また光球が作られる。即座に切り刻まれる。



「………………今日のところは引き分けにしておいてあげましょう」



 やがてグレイが背を向け、すたこらと逃げの姿勢に転じた。

 が、当然それでは済まない。既に周りは警官に包囲されている。


「一つ聞かせて。ヴァリアの怪物の話、本当?」


 と、そこでクランが問いかけを放ってきた。

 焦り顔になっていたグレイは、ぱっと表情を明るくして答える。


「本当ですよ! それを倒すために、ぜひ手を組んでもらえたら――」

「いらない」

「え」

「あなたが倒せたなら、私でも倒せる。私より弱い人と仲間になる必要はない」


 でも、とクランは続けた。


「注意してくれてありがとう。これから怪物に気を付ける」


 そのまま警官たちに包囲を解くよう手で合図を出した。彼らは不承不承といった顔ながらも、俺たちから遠ざかっていく。管轄の女性魔術師だけが最後まで渋い顔をしていたが、それでも逆らえないらしく去っていった。


 そしてクランも去ろうとしたが、


「クランさん。その剣の他に、もう一本持ってないか?」


 その背中に向かって、俺は思わず尋ねていた。

 彼女の返答よりも先に、グレイが俺を怪訝な顔で見る。


「急にどうしたんですか、アランさん」

「いや……俺が知ってる剣はあれじゃないんだ。あんなに巨大じゃない。片刃で、もっと振りやすいような……」

「私が持ってる剣は、この【神剣】だけ」


 しかし、返ってきた答えは予想を外れるものだった。


「すべてのものを断つ、最強の剣。これ以外の剣は、いらない」

「……じゃあ、もう一つ」

「何」

「あんたの名前はクラン・ララ・アルヒューレじゃないのか?」

「ララという名前は知らない。私はクラン・アルヒューレ」


 どういうことか。

 さては、グレイとファリアのときと同じように、複数の人物がまた混同されているのだろうか。

 もう一人『ララ』という名前の剣士がいて、このクランと伝承が混ざったとか――


 そのとき、ぽんとクランが掌に拳を叩いた。


「そうだ。剣で思い出した。あなたたちに、おすすめ」

「おすすめ?」

「あなたたち、あんまり強くない。もっと強くなれる方法、知ってる」


 一瞬、俺とグレイは思わぬ助言に喜色を浮かせかけた。

 しかし、すぐにそれがぬか喜びと知る。


「とてもいい装備の職人を知ってる。宮廷を辞めちゃって残念な人。バゼル・ロウって人」


 それなら、もう行ってみて期待外れだったのだ。

 そう言おうとしたが、クランが続けて発した言葉は意外なものだった。


「でも、とっても意地悪。私には何も作ってくれなかった」

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