第42話『勧誘失敗』
俺とグレイは迫真の表情を浮かべた。
以前、初めて【暴君】を名乗るカスパーと対峙したときですら、ここまでの緊張感は覚えなかった。
俺とグレイの間をすり抜け、三点装備の紳士はカウンターに布袋をどすんと置く。
「家伝の土地を処分して用意した金貨です。お収めください」
「好きなの持ってけ」
バゼルはカウンターに目を伏せたまま、決して紳士と視線を合わせようとしない。
「では、かねてより所望していた例の品を」
紳士は店内を歩み、見本の木人形に履かせられていた網タイツを丁寧に脱がせた。
それをそのまま、自らの足に装着する。スネ毛が網の隙間からぴょこぴょこと新芽のように生えて来て気持ち悪い。
「実に良い。やはり、これを選んだ私の目に狂いはなかった」
バゼルは紳士に背中を向けたまま身じろぎもしない。
「新たな購入資金が用意できたら、改めて参ります」
「これまでの金で十分だ。好きなもの好きなだけ持って帰れ」
「そうはいきません。一流の職人の仕事には、相応の対価が支払われてしかるべきでしょう。それを満足に払ってこそ、私も心より装備を着こなせるというもの」
バゼルに一礼した紳士は、そこでようやく俺とグレイの存在に気付いた。
「――おや、先客がいらしたのですか。順に割り込んでしまったのなら申し訳ありません。新たな装備を求めるあまり、周りが見えなくなっていたようです。お恥ずかしい」
そんな挨拶程度の『お恥ずかしい』で済まないと思う。
結局、店が半壊していることにもほとんど気付かぬまま、紳士は店を去っていった。俺たちに背を向けた際、尻はほとんど丸出しだった。
と、いきなりバゼルが尋ねてきた。
「……何でだと思う?」
「は?」
「だから! 何で常連になるのはああいう奴ばっかなんだよ! 女がいてもいいだろ! あんな客しか来ねえんだよ! しかも無駄に一本気な連中ばっかで、二度と来るなって言っても律儀に毎回金を持ってきやがる!」
自業自得でしかあるまい。
そして俺の脳裏には、嫌なイメージが浮かんでいた。
英雄【百器夜行】が引き連れた『悍ましき姿』をした軍勢。それはつまり。
――ああいう常連客の集団では?
何が【百器夜行】だ。ちょっとカッコイイネーミングにしやがって。【変態大行列】に改名しろ。
未来の決戦においてあの軍勢を目の当たりにした【暴君】もといカスパーはどんな気分だったのだろうか。あまりの恐怖に震撼したか。それとも良心の呵責なく消し飛ばせそうで安堵したか。
ミュリエルはたぶんその後ろで大爆笑していただろう。
そしてグレイも似たような考えに至っていた。
「アランさん。【百器夜行】の軍勢は、私の背を固めたって言ってたじゃないですか」
「ああ」
「思うんですよ。未来の私も、あんなキワモノの人たちを仲間にはしないでしょうから……勝手についてきたんじゃないですか。ぞろぞろと。だから『背を固めた』ってことになってるとか」
たぶんグレイも撒こうとはしただろう。
それでも最終決戦までついてきたということは、想像以上にしつこい人たちなのかもしれない。そう思うとシンプルに怖い。
――しかし。
俺は床にしゃがみこんで、その辺に転がっていた鎖帷子をつまみ上げた。
「これとか。服の下に着こむとかすれば使えそうな気はするな。あんだけ大金払って欲しがる奴がいるなら、性能は折り紙付きだろうし」
「おっと。重ね着なんかしたら性能がガタ落ちするように作ってあるぜ。このオレサマを舐めるな」
俺は床に鎖帷子を投げ捨てた。
「どうしてそう無駄な工夫をするんだあんたは!」
「うるせえ! そういう装備をモジモジしながら着る女の姿を見たくて鍛冶屋やってんだよ! 見られたこと一度もねえけどな! 来る日も来る日も汚ぇオッサンの痴態だけだ!」
「足を洗えばいいじゃないですか!」
「オレサマを罪人みたいに言うんじゃねえ!」
ちっ、と舌打ちをしたバゼルが、店の瓦礫を蹴ってどける。
そのまま奥に引っ込んで行こうとする。
「オラ、買わねぇなら帰れ帰れ。いくら文句言われたって、オレサマは妥協した普通の装備なんて作らねえぞ」
「……いや。俺たちは買い物に来たんじゃない。それよりも、あんた自身に用事があるんだ」
「ああん?」
足を止めたバゼルが振り返る。
「俺たちは魔道学院のあるヴァリアから来た。知ってるか?」
「お、知ってるぜ。なんだなんだ? 学院からの使節か? オレサマに制服のデザインでもして欲しいのか?」
「ヴァリアはつい最近、正体不明の怪物に襲われた」
ぴくりとバゼルが怪訝そうに眉を動かす。
「……怪物に襲われた? なんだぁそりゃ。新手の劇の話か?」
「結構な大事件になったはずだ。報せは届いてないのか?」
「さあな。オレサマはこの村で仕事に励んでたからな。国外の事情なんて知らねえ」
ここでグレイが話に割り込んで来る。
「危うくヴァリアはその怪物によって壊滅するところでした。しかし! それを単身救ったのがこの私グレイ・フラーブです! 何を隠そう、世界最強の魔術師なんですよ私は!」
「ふーん。で、それが?」
「その怪物と戦うためにも、正体を探るためにも、戦力が必要だ。そのためにあんたの力が欲しい」
バゼルはこの上なく面倒くさそうな表情で鼻をほじった。
「やだよ。なんでオレサマがそんな胡散臭い話に付き合わなきゃいけねぇ。本当だとしても面倒くさそうだし危なそうだし、やってられっか。こちとら生活に不自由もしてねえ。どうしてもって言うなら、水着の美女100人くらい揃えて出直してこい」
――――――――――……
「まあ、いいんじゃないですか。あんまり仲間にしたいタイプの人でもなかったですし、次いきましょうよ次」
「……そうは言ってもな」
バゼルの店から追い出された俺たちは、郊外の村をあてもなく歩いていた。
「この国にもう一人いるんでしたよね? 【迅剣】って人」
「クラン・ララ・アルヒューレだな。だけど、そっちは現役の宮廷魔術師だ。王都の中の貴族区に住んでて、俺たちごときじゃ接見するのもまず無理だ」
「『俺たちごとき』とは何ですか。アランさんはともかく、未来の私はその【迅剣】って人を右腕にしてたそうじゃないですか。きっと一目で意気投合できるに違いありません。名前が長いんで、友達になったらクララちゃんとか呼ぼうと思ってます」
「だから一目会う機会すらないんだっての。相手は地位も名誉もある宮廷魔術師で……」
そこでグレイがふっと笑ってみせた。
「それがどうしたっていうんです。たかが一国内での称号。井の中の蛙じゃないですか。この私は将来的に世界を救う最強の魔術師ですよ?」
そしてホルダーから杖を抜き、くるりと手の中で回してみせる。
「王都で存分に私の力をアピールすれば、宮廷とかから即スカウトされて――きっと【迅剣】さんとも話す機会ができるはずです!」




