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第41話『強さへの覚悟』


「とりあえず店入れよ! なんでも好きなモン持ってっていいからよ! 金は要らねえ! むしろこっちが金払う! だからちょっと着てみて拝ませてくれ! な、いいだろ!?」


 グレイが特大の光条を放った。

 真正面から直撃を喰らって店内に吹き飛ばされた茶髪の男は、錐揉み回転で棚やら柱やらをなぎ倒して、奥のカウンターに頭からめり込んだ。


「はっ……! つい反射的に危機を感じてやってしまいました」

「殺してないよな?」

「ちょっと加減し損なったかもしれません」


 ここで死なれては困るが、心の底ではちょっとだけ死んでいて欲しいとも思う。

 が、幸か不幸か男は無事だった。


「へっ、驚いたぜ。弱っちそうな嬢ちゃんかと思ったら、意外に強力な魔法使うじゃねえか」


 カウンターに刺さっていた頭を抜き、コキコキと首を鳴らして立ち上がる。

 服は焼け焦げて埃まみれになっているが、本人は平然としていて傷の一つもない。ボサボサの髪を揺らし、軽薄な笑みを浮かべている。


 グレイの攻撃を受けてこの程度のダメージしか受けていないとは、只者ではない。やはり――


「あんたが、バゼル・ロウで間違いないんだな……?」

「おうよ。このオレサマが天下随一の名工バゼル・ロウだ。男にゃサイン書いてやらねえぞ」


 俺は半壊した店内を見渡す。

 例外なく露出の多い装備品があちこちに並んでいる。だが、よくよく見るとそれらにはどこか見覚えがあった。


 そうだ。未来の世界での発掘品リストだ。


 盗掘者泣かせの異名をとる【百器夜行】の装備は、どれも保存状態が最悪だった。欠片しか出土しなかったり、穴が空いていたり。だが今この場には、新品のはずのそれらが『俺の知る姿のまま』存在している。


「……保存状態……よかったんじゃねえか…………」


 最悪な事実が判明した。

 保存状態が悪くて劣化・欠損したのではない。元からそういうデザインだったのだ。

 また一人、俺の中で理想の英雄像がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「……まともな装備品、一つもないのか?」

「んだよテメェ。オレサマの作品に文句でもあんのか?」

「あっ! アランさん! なんかまともそうなのありましたよ!」


 嫌そうな顔でその辺を見回していたグレイが、表情を明るくして木人形を指差した。

 ドレスと甲冑を組み合わせたような意匠で、スカートの丈も長い。胸の部分にも装甲板がしっかりと貼られており、いかがわしさは皆無である。


「お目が高いな嬢ちゃん。そいつはオレサマの自信作でな」


 そのとき、バゼルが不敵に笑った。


「実はめちゃくちゃ脆いんだそれ。戦闘中に攻撃が掠れば、どんどん布地や装甲が破れていく。最初っから露出させるんじゃなくて、少しずつ顕わになるワクワク感を楽しむための装備だ」

「防具として本末転倒だろそれ」

「心配するな。布地や装甲の脱落箇所には特殊な力場が発生して防御力を補う。他の露出装備も基本的に同じ仕組みだ」

「最初からその力場で全体を覆えよ」


 ふーっ、とバゼルが長い長いため息をついた。


「それがよ、職人ってのは不器用な生き物でな。自分の仕事に嘘をつけねぇんだ」


 俺とグレイは揃って沈黙する。


「損な性分だぜ。宮廷魔術師の身分も『著しく国家の品位を汚す』なんて難癖付けられて剥奪されちまった」

「難癖じゃなくて妥当な措置だろ」

「なんだようるせえなクソ。こっちだって宮廷魔術師に持ち上げられるまでは我慢して普通の鎧装備打ってやってたんだぞ。それがどうだ。成り上がったオレサマがちょっと名声を盾にして、国軍の女部隊に手製の装備を押し付けようとしたからってよ……許さねえぞ王宮と議会の連中!」


 ミュリエルは【百器夜行】を王宮が放逐したことを『手中の珠を手放してくれた』と表現していたが、とんだ的外れだった。普通に汚物が蹴り出されただけだった。


 俺の隣では、グレイが落胆と怒りを混じえた表情でわなわなと震えている。


「こんな人が……こんな人が未来の私の仲間だったんですか……?」

「気持ちは分かるが、撃つなよ」


 俺たちの軽蔑の視線をものともせず、バゼルは飄々と肩でおどけてみせる。


「ご不満なら帰りやがれ。オレサマはもう自分の魂の赴くままにしか装備を打たねえって決めてんだ。お前らみてぇな腰抜けは相手にしてられねぇ」

「ちょっと、腰抜けってどういうことですか」

「戦いってのは生きるか死ぬかだ。極限の精神力が求められる世界だ。そんな世界で、てめぇの着る装備に羞恥心なんか覚えてる奴が一流になれると思うか? 目の前に強くなれるチャンスが転がってるってのに――恥ずかしいからそれを拒む。お笑い草だね。腰抜けじゃなくてなんだってんだ?」

「だからって! いくらなんでもこんな装備はありえないでしょう! こんなの……!」


 は! とバゼルが笑い飛ばす。


「ありえない? そりゃ世間が狭いなお嬢ちゃん。あんたが知らねえだけで、世の中にはいるんだよ。強さのためならこのオレサマの装備を喜んで着ようっていう客がな!」

「な……!?」

「ほら! 悔しかったら着てみろよ嬢ちゃん!? 案外いい気分かもしれねぇぜえ!? 今までの客の中にも、一度試したら病みつきになっちまった奴だっているんだからなぁ!」


 そのとき。

 バゼルの安っぽい挑発を断ち切るかのように、店内に渋い声が響いた。


「バゼル殿」


 声のした戸口を振り向けば、小髭を生やしたダンディな紳士が佇んでいた。



 ――両乳首と股間の、計三点だけに装甲を纏った姿で。



「まとまった資金が用意できましたので。新たな装備を買い求めに参りました」


 病みつきになってしまった人が――まさしくそこにいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三点装備以外の部分、ネクタイと靴下は? あと猫耳は?
[一言] へ、へんたいだ……
[一言] ヘンタイと言う紳士がそこにいた・・・
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