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第4話『極めて謙虚かつ高潔な人物』


【国宝指定遺物:グレイ・フラーブの手紙】

 グレイ・フラーブの出身地とされる地域で発掘された書簡。

 彼女がヴァリア魔法学院に在籍していた際、郷里の親族に向けて書いた個人的報告が主たる内容となっている。

 首席や飛び級、自主卒業といった彼女の在学中の偉業は、この文書を一次資料として語られており――



「……デタラメ?」

「はい申し訳ありません心から反省してますだけど悪気はなかったんです故郷のみんなを喜ばせたい一心の行動だったんです動機だけでいえばそんなに悪いことではないと思うんですここであなたが黙って見逃してさえくれればみんな幸せで誰も悲しまない最高の結末になるんですどうかそのあたりご理解を」

「ちょっと黙っててくれ」


 怒涛の早口でこちらを拝み倒してくる小間使いの少女――グレイの眼前に掌を突き出して、俺は本格的に当惑する。


 未来の世界で国宝として扱われ、グレイの逸話の大きな根拠資料となっていた故郷への私信。それがこの目の前の小間使いの少女が書いた、ただの自己顕示欲だけのデタラメ文書であると?


 信じがたいし、信じたくない。


 こちらが腕組みしてしかめ面になっていると、グレイが痺れを切らしたように詰め寄ってきた。


「――いくらですか?」

「うん?」

「いくら払えば故郷のみんなに黙っててもらえますか?」


 グレイの息は荒く、灰色の目は血走っている。

 あまりの必死さにこちらの方がかえって情けなくなってきた。こんなのが未来にまで語り継がれる大英雄なのか。


「……口止め料なんかいらん。そもそもお前の故郷なんか知らんし、告げ口する気もない。俺も善人じゃないけど、お前みたいな小娘を脅す趣味はない」

「ま、ま、そう言わず」


 背を向けようとした俺の手を取り、グレイが何かを握らせてくる。


 十数枚の銅貨だった。


「あのな……だから脅すつもりはないって」

「はい受け取りましたね? たった今受け取りましたね? もうこれで共犯ですよ? あなたがチクったら、脅迫されてお金を取られたって告発しますからね? それが嫌ならおとなしく私の天才首席エピソードを故郷に伝えてくださいね?」


 クソみたいに陰険な笑みを浮かべてくるグレイ。


 余談ではあるが、未来の英雄伝承においてグレイは極めて謙虚かつ高潔な人物であったと伝えられている。いったいどこの馬鹿が伝承を記したのか。そいつは歴史家失格だ。


 不愉快極まりなかったので、俺は銅貨を遠くに投げ捨てた。


「あーっ! 私の一日分のお給料がぁっ!」


 慌てて拾いに走るグレイ。

 その間に俺は逆方向へと逃げた。


 正直いって目先の銅貨は物凄く欲しかった。しかし、あの脅しじみた共犯を呑んで受け取りたくなかった。

 それでも金惜しさの躊躇で一度だけ振り返ってみたが、這いつくばって銅貨を拾い集めているグレイの背姿が目に入り、失望感で一挙にあらゆる意欲が失せた。



 結局そのまま俺は、街の込み入った路地の中へと舞い戻った。



――――――――――――……


 無一文のまま野垂れ死に一直線かと思ったら、予想外の嬉しい誤算があった。


 それは、この時代の豊かさが俺の想定を遥かに越えていたことである。


 路地裏のゴミ捨て場を一漁りしてみれば、衣服でもまだ食べられる残飯でも何でも出てくる。どれもゴミどころか、俺のいた時代なら売値が付くほどの品々だ。


 昨日見た生肉や生魚を売っている店なんか、食糧調達では穴場中の穴場だった。店の裏手にゴミをぶち込む蓋付きの容器らしいものがあったのだが、そこを開けば宝の山である。


 多少痛んで腐りかけているものばかりだったが、そんなもの火で焼けばどうとでもなる。


「しっかし、これを俺以外に漁る奴がいねえのが信じられねえな……」


 持ち去った腐り肉を、河原で焚火にぶちこむ。


 未来では水気もない枯れ果てた遺跡と化していた魔導都市・ヴァリアだったが、この時代では街を縦断するように大河が流れている。

 俺が根城に選んだのは、その大河にかかった橋の真下である。


 近隣をゴミ漁りの穴場に恵まれ、かつ雨風を凌げるこんなスポットは、普通なら浮浪者たちが争奪戦で陣取りを繰り広げる場所である。

 だというのに、俺以外は誰もここで暮らしている様子がない。


 ――誰も飢えたりしてないんだな。


 これも魔法という技術の恩恵なのだろう。とにかく俺のいた時代とは比べるのも馬鹿らしい。

 そうこうしているうちに肉が焼けてくる。

 塩漬けでない肉などそうそう食べられたものではない。この時代ではゴミでも俺にとっては久々のご馳走だ。


 胡坐をかいて焚火の前に落ち着き、完全に火が通るのを心待ちにしていると――



「やっと見つけたぁ……見つけましたよぉ……」



 地の底から這いあがってくるような不気味な声。

 はっとして俺が背後を振り向くと、相変わらず薄汚いエプロンと三角巾を身に付けたグレイ・フラーブがそこに立っていた。


「な、何だお前。俺は別にチクったりしないって言っただろ」

「そんなの信じられません。あの首席エピソードを知ってたなんて、どう考えても村からの回し者に決まってます。それ以外に考えられません。この私に嘘は通じません」


 しくじったな、と舌打ちをする。

 故郷宛ての手紙の内容なんて、普通は親類縁者しか知り得ない。その内容を完璧に知っていた俺を、そうした者たちからの回し者と捉えるのは無理のない話だ。


 俺は呆れたため息をついて、


「分かったよ。口止めの買収でも何でも応じてやる。黙っててやるから昨日の金よこせ。それでいいんだろ?」

「いいえ、あなたが金で動く人間でないということは昨日分かりました。だから今日は買収ではなく真摯な説得に来たんです」


 俺はまた舌打ちを吐く。

 こんな面倒な奴に付き纏われることになるなら、昨日さっさと銅貨を受け取って手打ちにしておけばよかった。


 つかつかと歩み寄ってきたグレイは、指をぴんと立てて俺に尋ねてくる。


「商人さん。あの手紙ですが――なぜ私があんな内容を書いたかお分かりですか?」

「見栄張るためだろ……?」

「いいえ、違います。私が涙を呑んでまで故郷のみんなを嘘で騙したのには、極めて深く重大な理由があるんです」


 ぎゅっと拳を握り、熱い感情を込めた風にグレイは何度も頷いた。

 昨日、狼狽えながら俺に言い訳をしてきたときは、そんな立派な理由がある風には毛ほども見えなかったが。


 そしてグレイはえへんと胸を張って言う。


「私、将来的にすごくビッグになると思うんです。だからこんなところで田舎に帰されるわけにはいかないんです」


 断じて未来を見通した発言ではない。

 どこからどう聞いても、ただの自惚れた馬鹿だった。


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