第37話『【迅剣】と【百器夜行】』
「どうじゃ、そっちの首尾は上々か?」
ミュリエルに呼び出されたのは、ヴァリアの街中を流れる川のほとりだ。
この時代に来たばかりのころ、俺が根城にしていた場所でもある。
「まあ、ぼちぼちって感じだ」
「へ~。たかが『誰でもできる魔法』をちょびっと扱えたくらいでぼちぼちですかぁ~。自分への評価がちょっと甘くないですか~?」
「いつまで腐ってる気だお前」
睨み合っていると、ミュリエルがけらけらと笑った。
例のごとく十歳児並の姿をしているので、ぱっと見はあどけない少女のように見える。
「相変わらずじゃのう貴様らは」
「茶化すな。カスパーはどうした?」
「あいつならこの街の外で待ちぼうけしとるよ。なにぶん、冤罪とはいえお尋ね者の身じゃからな。万が一にも貴様らと一緒にいるところを見られてはいかん」
現在、俺たちは「俺とグレイ」「ミュリエルとカスパー」の二組に分かれて行動している。
グレイはヴァリアで得た勇名を活かして行動し、ミュリエルとカスパーは影から情報収集をするという形だ。
「あの優男の魔力量も、やっとこさ二割ほどまで回復できた感じじゃの。誰かさんとの死闘でストックが空になったから、チビチビと適当なところで吸い集めておるわ」
情報収集に加えて、今はカスパーの魔力回復も急務だった。
夜間は無能となるグレイと違って、彼はいつでも戦える。その代わり、扱える魔力は有限だ。十分な戦闘力を発揮するためには、相応の量を『吸収』してどこかから調達しなければならない。
「適当なところってどこですか? 自由に魔力が吸えるところなんてあんまりなさそうですけど」
「まあ最近は、魔法道具の大規模工場とかに忍び込んで魔力貯蔵タンクから吸っとる感じじゃな」
「犯罪じゃないのかそれ?」
「心配するな。妾もあやつも、工場の警備ごときに捕まるタマではない」
ミュリエルとカスパーは冤罪どころか、晴れて実際に前科者になってしまったらしい。
というか、未来での罪状(盗掘・窃盗など)を考慮すれば俺も前科者の範疇である。現状の仲間四人のうち、まさか既に三人が前科持ちとは。愚連隊みたいになってきた。
「で、本題じゃな。貴様の言っとった【迅剣】と【百器夜行】の二人の件じゃ」
「ああ。いたんだな?」
少しばかり俺は身を乗り出す。
未来の世界では、二人ともグレイに次いで高名だった英雄である。彼らにまつわる英雄譚や詩曲も、幾度となくこれまで聞いてきた。
「えっと、二人とも私の仲間だった人なんですよね? どんな人でしたっけ?」
「そうじゃな。アランよ、話してやるがよい。詳しかろう?」
ニヤニヤしながらミュリエルが促す。
こちらの浮かれかけた内心を見透かされたようで悔しい。いや、たぶん実際に見透かされたのか。
俺は照れ隠しに咳払いをしてから、指を三本立てる。
「【不没の銀月】グレイ・フラーブと共に戦った英雄のうち、有名どころは三人だ。【迅剣】と【百器夜行】と【無血の盾】。ただしこのうち、【無血の盾】については創作上の人物説がでかい。どこの遺跡からも遺物が一件も発見されてないし、実名すら伝わってない。だから今回は捜索の対象外にした」
立てた三本の指のうち、一本を折る。
「他の二人は本名まで伝わってる。【迅剣】はクラン・ララ・アルヒューレ。グレイの右腕として戦った先鋒役で、異名のごとく剣を扱った女傑だ」
そして盗掘者たちにとっては、グレイに匹敵する憧れの的だった。
「彼女の愛剣は、俺の時代で実際に発掘されてる。俺の知る限り、最も高額で落札された遺物だ。どこかの国の王族が、領土を他国に売り渡して資金を用意したとか言われてる」
「でも、私の杖が発掘されてたらそれ以上の価値になりましたよね?」
「何を張り合ってんだ。お前のはただの木の枝だろ」
「それを高値で売りつけてくれやがった人が何を言うんですか!」
俺が渡した「先の折れた木の枝」を、グレイは今も杖として使っている。
枝そのものに補助的な効果は一切ないのだが、馴染んだ形状の杖を握った方が魔法行使のイメージがしやすいのだという。
グレイは無視して話を続ける。
「残念だったのは、剣に刻まれた銘が削られて解読できなくなってたことだな。それが残ってたら価値ももっと上がったろうに。剣の呼び名も『失銘』なんて味気ないのになっちまって。俺としては、使い手に倣って『迅剣』って呼べばよかったと思うんだが、それだと人か剣か分かりづらいっていう歴史家の連中が――」
いくらか早口になった俺を、グレイとミュリエルが揃って小馬鹿にするような顔で見てきたので、途中で言葉を慎んだ。
「次は【百器夜行】だ。名前はバゼル・ロウ。【迅剣】と同じ国の出身で、防具を主とした装備の作成に長けていた英雄だ。自身が装備を与えた軍勢を率いて、グレイの背を固めたって言われてる」
ここで俺は顎に指を添える。
「こいつはな……別名が『盗掘者泣かせ』だ。出土品の数が群を抜いて多いのは嬉しいんだが、質より量を重視するタイプなのか、保存状態がどれも最悪に近い。欠けた状態とか穴が空いた状態とか。完全な形で出てきた例は皆無といっていい」
もちろん、希少な魔法時代の遺物だから相応の値段で落札はされる。
しかしグレイとともに戦った高名な英雄というネームバリューに比して、著しく安い価格と言わざるを得ない。
過去最高額を誇った【迅剣】の『失銘』とは天と地の差だ。こちらは銘の部分を除けば、傷らしい傷の一つもなかったという。
「たぶん、性能の方は装備に込めた魔法頼りだったんだろうな。俺の時代だったら二流の鍛冶屋扱いかもしれん」
そんな恨みもあり、心なしか【百器夜行】への評価は手厳しくなってしまう。盗掘者としての性である。
「んむ。その程度でよいじゃろ。分かったか小娘?」
「【迅剣】って人は剣が強くて、【百器夜行】って人は装備をたくさん作るんですね」
「極限まで単純な解釈じゃが、まあよいじゃろ」
ぱちんとミュリエルは指を弾く。
「妾が調べたところ、その二人はどちらも、マグヴェルト王国で貴族待遇の扱いを受けておる宮廷魔術師だそうじゃ。面会どころか近づくこともまずできん。さらにいえば、この国は入国審査が厳しくてのう。優男のような前科者はもちろん、妾も真っ向から入るのはキツい」
「どうしてだ? お前は……前科はあるにせよ、バレてないだろ」
インチキ占い詐欺師としての前科は世間に露呈していないはずだが、
「妾は強いからのう。魔力が多いくせに身元が知れん奴というのは、だいたい入国審査で門前払いを喰らってしまう。『在野の強力な魔術師』ほど胡散臭い存在はないからの。どこに認可も届けも出さず、武器とか爆弾を溜め込んでる危険人物と一緒の扱いじゃ。それゆえ、強力な魔術師は学院なり公的機関なりで社会的な後ろ盾を得る必要がある」
「あ、私に『特例でも何でもいいから卒業証明取って来い』って言ってきたのはそういう意味だったんですか」
「んむ。ヴァリア魔導学院の卒業生であれば、表から入国審査をパスできる。」
「俺は?」
尋ねた俺をミュリエルはせせら笑う。
「貴様の魔法は特異でこそあれ、魔術師としての素養は凡以下だ。警戒されるには値せんよ」
「あ~ら。よかったですねぇ? 警戒されないなんて身軽で羨ましいです~」
「貴様も魔力量はゴミカスじゃから、たぶんフリーパスも狙えるぞ小娘」
喚きそうになったグレイをミュリエルが片手で制する。
「で、本題じゃ。本来なら入国できたところで接触は困難と思っていたのじゃが――つい最近、状況が変わった。どうも【百器夜行】バゼル・ロウが、宮廷魔術師の職も貴族の地位も剥奪されて市井に下りたようじゃ」
「剥奪? 何があったんだ?」
「さあのう。この情報はマグヴェルト王国の外交役人からすれ違いざまに読み取ったんじゃが、詳しい経緯までは探れんかった。じゃが、限りなく辞任に近い形での剥奪らしい」
またとないチャンスといえよう、とミュリエルが頷く。
「愚かにも王国が掌中の珠を手放してくれたのだ。貴様らは大至急【百器夜行】に接触して、引っ張ってでも味方にしてこい」




