第35話『伝説の杖はいりませんか』
無論、【暴君】を倒したからといってここでハッピーエンドというわけではない。
むしろここからが本番だ。歴史という『確実な』指針をなくした今、ようやく本当のグレイ・フラーブの英雄譚が始まるのだ。
各地を巡っての協力者探しか。
はたまた怪物への注意喚起か。
やるべき選択肢は数多とある。休んでいる暇などない。はずなのだが――
「かんぱーいっ!」
グレイがブドウジュースの入ったジョッキを高々と掲げて叫んだ。
ここは砦から最も近い街の大衆酒場である。
数時間かけて魔力切れから立ち直った俺たちは、休み休みの飛行でなんとかこの街までたどり着くことができたのだ。
本当はそこからすぐに宿を取って今後の作戦会議といきたいところだったが、グレイがそれに待ったをかけてきた。そしてこの現状だ。
「あれ? どうしましたみなさん乾杯しないんですか? やだ~ノリ悪いですね~」
そう言いつつも、グレイは一息にジュースを呷って満足げである。
「おいグレイ。飯なんかパンでも齧ればいいだろ。なんでわざわざこんなところに引っ張ってきやがった」
「だってこんな死闘の後じゃ疲れていいアイデアも出ませんって。まずは美味しいもの食べて、広いお風呂に浸かって、フカフカのベッドで寝て。それから明日にでもいろいろ話し合えばいいじゃないですか」
まあ、本音をいえば俺も腹は減っていたし死ぬほど疲れていた。目の前に次々と運ばれてくる料理の大皿には抗いがたい魅力がある。
「んむ。阿呆の小娘にしては正論じゃな。今日はもう羽休めとしようではないか」
と、ここでミュリエルがグレイに同意を発した。
さきほどの乾杯には参加しなかった彼女だが、それは既に一人で酌を始めていたからだ。しかも飲んでいるのは、対面に座っていても分かるほどキツい香りのする樽酒である。
「くぁーっ! やっぱり酒はええのう! 沁みる!」
「ミュリエル嬢。少しばかり静かにね。君は今見た目が子供なんだから、飲んでいるのがバレたらまずい」
「あぁ? そんなの心配あるものか」
酒癖を窘める【暴君】に対し、彼女はぱちんと指を弾く。
すると、いきなり背丈が伸びて大人時の姿となった。着ていた服もその丈に合わせて伸びる。
「注意されたらこうやってデカくなりゃええだけのことよ。へっへっへ」
「あっ、すごいミュリエルさん。その服ちゃんと身体に合わせて伸びるんですね」
と、グレイがその服の機能に食い付いた。ヴァリアを出るときも散々とローブを選んでいたし、こいつは着飾るのが結構好きなのかもしれない。
あの小間使いっぷりを見ていると、裁縫とかも得意そうだし。
「お? 分かるか小娘。これは伸縮自在の繊維でできておってな……」
「あれ? でも胸回りだけ布地が違いますよね? そこだけ普通の生地のような……あ、そっか! ミュリエルさん大きくなってもそこだけは平らっ」
いきなり顔面を鷲掴みにされるグレイ。
掌を伸ばすミュリエルは凍り付いたような笑みで、そのままグレイを店の表へと引きずっていく。
「助けてくださいアランさん! 助けっ! 助けっ――」
「いい機会じゃ小娘。年上への礼儀というものを教えてやる」
「悪気はなかったんです本当に! ごめんなさいってばミュリエルさん! いえミュリエル様ぁ!」
途端に静かになった酒場の卓上に、俺と【暴君】だけが取り残される。
しばし両方とも無言で料理を食っていたが、やがて向こうがふと言葉を発してきた。
「君たちは僕のやり方を全力で否定してくれたんだ。それ相応に責任は取って、しっかり世界を救ってくれよ」
「グレイに言ってくれ。俺はただの添え物だ」
「よく言うよ。君だって楽しんでいただろうに」
カスパーがこちらにグラスを差し向けてくる。
「いずれにせよ、事態が悪化しない限り、僕も当面は君たちの仲間になろう。一緒に頑張っていこうじゃないか」
「……おう」
和解の印というには雑な感じで、俺は水の入ったカップを打ち返した。
だが、ちょうどそこにタイミング悪くグレイが戻ってきた。
「あーっ! さっき私が乾杯したときは無視したのに二人で何盛り上がってるんですか! 私が苦しんでいる間にずるい!」
「自業自得じゃろうが」
脳天にどでかいタンコブを作りつつ、グレイは涙目になっていた。ミュリエルに手ひどくやられたのであろう。
「こっちの説教も終わりましたし、もう一回仕切り直しで乾杯しましょ。店員さ~ん、一番いいブドウジュースとお酒くださ~い。お料理もお任せで追加で~」
立ち直りも早く、ぶんぶんと手を振って注文をするグレイ。
俺はそっとその肩をつつき、
「さっきからお前かなり調子に乗って注文してるけど、いいのか? 俺は立て替えるだけで、あくまでお前のツケなんだぞ?」
「どうしてですか?」
「は?」
何を言っているのだこいつは。
飯代宿代はツケだと旅立ちのときに説明しただろうに――いや待て。
「結局、あの杖はただの木の枝だったんですよね?」
グレイが俺の顔を覗き込んで陰険に笑う。
「いや……木の枝ベースとしても、多少の細工はあっただろ。たぶん」
「でもでも、私の魔法を制御してたのはあの杖じゃなかったんですよね? じゃ、杖自体はやっぱりインチキ商品だったわけですよね?」
「……何が言いたい?」
つまり! と叫んでグレイは俺の懐を指差した。
「アランさんの懐にあるその金貨! 杖代として没収されたそのお金は、私に全額返金されるべきなんですよ! だって詐欺だったんですから! さあ今すぐこっちに渡してください!」
「どこが詐欺だ。ちゃんと杖の代わりに俺が魔法制御してただろ」
「え~? だってそれはアランさんが好きで私についてきただけですよね~? 私の活躍が見たいから勝手に制御してただけですよね~?」
今なら利子は勘弁してあげますよ? と囁きながら返金を催促してくるグレイ。
もちろん嫌である。
確かに俺がグレイの活躍を見たいことは否定しないが、かといってそれ以外の欲をすべて捨てたわけではない。儲けて成り上がるチャンスがあるならしっかり掴みたい。
ゆえに、俺は席を立った。
「あれれ? どうしたんですかアランさん? まさか逃げるつもりですか~?」
「いいからちょっと待ってろ。すぐ戻る」
酒場から歩み出て、数分もしないうちにまた舞い戻る。
そして、外で拾ってきたあるものを卓上に置く。
その辺に転がっていた、ちょうどいい木の枝を。
「……なんですかこれ?」
「正真正銘本物の『世界樹の杖』だ。お前の魔法を制御する効果がある」
「はぁ?」
「いいから振ってみろ」
グレイが振ると、卓上に小さな光球が生まれた。
「いや……制御できてますけど、これアランさんがやってますよね?」
「俺は知らん。その杖の効果だ」
俺が知らぬ顔で水を飲むと、グレイが必死の形相で立ち上がった。
「なんですかその雑な詐欺の手口は! 私がこんなので騙されると思いますか! さあお金返してくださいこのインチキ商人!」
「結局は効果同じなんだから木の枝でもなんでもいいだろうが。杖の効果は保証してやるから金は俺が貰う」
「ずるい! せめて半分! 半分でいいですから!」
運ばれてきた追加注文をミュリエルとカスパーが美味そうに平らげる中、俺とグレイは延々と押し問答を続ける。
そして互いに疲れ果てた頃、ふとグレイが気付いたように言った。
「あれ? でもこの木の枝、なんだか前の杖とそっくりじゃないですか?」
指摘されて、俺は記憶の中の『世界樹の杖』と見比べる。
そういえば、枝分かれの形状はそっくりだ。磨いて柄を作ればほとんどその通りになるかもしれない。
きっと偶然の一致だろう。
偶然だろうが――
俺は木の枝を卓上から拾って、ぼきりと先端を折って短くした。
「……何してるんですか?」
「未来のお前と同じ杖じゃつまらんだろ。ちょっと足りないくらいがお前にはぴったりだ」
このグレイは、完全無欠な未来の大英雄とは別物だ。
ただの身の程知らずのポンコツ小娘である。
不格好な杖の方がその相棒には相応しい。
「ばっ! 馬鹿にしてるんですか!? 私の杖だっていうなら、もっかい表に出てカッコいい形の木の枝探してきてくださいよ!」
「その辺に世界樹が転がってるはずあるか。それで我慢しろ」
「むむむ……アランさんの意地悪! 銭ゲバ! 貧乏性! ばーか!」
その後もグレイからの悪口は続いたが、俺は断固として金を返さなかった。
これにて3章完結となります!
この後はコメディ基調の閑話を少し挟みつつ、プロットまとまり次第4章を開始したいと思います!
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