第32話『紫白衝突』
高速機動で、視界が霞んだ。
襲い来る魔力砲を一瞬で跳ねのけ、グレイの操る光球が移動した先は、半ば崩落した砦に佇む【暴君】の背後だ。
「もらったぁっ!」
「くっ……!」
敵の反応が遅れる。
ゼロ距離射撃でグレイが【暴君】に光を撃とうとして、
「油断するなたわけ!」
グレイの腕が、横から蹴り飛ばされた。
すんでのところで割り込んできたミュリエルだ。的を逸れて放たれた光条は、崩落寸前だった砦にトドメを刺す。凄まじい煙と轟音が巻き上がり、光が遮られかけたグレイはやむなく光球の高度を上げる。
「今のって……。やっぱりミュリエルさん、本当に裏切ったんですか?」
「そうだ。だけどあいつらは二人とも、そう悪い奴じゃない。あいつらはあいつらなりに、世界を救おうとしてる。お前と違って、犠牲を出すことを前提にした形で」
あくまでエゴだと【暴君】は言った。
だが、俺はそう思わない。世界の行く末のためにあれだけの自己犠牲を払える人間は、間違いなく英雄といっていい。
「だから倒して止めてやれ。あの二人よりもお前の方が遥かに強いんだって証明して、悪役面を剥ぎ取ってやれ」
「ふーん……? ま、よく分かんないですけど。方向性の違いってやつですか?」
でも安心してください、とグレイが両拳をごつんと叩き合わせる。
「そういうことなら、ここで止めて私の部下にしてあげましょう! そんでもって見せてやります! この私の力があれば、どんな敵だって恐るるに足らないってことを!」
眼下の煙が晴れ、そこに【暴君】の姿が見えた。
魔力で生み出した紫色の足場の上に立ち、ミュリエルとともにこちらを見上げている。
鋭い視線がこちらを射抜く。
必殺の気配が肌身を痺れさせる。
「グレイ。来るぞ」
「ええ、分かってます」
グレイが上空に腕を掲げる。すると、荒野の大空に特大の光球が収束し始めた。
次の一撃で決まる。そう想定した、最大威力の攻撃だ。
「――降り注げ!」
光球が高速で落ちる。尾を曳いた光は特大の光条となって【暴君】に襲い掛かる。
「悪いけど、僕もここで負けるわけにはいかないんだ」
迎え撃つは【暴君】の双掌。左右からそれぞれ紫色の魔力砲が放出され、空中で螺旋状に合流して一本の光線となる
衝突。
グレイと【暴君】の攻撃がちょうど両者の中間でぶつかりあい、白と紫の光が互いを激しく喰らい合う。
「押し切れ!」
「もちろんです!」
空間が軋むような衝撃波がそこら中を走り抜ける。
グレイは懸命に手を突き出し、俺も精神を集中して歯を食いしばる。グレイの力を限界以上に引き出す反動か、眩暈と頭痛で頭が割れそうになってくる。魔力もあと一分とてもつまい。
知ったものか。
ここが最後のチャンスだ。ここで出し惜しみをする理由がない。
俺とグレイが死力を振り絞る。
互角に見えた光の拮抗は、白が僅かに優勢となって押し込み始める。
――もう少しで勝てる。
眼下で魔力砲を放つ【暴君】にも、余力は感じられない。今にも地に膝をつきそうなほどだ。
押し込んで距離はなお縮まり、その苦しそうな表情も窺える。
あと一息。
「おい優男。こんなところで膝を折ってくれるなよ」
そのとき、挑発するようにミュリエルが【暴君】の背を叩いた。
「しっかりしろ。もしここで安易に負けて世界が滅びれば、誰より後悔するは貴様だぞ。ならば死力を尽くせ。もし負けるとしても、悔いの残らぬほどに全力を出してから負けてこい」
「ミュリエル嬢……」
「励ましがてら、一ついいことを教えてやる」
ミュリエルが【暴君】の肩に飛び乗った。
「貴様はれっきとした人間だよ。妾なら、曖昧な記憶も覗けるからな。貴様の故郷を滅ぼしたのは、どこのものとも知れぬ魔獣の仕業だ。貴様は縮こまって物陰でガタガタ震えてただけじゃ」
「……それは」
「貴様が成し遂げるまで黙っておく約束じゃったか? 悪いのう。もっとも、先に聞いた程度で折れてしまうような覚悟では、どうせここで負けるじゃろ」
ぐしゃりとミュリエルが【暴君】紫髪を掻く。
「妾に心を覗かれたがった変態は貴様が初めてじゃ。案外、悪い気分ではなかったぞ。ゆえに、地獄まで付き合ってやるのもやぶさかではない」
静かな笑いを【暴君】が漏らす。
「ミュリエル嬢。まったく君は、人を乗せるのが上手いな」
「本職がペテン師じゃからな」
「そうだったね。元からペテン師の君なら、地獄の道連れにしても罪悪感がなくていい」
目の色が変わる。限界に見えていた【暴君】の手から、さらなる魔力が溢れ出す。
「――勝って、世界を救ってみせよう。僕の『人』としての矜持に懸けて」




