第31話『月を仰ぐ者』
グレイが発動させた防御光を睨み、【暴君】は警戒の色を強めた。
「そうか。ミュリエル嬢からも、あの杖は得体が知れないと聞いていたけど……そういうことだったのか。いつ気付いたんだい?」
「気付くも糞もあるか。破れかぶれのぶっつけ本番だよ」
意識的に発動して初めて、自分でもその正体に気付けた。
これはずっと俺を覆っていた『歴史の修正力』と同様の力だ。願望の実現のために、あらゆる道理を捻じ曲げて現象を引き起こす。だから【暴君】を護るそれを中和して突破できた。
分不相応なグレイの魔法の制御を行い。
勇姿を見届けるために、俺自身を過去の世界に飛ばし。
と、そこで話についていけないグレイが首を傾げた。
「ん? 杖がどうかしたんですか? 見てのとおり、今は杖なくても絶好調ですけど」
「グレイ嬢、単純な話さ。あの杖はあくまで添え物で、本当に君の魔法を制御していたのはそこのアラン君ということだよ」
と、俺が説明するよりも先に、【暴君】が端的な推測を述べた。
「えっ!? アランさんが? なんでもっと早く言ってくれなかったんですか! そういうことなら杖が折れた程度で慌てる必要なかったじゃないですか!」
「うるせえ。俺だって今の今まで気付いてなかったんだ」
無論、未来にいた時点では俺に魔法など宿っていなかったろうから、最初の時間移動は『魔法がある時代の俺』の手で引き起こされたに違いない。おそらくは、歴史上のグレイが【暴君】を討伐した後――その旅路を悔悟したであろう俺が。
「ま! いいです! ということは、これで私は――完全復活ってことですね!」
グレイが両腕を左右に振り広げ、大量の光球を生み出す。その数はゆうに数百を超える。
その光球が高速の弾となって一斉に【暴君】へと襲い掛かっていく。
だが。
「そんな小技で倒される僕じゃないよ」
【暴君】が腕を振った。
その動作だけで衝撃波が生じ、光弾はすべて触れることすらなく掻き消された。
それだけではない。こちらの攻撃を防ぐなり、【暴君】が今度は攻めに転じてくる。
掌から『放出』した魔力砲で、グレイの張っている防御ドームを正面から穿とうとしてきた。
防御光がヒビ割れ、大きく軋む。
砦の床も壁もすべてが瓦礫となって吹き飛んでいき、半球状の防御ドームはやがて宙に浮く全球となり、俺たちの足を空中に支える。
そのまま攻撃を数秒耐えた後、光球は粉々に砕かれる。しかし、グレイが内側に二層目の防御光を張っていたことで難を逃れる。
だが、その二層目も数秒しかもたない。
三層目。
四層目。
五層目。
次々と【暴君】の攻撃がグレイの防御光を貫いていくたび、じわじわと俺たちを囲う光の守りは狭まっていく。
宙に浮く光球のすぐ外は、全方位が魔力を奪う黒い霧で覆われている。防御を維持できなくなってあの霧に触れてしまえば、行動不能になる。特に俺はグレイの魔法制御を持続できなくなる。
すなわち敗北確定だ。
「アランさん! 押されてますけど、もっと出力上げたりできないんですか!? たぶん私の全力はこんなもんじゃありませんよ! 負けそうなのはこれアランさんの方の問題ですよね!?」
「責任転嫁してくるなよ」
だが、事実だ。
グレイの真の力はこんな力比べで押されるようなものではない。さっきの攻撃が【暴君】を一撃で昏倒させられなかったのも、俺の力不足かもしれない。
ならば、やるべきことは一つ。
俺はグレイの背に手を添えた。歯噛みして踏ん張る、その姿を支えんと。
「あたふたするな。お前は世界最強の伝説的魔術師なんだろ」
「あっ……あたふたなんかしてないですよ! この程度の相手に!」
「なら、笑え。胸を張れ。いつもみたいにムカつく顔で、余裕綽々に舐め腐ってみせろ。そのままどこまでも、世界でも何でも救ってみせろ」
その言葉はグレイに向けてのものであると同時に、俺の心中にも沁み渡っていく。
己の魔力に方向性を与え、魔法の本質を意識に叩き込む。
詠唱だ。
「はっ……! やっぱチョロいですねアランさん。私って実は結構な嘘つきですよ?」
「知ってるよ。だから――」
これから。
その嘘のすべてが。
「――嘘じゃなくなるとこ、見せてやれ!」




