第25話『呪われし砦』
「そもそもお前、【暴君】がどこに行ったかも知らないだろ。そんな状況で突撃もクソもあるか」
無謀な突撃に逸ろうとするグレイに、まずは正論をぶつけてやる。
「うっ。それはそうですけど……」
「アルガン砦だ」
「えっ」
俺が地名を告げると、グレイはぽかんと口を開けた。
そう驚くような話ではない。俺は盗掘者として、有名どころの遺跡や史跡はいくつも巡ってきた。
大英雄グレイ・フラーブと【暴君】が雌雄を決した激突の舞台など、未来では魔導都市ヴァリアにも並ぶほどの知名度だ。
「俺の時代ではアルガン砦『跡』だったけどな。お前と【暴君】の戦いで砦本体は消し飛んだらしい」
その戦いの凄まじさは、発掘していたときでも容易に想像できた。
砦跡の周囲の地面は、高熱で熔けて一帯がガラス化していたのだ。グレイと【暴君】の衝突が、どれだけ規格外で壮絶だったかを窺わせる。
アルガン砦跡は確かヴァリアのかなり北にあったはずだ。この村もヴァリアの北方だから、おそらくそう極端に離れてはいない。
あるいは【暴君】が早期にミュリエルを攫いに来たのも、地理的な近さが理由にあったのかもしれない。
「今すぐミュリエルを助けるのも一理ある。もう俺はお前を止めない。だけど、頼むから少しは対策くらい練って――」
「ええと、アランさん。アルガン砦? アルガン砦と言いましたか?」
無策での突撃を戒めようとしたとき、グレイが連呼で聞き返してきた。
なぜか顔面蒼白となり、滝のようにダラダラと汗を流している。
「ああ。知ってるのか?」
「アランさん、落ち着きましょう」
「は?」
いきなりグレイが俺の両肩に手をかけてきた。そのまま詰め寄ってくる表情は迫真そのものである。
「救出に乗り気になってくれたのはとても嬉しいです。ですけど、ここで勢い任せに突っ込んでは勝ち目などありません。まずは冷静に状況を分析すべきだと思います」
「俺はさっきからずっとそう言ってるだろ。いきなり何言ってんだお前。猪突猛進のノリだったのはどっちだ」
肩に置かれた手を払いのけると、グレイはいきなり意気消沈したかのように俯いた。
「だって……、まさかそんなヤバいところがアジトとは思わないじゃないですか。そりゃあ私も少しは覚悟決める時間がいりますよ」
「ヤバいところ? すまん。俺はただ史跡としてしか知らなかったんだが、アルガン砦ってそこまで危険な場所なのか?」
「危険なんてもんじゃないですよ!」
くわっ! とグレイが目を見開く。
「この国でも随一の呪われた場所ですよあそこは! 知らない人なんていないくらいですよ!」
「お前……さっきまで【暴君】と戦うつもり満々だったろ。いまさらそんな怪談話なんかで怯えるなよ」
「『なんか』って……あっ」
そこでグレイは俺をじっと眺めながら首を傾げた。
「そういえばアランさんの時代は魔法がないんでしたね。だからこの重大さがイマイチ分かってないんですか」
「どういう意味だ?」
「ただの怪談話とかじゃなくて、本当にあるんですよ。呪いは。というかアランさんもさっき自分で言ったばかりじゃないですか。【暴君】が死に際に呪いを残したって」
「……そういえば」
そうだった。自分で言っていて、どこか実感していなかった。
この魔法という不可思議な力のある時代では、怪談じみた話もただの絵空事と笑っては済ませられないのだろう。
「それで、どんな恐ろしい場所なんだ?」
俺が問うと、グレイはおどろおどろしい口調で語り始める。
「それはそれは大昔……アルガン砦には、国を滅ぼされた数千の敗残兵が籠城していました。周りは敵に包囲され逃げ場もありません。和解の余地もなし。水も食糧も底を尽き、やがて砦の中では凄惨な事態が発生しました。そう、飢えた兵士たちは仲間の屍肉を――」
「いちいち怪談っぽく話さなくていい。今、その砦がどういう場所なのかって聞いてるんだ」
自らの身を抱きながら話していたグレイは、ふぅと息を吐いて素の調子に戻った。
「つまり、数千の敗残兵たちの飢餓と無念が、呪われた魔力として残ってるんです。何の防護もなしに砦に近づこうものなら、途端に滋養を吸い尽くされて、干物みたいに枯れ果てて死にます。誰も近寄らない土地ですよ」
「……噂とか迷信じゃなくてか?」
「砦の周りは実際、骨と皮だけになった野生動物の死骸で埋め尽くされてるそうです」
なるほど、生きた人間である【暴君】とはまた別のおぞましさがある。この無鉄砲なグレイですら怯えるわけだ。
だが、誰も近寄らぬ危険地帯ということは、まさに悪党が隠れ家とするにはうってつけの場所ともいえる。安全に出入りする方法さえあるならば。
「まあ、土地柄は分かった。だけど俺たちは大丈夫だろ」
「ちょ、ちょっとアランさん! 話を聞いてましたか!? 防護なしに近づいたら死んじゃうって言いましたよね?」
「あるだろ防護。ミュリエルと【暴君】に攻撃されても無事だったんだから」
歴史を辿らせようとする修正力が俺とグレイの身を守っているのは、嫌というほど承知済みだ。
この加護の下でなら、危険地帯に赴いても問題あるまい。
「それともどうした。やっぱり助けに行くのはやめるのか?」
「むっ、行きますよ! 行きますとも! ちょっと予想外のアジトで驚いただけで、助けに行かないとは誰も言ってませんよ! ただちょっと覚悟を決める時間が欲しいなってだけで……」
グレイが気弱そうに自分の人差し指を突き合わせた。
まあ、少しばかり時間が欲しいと言うのは俺も同意見だ。【暴君】に対抗するための策を練らねばならないのだから。
そのとき。
「いたぞぉっ!」
いきなり正面から叫び声がした。
驚いて視線を上げれば、こちらに向かって坂道を駆けあがってくる大勢の村人たちの姿があった。
「げっ」
しまった。
今しがたの【暴君】の襲撃に加えてグレイの放った特大の光線。あれだけの騒ぎがあったなら、村人たちも異変に気付いて当然だった。
馬鹿か俺は。なぜ平然と戻って旅支度ができるなどと思っていたのか。
この状況からして、俺たちが怪しまれることは間違いない。捕まって長々と取り調べを受ける羽目になるかも――
「大変なんですよっ! 実はついさっきミュリエルさんが悪い魔術師に攫われちゃったんです! 私も決死で戦ったんですが、あと一歩のところで取り逃がしてしまいまして……ちなみに小屋を破壊したのはその悪い魔術師ですからね!」
だがこちらが言い訳を考えている間に、勝手にグレイが答弁を始めた。
俺は小声でそれを制する。
「おいお前、余計なこと喋るな。下手すりゃ俺たちが犯人扱いなんだぞ」
「またまたぁ~。アランさんは本当に猜疑心の塊ですねえ。誠実で正直に話せば分かってもらえますよ」
小屋を破壊した犯人の下りで既に誠実でも正直でもなかった気がする。
グレイは自らに発破をかけるように大音声で言葉を続ける。
「ですが、みなさん安心してください! 既に私たちは悪党の逃亡先に目星を付けています。その地はなんと、あの悪名高きアルガン砦……しかし私は恐ろしくありません! 全然ちっとも怖くなんかありません! 本当に! 人を助けるためならば、たとえ死地であろうと果敢に乗り込みましょうとも!」
大言壮語で逃げ場を自ら断つ姿勢。この期に及んで見栄っ張りが行動の原動力というのは、呆れを通り越して感心する。
そしてダメ押しとばかりに、グレイは懐から巻紙を取り出す。
いつぞや俺に見せつけてきた、ヴァリア魔導学院の入学許可証だ。常日頃から持ち歩いているのか。
「そんな勇猛で英雄的な私こそは、ヴァリア魔導学院の特別入学生で最年少(自主)卒業生。【不没の銀月】の異名を持つ……!」
口上はそこまでだった。
グレイの言葉を遮るように、村人の先頭の男が一言。
「あんたら、ちょっと話いいかい?」
俺とグレイは普通に包囲されて、普通に村へ連行された。




