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第23話『堕ちた英雄』

 ミュリエルの拉致を阻止できなかった。

 それどころか、グレイの命綱である杖まで失われた。


 完膚なきまでの敗北だった。


「……くそ!」


 八つ当たりの拳で思い切り地面を殴る。

 身体を動かせるようになった頃には、既に【暴君】とミュリエルの姿はなかった。


 悔しがる道理はない。あの状況で俺ごときに何ができたはずもないのだ。生き延びられた幸運を思えば、むしろ喜ぶべきことだ。


 だというのに、腹立たしくてならなかった。

 なぜか。


「……グレイ」


 身を起こしてふらふらと雑木林の中を探し歩む。

 俺は大馬鹿だ。心のどこかで「グレイなら敵と遭遇してもきっと勝てる」と楽観的に考えてしまっていた。

 憧れの大英雄グレイと、このポンコツグレイはまったくの別物だというのに。


 その挙句がこの始末だ。


 グレイが未熟なことは分かっていた。ならばミュリエル保護というリスクの高い冒険に及ばず、もっと地道に力を蓄えるべきだった。

 小娘を過信して不相応な大役を押し付けた俺の責任だ。


「グレイ。どこだ。生きてるか!」


 冷静に考えれば生きているはずだが、万一を案じずにはいられない。

 しばらく歩いていると、うつぶせのまま倒れているグレイが見つかった。まだ覚束ない足で必死に駆け寄り、その身を抱え起こす。


「おい大丈夫か。しっかりし」


 言いかけて、俺はぎょっと目を剥いた。

 グレイが目を血走らせ、歯をギリギリと食いしばっていたからである。


「くぁあっ! アランさん! 早く私を担いで日の当たるところに運んでください! 今度こそあんちくしょうの腐ったドタマに私の最大出力ビームをブチ込んでやります!」


 こんな状況で場違いな感想だが、餌場争いに負けた猿のような面だった。


「落ち着け、もう敵は逃げた」

「じゃあ飛んで追います! とにかく日の当たるところに!」

「杖もなしに飛べるわけないだろ」


 怪我はなさそうだったので、抱えていたグレイの身を地に転がす。


「とにかく、今のお前じゃ逆立ちしても敵わない。ここで少し頭冷やして待ってろ」


 グレイをその場に残したまま、俺は雑木林の外へと駆ける。だいぶ身も軽くなってきた。

 向かった先はさきほど戦闘があった場所だ。

 目当ては――


 あった。


 杖の残骸だ。

 ちょうど中心を光線で貫かれ、真っ二つに折れている。

 修理できるかどうかは分からない。しかし、杖の作成者を探す上でも貴重な道具だ。回収できたのは不幸中の幸いといえる。


 再び雑木林のグレイに舞い戻ろうとしたとき、


「う、うぅ。なんで置いてくんですか……。早く追いかけなきゃいけないのに……」


 ずるずる、と。

 グレイがナメクジのごとく雑木林から這い出してきた。白いローブは土と葉にまみれて汚れきっている。


「おい馬鹿! もう諦めろ! 追いかけるなんて馬鹿な真似するな!」

「嫌です! きっとやれるはずです! さあ光よ舟となれ!」


 陽光を浴びながらグレイが叫ぶと、辺り一帯が眩い光に包まれた。

 この輝き。もしかするとあの巨人を倒したとき以来の規模かもしれない。


 俺が僅かな希望を抱いた、次の瞬間。



 ――ミュリエルの家が消し飛んでいた。



 完全に暴走してコントロールを失った光が、巨大な光線となってミュリエルの家を地面ごと抉り取ったのだ。


「え、えーと……」


 壮絶にやらかしたグレイが、明後日の方向を向いて目を泳がせている。


「アランさん。これからミュリエルさんを助けてあげたら、家を消しちゃったくらい帳消しになりますよね?」

「知るか」

「あんな小屋ですし、貴重品なんてありませんよね? あんまり高いものとかあったら弁償できないかも……でも、うん! 助ければオールオッケーですよね!? いくらあのミュリエルさんでも、命の恩人に高額請求とかしてきませんよね!?」

「知るか」


 俺は片手で顔を覆って嘆く。


 この期に及んで、なんて余計なことをしてくれたのだ。

 せめてミュリエル宅を家探しすれば、有用な情報なり今後の資金なりが少しは得られたかもしれないのに。


「ああくそ……今のでお前がもう役立たずってのは自覚できたろ。分かったら早く行くぞ」

「え? どこにですか? ミュリエルさんの居所が分かるんですか?」

「誰が助けに行くって言った。ミュリエルさん……いやもう呼び捨てでいいな。ミュリエルに言われたとおり、まず仲間集めに行くんだよ。特に杖の詳細が分かる奴を探さなきゃいかん」


 俺は踵を返し、村へと下る坂道に向かう。 

 まず向かうべきはファリアの元か。今の俺たちが頼れるのは、彼女が持つ商会のコネしかない。魔杖の専門家を手当たり次第に調べてもらうのが妥当か。


 だが、村へ戻ろうとする俺の肩をグレイが掴んだ。


「本当にそれでいいんですかアランさん。回り道をすれば確かに勝利は確実かもしれません。でも、そうやって私たちが時間を潰している間に、ミュリエルさんは苦しむことになるかもしれないんですよ。目の前で誰か一人でも犠牲にするなんて、私は我慢できません」

「……お前」


 振り向くと、そこには死ぬほど顔を蒼くして、ミュリエル宅(跡地)をチラチラと窺うグレイの姿があった。心臓の動悸が聞こえそうなほど息を荒くしている。


「弁償請求されるのがそんなに怖いのか?」

「怖いに決まってるじゃないですかぁっ! だってあんなに性格悪そうなミュリエルさんですよ!? 大して価値のあるもの置いてなかったとしても、絶対にホラ吹いてとんでもない額を要求してきますって! そうさせないために、泣いて私に感謝するくらいの恩を売らないと!」


 ガクガクと涙目で俺の両肩を揺すってくるグレイ。


「それにそれに。そんな借金上乗せの事態になったら、アランさんの杖の代金だって払えなくなっちゃいますよ? いいんですか?」

「いいよ」

「ほ~ら。やっぱりアランさんも困るんじゃな……えっ!?」


 信じられないという顔になってグレイが俺から後ずさった。


「いったいどんな風の吹き回しですか? 金の亡者のアランさんが……」

「まだあの杖の所有権は俺にあったろ。それが壊れちまったんだ。商品がなくなったんだから、もうお前にこれ以上請求するつもりはない」


 私利私欲だと思っていた。

 しかし、俺も想像以上に馬鹿だったらしい。グレイの敗北を目の当たりにし、杖も失われた今になって、はっきり分かった。


 杖なんか建前だった。

 俺は誰よりも間近で、【不没の銀月】グレイ・フラーブが歩む英雄譚を目の当たりにしたかったのだ。昔から心を躍らせたあの大英雄が、華々しく世界を救うまでの顛末を。


 それはきっと俺の中で、どんな財産にも代えがたい宝になるに違いなかったから。


 しかし、もはやそんな夢は消え去った。


「今は金なんて気にするな。そんなもん生きてりゃどうにだってなる。だからもう行くぞ」

「でも」

「急がば回れだ。だいたいお前、もう飛べもしないだろ。どこに向かうとしても、まず村に下りなきゃ何も始まらん」


 説得が功を奏し、渋々とグレイは俺の後に続いた。

 無論、村に下りたところでそこから無謀な救助になど向かわせるつもりはない。


 このグレイは俺が憧れた英雄ではない。

 才能はあっても、ただの小娘だ。


 そんな小娘に世界を救う大役を任せ、脇から愉快な見物を決め込もうとするほど、俺も人として腐っていない。


「……お金だけの心配じゃないです。ミュリエルさん、このままだと酷い目に遭っちゃうかもしれないんですよね?」

「そう心配するな。ミュリエルは大丈夫だ。どういう理屈かは知らんが、身の安全のアテがあるみたいだった」

「強がってるだけとか」

「あれは自己犠牲で虚勢を張るような性格じゃないだろ」


 そう悪い奴ではない――【暴君】を評したその一言の真意は分からないが、差し迫った危機はないと見ていいだろう。


「だから、これからはミュリエルの指示通りに動くぞ。杖の作成者を探して、それから仲間を探す。その通りにすればきっと【暴君】に勝てる。世界から魔法が消えるのを阻止できるかどうかは分からんが……」


 ふとそこで、グレイが俺の背後で足を止めた。何やら考え込んでいる風である。


「どうした」

「そういえば疑問だったんですけど。世界から魔法が消えたのもたぶん【暴君】の仕業なんですよね?」


 俺は頷くが、グレイはますます分からないといった風に首を傾げた。



「未来の私は【暴君】に勝ったのに、それでも魔法が消えるのは防げなかったんですか?」


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