第22話『暴君』
最悪の事態だった。
よりにもよって、こちらの要であるグレイの杖が破壊されてしまった。
「……してやられたのう。妾としたことが、ここまで迂闊に接近を許してしまうとは」
「いやいや、落ち込むことはないさミュリエル嬢。君の思念探知を掻い潜るのはなかなか面倒だったよ。『吸収』の霧で身を包んでいなければ、先手を打たれたのはこちらかもしれない」
称賛するような拍手を鳴らしながら、【暴君】は薄く笑んだ。
「だけどこうして姿を現した今は、もう僕の思考が読めるだろう? 読んだ上で、君はどうする?」
「……降参するしかないようじゃな」
ミュリエルが諸手を挙げて無抵抗の意思を示す。
「悪いな貴様ら。妾は日和らせてもらう。奴に全面的に寝返るゆえ、これ以上の助言はできん。許せ」
「さすがは賢者だね。まさに賢明な判断だよ」
それで、と【暴君】は俺とグレイを交互に見た。
「君たちは僕を倒そうとしているんだったかな? そういうことなら、とりあえず――」
言いつつ、【暴君】が指を二股にして俺とグレイを指した。
次の瞬間。
「がっ!」
指先から放たれた光線がまっすぐに俺の胸に突き刺さった。さきほど杖を破壊したのと同じ攻撃だ。
ミュリエルに蹴られたとき以上の衝撃。一切の抵抗叶わず、俺の身は後方に吹き飛ばされる。
――だが、それだけだ。
さしたる痛みもなければ、肉体にダメージもない。本来ならば、心臓を貫かれて絶命を免れなかったであろうに。
「うーん……やはり歴史の修正力があるというのは本当のようだね。こんな素人に僕の攻撃が通じないなんて」
「ちょ! ちょっと! ちょっとそこの浮いてるあなた!」
そのとき、俺と同じく吹き飛ばされていたグレイが身を起こした。
驚愕や狼狽や恐怖や憤怒、さまざまな感情を同時に浮かべようとして、珍妙極まりない表情になっている。
「私の杖! 杖! 折っちゃってくれて、どうしてくれるんですか! あといきなり攻撃してくるなんて! てて、ていうか! あなたが【暴君】なんですか!? どうしてこんなことするんですか! 悪いことして喜ぶなんて性格拗れすぎですよ!」
説得を試みているのかもしれないが、語彙が拙すぎる。
ただ馬鹿がキレているだけにしか見えない。
「おいグレイ。逃げるぞ」
俺はその後ろからぺしんと頭を叩く。
「あっ、よかったです。アランさんも無事だったんですね」
「んな悠長なこと言ってる暇があったら走れ。行くぞ」
向こうの攻撃はこちらに通用しない。なら、必死に足掻けば逃げるチャンスはゼロではない。
が、グレイは逃げようとする俺の手を掴んで、その場に踏ん張った。
「ダメですよ! ここで私たちが逃げたらミュリエルさんが!」
「もうあの女は寝返った。助けようとするだけ無駄だ」
「あんなの強がりに決まってるじゃないですか!」
そんなことは俺だってよく分かっている。
だが、この状況でミュリエルを取り戻せる手立ては何一つとして存在しない。杖を失くしたグレイと俺の凡人二人で、【暴君】に太刀打ちできるわけがない。
いいや、正直いえば逃げ切れるかすら怪しいところだが――
「ああ? 逃げるのかい? 逃げるのなら止めはしないよ。どうやら今ここで君たちを殺すのは無理のようだしね」
と思いきや、意外にも【暴君】は俺たちを見送るかのように手を払った。
「こちらとしても無駄な時間は使いたくなくてね。ミュリエル嬢に協力いただいて、歴史を変える手段を早く探したいんだ。なんせこのままいけば、最終的に負けてしまうのは僕らしいから」
そうか。
今この場面さえ見ればこちらが窮地だが、最終的に敗北を運命づけられている【暴君】の方が長期的には追い詰められているのだ。打開策を求めているのはあちらも同様。
そのために『妙な力』――歴史の修正力を感知できる、ミュリエルの身柄を欲したと。
「そうですよ! このままいけばあなたは私に負けちゃうんですから! 私が怖かったらさっさとミュリエルさんを諦めて降参してください!」
「お前、よくこの状況で上から目線の交渉ができるな……」
そこだけは少し感服する。
しかし、こんな幼稚な言葉に応じる【暴君】ではなかった。
「残念だけど、杖のない君なんて何の脅威にもなりはしない。それに」
言葉が止められるとともに、ぱちんと指が弾かれる。
途端に、俺たちの周りを取り囲んでいた黒い霧が再び一斉に押し寄せてきた。
今度は障壁を張れない。
俺とグレイはなすすべもなく黒い霧に呑み込まれた。
「ぐぅ……」
グレイが膝をついて地面に倒れる。
魔力を吸われて動けなくなったのだ。
興味深げに【暴君】が宙で唸る。
「殺したりダメージを与えることはできずとも、動きを封じることはできるみたいだね。ミュリエル嬢、このまま彼らも攫って幽閉することはできると思うかい?」
「無理じゃろうな。妾の喉を刺したナイフが壊れたように、どんな檻に閉じ込めても柵が不自然に壊れるはずじゃ」
「なるほど。貴重な意見に感謝するよ。これはいい参謀を得た」
「ついでにもう一つ情報提供じゃ。そっちのアランという男は、魔力を持たぬから今の黒い霧では動きを封じられんぞ。ここで歯向かってくるほど馬鹿ではないと思うが……おや」
ミュリエルの指摘は外れていた。
黒い霧に呑まれた後、俺はグレイと同じく地面に膝をついていたのだ。
とんでもなく息苦しい。呼吸ができなくなった感覚に近い。
苦しむ俺の姿を見て、ミュリエルが掌を返す。
「訂正しよう。どうやらこいつも、この時代の環境に馴染んでいたようじゃな。魔力を奪えばしっかり動きを封じられる」
「ふむ……確かに演技ではないようだ。ところで、僕の『吸収』で運命の修正力は吸い取れた様子はあるかい?」
「残念ながら。魔力の一種ではあろうが、根本的に性質が違うんじゃろうな」
それでも【暴君】は確認をするかのように、俺とグレイにまた光線を浴びせてきた。膝を折るだけでこらえていた姿勢が地に這わされるが、やはりダメージはない。
「うん、確かに吸えてないみたいだ。これ以上は力の無駄遣いだし、君を連れて撤収するとしよう」
紳士然とした仕草で【暴君】がミュリエルに手を差し出そうとしたとき、
――いきなり飛んできた光弾が【暴君】の顔に直撃した。
「逃げてください。ミュリエルさん」
振り向けば、地に這いつくばった姿勢でグレイが必死に手を伸ばしている。その周囲には小さいながら、光球がいくつか漂っている。
「大丈夫です。杖なしだって、戦えますから」
しかし光球のコントロールは心もとなく、点滅しながらあちこちに揺れ動いている。
火事場の馬鹿力なのだろうが、とてもこれで戦えそうとは思えない。
さらにいえば、光弾を浴びた【暴君】もまったくの無傷だった。
「やはり僕も運命に守られているようだね。今はまだ負けるべき刻ではない、か」
「いいえ! ここで負かしてみせま――すっ」
そこでグレイの身が浮き上がった。
ミュリエルがボールでも蹴るかのように、グレイの身を雑木林へと蹴り飛ばしたのだ。薄暗い林の中に落とされ、グレイの周りに漂っていた光球は消える。
舌打ちをしたミュリエルが、今度は俺の方に歩み寄ってきてしゃがむ。
「おいアランよ。動けるようになったらあの小娘によく注意しておけ。くれぐれも妾のことを追うなとな」
「……俺が言っても勝手に暴走するかもしれん」
「じゃろうな。面倒くさいのう」
そう吐き捨てると、ミュリエルは声を落とした。
「ならば伝えておこう。妾はもう自分の今後を案じてはおらん。廃人になる未来はほぼ誤りと見ていい。だから安心して歴史の順序を追え」
なぜそう言えるのか。
俺が疑問を感じると同時に、その答えは来た。
「これは茶番だ。さっき林で妾が敵を演じたのとほぼ同じくな。あの優男は――そう悪い奴ではない」
「【暴君】が?」
世界を滅ぼそうとしている黒幕のどこがどう悪くないのか。
だが、その続きを尋ねる前に、ミュリエルは俺の身をも雑木林へと蹴飛ばした。
「そういうわけじゃ。安心して貴様らは英雄譚をなぞれ。気長に待っているぞ」
ここまでで2章完となります!
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