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第21話『唯一の鍵』


「おそらく【暴君】も同じ状態じゃろう。無理をして倒そうとしても、この妙な力が邪魔をしてくるはずじゃ」


 無論、納得できる話ではなかった。いきなり世界だの神だの運命だのと言われても、そんな突拍子のない話にはついていけない。


 そう思っていると、その内容をミュリエルがまた読んできた。


「――ま。理解できんのも仕方ない。それなら一旦、この理屈は置いといていい。ともかく単純に貴様らは力不足だ。もっと修行して仲間を集めて出直してこい」

「で、ですけどミュリエルさん! このままじゃ捕まっちゃうんですよ!」


 あまり話は分かっていないようだったが、グレイが必死に食らいついた。

 それに対して、ミュリエルは舌打ちとともに指を振る。


「んなこた分かっとる。だが妾も馬鹿ではない。敵が妾の力を欲するというなら、上手く交渉して相応の待遇を敷いてもらおう。もちろん貴様らの情報も手土産にする。未熟ではあるが、超強力な魔法を使うグレイという小娘がいる――とな」

「え、えぇっ!? 裏切るんですかミュリエルさんひどいですよ! 私たちを売るなんて!」

「そのくらい腹を見せんと拷問されるかもしれんだろうが。妾を助けると思ってそのくらいは許せ」


 ふぅ、とため息を挟むミュリエル。


「もっとも、妾が廃人同然に落ちぶれる未来が確定しているなら、情報を売ったところで無駄な足掻きだろうがな……こればかりは歴史の描写が誤っていることを祈るしかない」

「……本当に打つ手はないのか? その『妙な力』を消す方法はないのか?」


 俺が声を重くして尋ねると、ミュリエルはからかうような笑みを浮かべた。


「おや? 貴様も妾のことを心配してくれるのか?」

「いいや。俺は正直、あんたの安否は大して気にしちゃいない。だけど歴史が変わらないのなら、この世界から魔法が消えることになる。できればそれは避けたい」

「贅沢ができなくなるからか?」

「そうだ、俗な理由だけどな」


 グレイと違って、俺の行動原理はあくまで私利私欲だ。


 世界から魔法が消えるとしても、後の英雄となるグレイに恩を売っていれば、少なくとも食うに困ることはないかもしれない。

 だが、どうせ英雄の恩人として成り上がるならば世界は豊かであった方がいい。貧困と混乱にまみれた世界で成り上がっても、上前はたかが知れているのだから。


「恥じることはない。妾もそういう即物的な理由の方が好みだ。そうじゃな……妾の直感では、魔法が失われることは防げんじゃろう」

「……そうか」

「おっと。だが諦めるのは早いぞ。一つだけ、この状況における不確定要素がある」

「不確定要素?」


 うむ、と頷いたミュリエルはグレイを指差した。

 正しくは、グレイが手にしている『世界樹の杖』を。


「その杖だ。ある意味では『妙な力』以上に得体が知れん」

「おぉっ! やっぱり私の愛杖だけあって凄まじい力を秘めてるんですね! まだまだこの杖には隠された能力が――」

「おかしなことにな。どこからどう見ても、ただの木の枝でしかないんじゃ」


 俺とグレイは揃って硬直する。

 その間もミュリエルは、目を細めてしげしげと杖を観察している。


「妾は魔法に宿った意思を読み取れる。もし何らかの魔法で木の枝に偽装しているとしても、そこには『偽装する』という術者の意思が残る。それを看破できぬ妾ではない。だが、その杖には偽装の痕跡すらない。正真正銘、何の変哲もないただの木の枝じゃ」

「これがただの木の枝? 本当ですか? それじゃあ……」


 ショックを受けた様子のグレイが勢いよくこちらを振り向く。


「ということは……アランさん! やっぱり私を騙して木の枝を売りつけたんですね!? 酷いですよ! ちょっとはいい人かもしれないって信じてたのに! まさか本当にただのペテン師だったなんて!」

「馬鹿かお前は。その杖で今まで何度も魔法を使ってきただろうが」

「実はぜんぶ私の実力だったんじゃないですか? 杖のおかげだと思い込んでただけで、本当は自前の天才的センスによる芸当だった……とか」


 呆れるほどに馬鹿な発言だったので、俺はぐしゃぐしゃと髪を掻いた。

 そんなふざけたギャグみたいな話があってたまるか。


「あの巨人と戦ったとき、その杖が喋ったりしただろ。ただの木の枝にそんな機能があるか」

「はっ! もしかしてあれはアランさんの腹話術……?」

「いい加減キレるぞ俺も」


 苛立ちを抑えて俺はミュリエルに向き直る。


「変なこと言わないでくれ。これがただの木の枝じゃないってことくらい、あんたなら分かってるはずだろ」

「分かっておるからこそ不思議でならんのだ。大層な杖のはずだといのに、こうして目の前にすると木の枝としか見えん。しかしそんな木の枝が、担い手に握られれば確かに効力を示す。常識外れにけったいな代物よ」


 すなわち、とミュリエルが続ける。


「おそらくその杖には通常の魔法とも『妙な力』とも違う、妾にすら読み取れぬ謎の力が宿っている。もし魔法消滅の未来を変えられるとしたら、その杖が鍵となろう」

「……俺のいた未来ではこれは『世界樹の杖』だって言われてる。この世の果てにある神聖な木らしい。心当たりはあるか?」

「ない。というか、デマくさいな。そんなお伽噺じみた木が実在するとは思えん。が、どこかの誰かがその杖を作ったことだけは間違いあるまい。そうでなくばここに存在せんからな」


 そう言うとミュリエルは雑木林の外に向かってすたすたと歩きだした。

 俺とグレイは小走りでそれを追う。


「妾はこの村を動くつもりはない。あくせく逃げず、堂々と【暴君】を待ち受けて媚びを売るとしよう。その間に貴様らはまず味方探しを――歴史を変えようと試みるなら、特にその杖の作成者を最優先で探せ」

「俺の記憶の中にその作成者の情報はなかったか?」

「探すだけ探してみたが、その杖の来歴については一切合切が不明だ。貴様の恥ずかしい過去ならいくらでも見つかったのだがな」


 うげっ、と叫んで俺は後ずさった。

 その反応がまずかった。即座にグレイが笑いをこらえてリスのごとく頬を膨らませる。


「うっわ~。そんなに狼狽えるなんて、いったいどんな恥ずかしい過去があるんでしょうねぇ~? ミュリエルさ~ん。後でこっそり私に教えてくれませんか~?」

「そうじゃな。貴様が妾の言う通りに、大人しくこの村を去るなら教えてやらんでもないぞ。このまま明るいところに出たら、妾を拘束して拉致しようと考えているじゃろう?」


 グレイが途端にニヤニヤを消して焦り顔となった。


「あっ……えっと、バレちゃいました?」

「当ったり前じゃろう。この期に及んで、妾に隠し事が通じると思っとるのか」

「いやあ、ミュリエルさんったら諦めて【暴君】に攫われるつもりみたいだったから、それなら私の方が先に攫っちゃえば解決かなって」

「余計な真似はするな。聞き分けのない行動を取ったら、今度は一発どころではなくタコ殴りにしてやるからな」

「ひぇ……」


 怯えた様子でグレイが杖を胸に抱く。

 しかし意外だった。馬鹿は馬鹿だが、まだミュリエルを救うことを諦めずそんな実力手段を考えていたのか。


 ミュリエルが牽制にボキボキと拳を鳴らす中、俺たちは日の当たる雑木林の外へと歩み出た。グレイはまだ拉致を諦めていないようだったが、何度も鋭く睨まれて出鼻をくじかれている。


「ったく、あまりいつまでも妾にこだわるな。貴様らがここに長居していては、いつ不測の事態が起こるか――」


 ぴたり、と。

 そこでミュリエルが足を止めた。


「どうしたんですかミュリエルさん?」

「逃げろ貴様ら」

「え?」

「今すぐここから飛んで逃げろ! 早く!」


 同時。

 雑木林の奥から、まるで津波のように黒い何かが押し寄せてきた。


 その正体は、黒い霧だ。

 魔導学院を襲撃した巨人の放っていた、魔力を吸い取る黒い霧である。


「下がってください!」


 しかしグレイは飛んで逃げることをしなかった。杖を構え、俺とミュリエルを守るように霧の前に立ちはだかったのだ。


「光よ防げ!」


 グレイの詠唱とともに、俺たちを囲う半球状の光の障壁が生じた。

 すぐさま黒い霧が押し寄せてくるが、障壁は揺らぐことなくそれを防ぐ。


「任せてくださいミュリエルさん! 私の光は、こんな霧ごときどうってことありませんから!」

「違う! こんなものはただの様子見じゃ! 本命は上」


 ミュリエルが声を荒らげる。だが、その言葉が続くことはなかった。

 次の瞬間、信じられないことが起きたからだ。



 ――グレイの杖が黒い光線に撃ち抜かれ、真っ二つに折れた。



「僕の『吸収』を防ぐとは大したものだ。だけど君は杖がなければ何もできない。そうなんだろう?」


 光線が降り注いできた方向。直上を仰ぎ見れば、そこに人間が浮いている。

 紫色の髪をした紳士風の優男が。


「初めまして。愉快な話はすべて聞かせてもらったよ」


 こいつは。

 誰に言われるでもなく分かった。優男のような外見でありながら、凄まじい威圧感を放っている。さきほどのミュリエルの数百倍も恐ろしい。


「しかし【暴君】か。僕もなかなか酷い名で呼ばれたものだね」


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