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第18話『能力がもたらす悲劇』

「しっかし、信じられんなあ。妾が悪者に幽閉されて、おまけに世界から魔法が消えてしまうとは」


 カップにハーブティーを注ぎながらミュリエルがしげしげと呟いている。

 招き入れられた小屋の中で、俺とグレイは来客のもてなしを受けていた。


「ミュリエルさん。気持ちは嬉しいけど、いつ敵が来るか分からないんだ。飲み物なんていいから、避難の準備を整えてくれないか?」

「私の魔法でひとっ飛びで安全なところまで連れていきますから。たぶんヴァリアの魔導学院が保護を受け容れてくれると思います」


 盆に載せたカップを俺とグレイの前に差し出し、ミュリエルはやれやれと首を振った。


「その魔導学院が襲撃の憂き目を見たばかりなのであろう。あの学院を即座に壊滅せしめる敵が妾を狙ってくるのなら、どこに逃げようと同じことよ」


 自らの命がかかっているというのにこの落ち着きよう。

 なるほど。その能力こそ【この世のすべてを見通す目】ではなかったが、老獪なる知恵者という逸話は本当のようだ。


「なあミュリエルさん。敵の正体に心当たりはないのか? 千里眼はなくても、かなり長生きしてるんだろう?」

「んーむ、確かに貴様らよりは長生きしておるが、いかんせん妾もまだ19歳だからのう。そこまで知恵袋というほどは」

「……は?」


 またしても俺はしばらく硬直する。


「えっと……さっき、俺たちより『たいそう歳上』って言ってなかったか?」

「何を言うか。貴様らはどっちも15そこらであろう? この歳頃にあって4つの差はデカいではないか。学生ならば頭が上がらんくらいの差だぞ。敬え」

「その年寄りじみた口調は?」

「こういう方言じゃ」


 やはり伝承などアテにならない。

 グレイのときと同様、このミュリエルもまた後世の評と実像があまりにもかけ離れている。


「ちょいと失敬」


 そこでミュリエルはテーブル越しに俺へと身を乗り出してきた。そして碧眼を見開いて俺の目を覗き込む。


「ふぅむ。敵はその【暴君】とやらでいいのか?」


 驚いた。

 世界を滅ぼそうとした闇の魔術師――これまで敵と呼んでいたが、それはその名が未来に伝わっていないからだ。おそらく、忌々しい名としてあらゆる伝承から捨て去られたのだろう。


 だが一部の文献では、しばしば【暴君】と呼称されることがあった。俺自身すっかり忘れていた呼び名だったが、それすら読み取ってくるとは。


「俺が忘れてることまで読めるのか?」

「ちょいと気合いを入れればな。本人すら自覚せぬ深層心理までお手のものよ」

「あっ! それじゃあガンガン読んであげてくださいよ! このアランさんったら記憶力ダメで歴史の肝心なところ忘れちゃってるみたいなんですよ!」

「おい、人の記憶をなんだと……」

「いいからいいから。やっちゃってください」


 ばしり、と。

 グレイが杖をかざして俺の身を光の縄で拘束した。


 獲物を前に舌なめずりをするような表情で、ミュリエルがさらに俺へと顔を近づけてくる。


 まずい。

 何がまずいかといえば、ミュリエルには伏せておきたい伝承があったからだ。

 幽閉された【悲愴の賢者】は苛酷な辱めを受け続け、【暴君】がグレイによって打倒された後も心を癒すことなく、廃人同然に泣き暮らしたという――


「ほほう、貴様」

「ぐっ」

「そこのグレイという小娘をずいぶんと好いているようじゃな? なかなか素直ではないようだが」


 時が止まった。

 いったい急に何の話をし始めているのだ。


「お、おい。何言ってるんだ。こんなときに冗談はよせ」

「何が冗談なものか。妾は読んだ内容で嘘は吐かん主義だ」

「ほほ~う?」


 ぽんと俺の肩に手が載せられた。

 光の縄で縛られたままに首だけを動かして振り向けば、俺の隣で最高に腹の立つニヤニヤ顔を浮かべているグレイがいた。


「やだ~アランさんったら~。いつも素っ気ないくせに、私のことそんな風に思ってたんですかぁ? うっわ~。好きな子に意地悪しちゃうとか子供みた~い。恥ずかし~い」


 誰かこいつを殺せ。

 俺は心の中で吐ける限り最大の呪いを吐いた。


 もちろん懸命に反論も試みる。


「誰がお前のことなんか尊敬するか。俺が尊敬してるのは、未来に伝えられてる大英雄のグレイのことだよ。断じてお前じゃない」

「え~でもそれって結局私のことじゃないですか~。うわあ、直接気持ちを伝えてくるなんて告白ですかぁ? 照れちゃいます~」

「違う。伝承のグレイとお前は完全に別物だ。勘違いして思い上がるな」


 言い返すものの、グレイはムカつく表情を一向に崩さない。

 このままひたすら羞恥に耐えるしかないのか。俺がそう諦めかけたとき、


「そっちの小娘も人のことをとやかく言えんじゃろう。本音を代弁してやろうか? 『あのとき私を信じてくれて――」

「うわぁぁあああっ!? ちょっと! ちょっと!」


 グレイが悲鳴を上げてミュリエルの口を塞ぎにかかった。


「何を言うんですか! そりゃあ杖の件はちょっとだけ感謝してますが、その後の私への態度が雑すぎてそんなもんチャラですよ! いいえチャラ以下です!」

「そう言われても、これは貴様の本心だろうに。そうかそうか。不満ならもっと深いとこを読んでやっても」

「うぁあやめてくださいお願いしますミュリエルさん!」


 必死なグレイに襟首を掴まれてガクガクと揺すられながらも、ミュリエルは呵々大笑している。


「おいグレイ」

「何ですかアランさん! 言っておきますけど今のはミュリエルさんが勝手に吐いたデマですからね! 断じて私の本心ではありませんからね!」

「分かった。お互い何も聞かなかったことにして手打ちにする。これでいいな? いいなら拘束を解け」


 グレイが速やかに杖を振って俺の拘束を解いた。


「いいですか。絶対、この話を蒸し返すのナシですからね」

「そっちこそ同じ話題を出したら杖の代金にペナルティ乗っけるからな」


 グレイとは休戦協定が成立した。

 となると問題は。


「ひゃぁっははは! 馬鹿どものいがみ合いを見るのはいつ見ても傑作じゃあのう!」


 どんどんとテーブルを拳で連打しながら、息も切れ切れに爆笑しているミュリエルである。

 と、ここで俺たちが休戦したのに気付いたらしく、


「ん? もう終わりか? 妾のことは気にせずもっと痴話喧嘩してくれてよいのだぞ。さあさあ」

「『さあさあ』じゃなくて。こっちは真面目な話をしてるんだぞ。しかもあんたの危機に関わる話を……ふざけないでくれ」

「妾はこの能力をおふざけに使ったりなどせん」


 強い口調で即座にミュリエルが反駁してきた。


「他人の心が読めるというのは、便利ではあるが同時に厄介でもある。妾が能力を千里眼と偽っているのも、占い師の商売だけを考えてのことではない。心を読めると知られれば、人はたちまち妾から離れていってしまうからな……」

「ミュリエルさん……」


 声をか細くして項垂れたミュリエルに対し、グレイが同情的な視線を送る。


「妾が占い師として旅をしておるのも、郷里の村にいられなくなったからじゃ。誰も彼もが妾を疎むようになってしまっての。妾はただ――」


 ついに泣きだしそうな顔になったミュリエルを前に、グレイはただおろおろとしている。歳上ではあっても見た目は子供だ。泣かれそうになったら慌てるのは無理もない。


 だが。


「――妾はただ、『どこぞの誰が誰を好きだ』とか『あそこの家に宝くじが当たった』とか『あそこの嫁は姑を嫌っている』とか『村長はヅラ』とか……そういうことを散々言いふらしまくって里の人間関係をめちゃくちゃにしただけブふォっ!」


 途中でミュリエルが思い出し笑いをするように噴き出した。


 そしてまたテーブルをどんどんと叩いて笑い転げ始める。


「いやー! さすがにあれは妾もやりすぎたわ! 18歳になったと同時に村議の議題で『あいつを追い出せ』と全会一致で可決されてしまってのう! まあその頃には妾もトンズラの用意はしとったのだがな。あのまま村にいたらいつ誰に刺されるか分からんかったし」


 見事なクズだ。

 グレイよりも悪質な、救いようのないタイプのクズだ。


 グレイはあっさり騙されかけていたが、俺は最初にミュリエルが大爆笑していた姿を見てから、一瞬たりとも信用していなかった。あんな同情を買おうとするタマではない、と。


 ていうか、こんな厄介者をいちおう18歳までは置いてくれた村、たぶんめちゃくちゃいい村だと思う。


「なあグレイ」


 騙されていたことに未だ愕然としているグレイの肩を軽くつつき、俺は一つ提案する。


「参謀役には使えなさそうだし、もうこいつ見捨てないか?」


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