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第15話『杖がなくとも』

「ちょうどいい。ヴァリアに戻るんだから、あの巨人を倒したときの一撃は火事場の馬鹿力だったって周りに説明しとけ。普段はあそこまで使えないって」

「へっ?」


 街道を引き返し、ヴァリアの関所が見えてきたところで、俺はグレイにそう告げた。


「なんでですか! せっかく街を救って私の勇名が轟いたのに!」

「今までの話を忘れたのかよ。できるだけお前の名前は知れ渡らない方がいいんだ。あれだけ活躍したんだから何言っても焼け石に水だろうが、せっかく街に戻るなら少しでも評判を落としておいた方が――」

「嫌です! どうせ何言っても焼け石に水なら、ちょっとくらいチヤホヤされてもいいじゃないですか!」


 そう言ってグレイは機嫌を損ねたようにそっぽを向く。

 今後の危険が増すというのにそれでも名声を欲するとは、筋金入りの見栄っ張りである。


 まあ、ヴァリアでの活躍はもはや口先三寸で誤魔化せるものではない。あの巨人を一撃で消し飛ばしたのがグレイだというのは、既に周知の事実となってしまっている。


 いまさらどう言い訳しても英雄的な扱いには変わりないだろう。


 どちらかというと、今の提案はグレイをこれ以上調子に乗せないためだった。

 少しでも謙虚に振る舞う姿勢を身に付けさせようという狙いだったが――やはり期待するだけ無駄だったようだ。


「まあいい。ただし、くれぐれもこれ以上目立つ行為はするなよ」

「う~ん、それはちょっと約束できませんねぇ。なんせ私はヴァリアを救ったヒーローですし? 歩いてるだけで最高に目立っちゃいますし?」


 戯言は無視して俺は街へと戻る足を速めた。


―――――――――――――……


 ファリアに会うのはそう難しくなかった。

 彼女は勤勉な生徒であり、暇さえあれば学院の書庫にいる。小間使いとして働いていたころから、グレイはその行動パターンを熟知していたという。


「だって当時は熾烈なライバル関係でしたからね。最終的には私が覚醒して大きく上回っちゃいましたが、それでもファリアさんもなかなか侮れない才能を――」

「よし、案内ご苦労だったな。どこかその辺で適当に待ってろ」


 極めてウザい案内をしてくるグレイを書庫の隅に放置し、俺は大机で本を読んでいるファリアに歩み寄る。

 彼女もすぐにこちらに気付いた。


「あら? アランさん、さきほど旅立たれたのでは?」

「すまん。ちょっと頼み事があって戻ってきたんだ。急ぎで探してもらいたい人物がいる。ファリアさんの実家のツテを使わせてもらえるか?」

「ええ。街の恩人の頼みとあらば、断るわけにはいきません。なんという方ですか?」


 そこで俺は少し声を落とし、ミュリエル・ラヴァの名を告げる。


「ミュリエルさんですか。聞いたことはありませんが……魔術師ですか?」

「すまん。俺も名前を知ってるだけで、素性はそこまで詳しくないんだ。ただ――」


 俺はヴァリアに戻るまでの道中で、ミュリエルについての伝承を記憶から総ざらいしていた。そこで思い出せた情報がいくつかある。


「ここからは参考程度に聞いて欲しい情報なんだが、いいか?」

「はい。ある程度絞り込むための情報も欲しいですから」


 もちろんグレイの例もあるから伝承は完全に信用はできない。しかし、参考とする程度の価値はあるはずだ。

 そうして俺はミュリエルの特徴を列挙していく。


「まず『長寿』……かなりの年齢のはずだ。だけどそれと反対に『若々しい見た目』をしてる。それで『未来予知』だか『千里眼』だか、そんな魔法を使う。そういう人物だ」

「長寿で若々しい見た目?」


 と、いきなりファリアが目を丸くした。


「心当たりがあるのか?」

「はい。そうした特徴を持つ少数民族がいます。世界中を探しても極めて珍しい例なのですが、特定の魔法が遺伝によって引き継がれる例でして、この場合は老化抑制の……」


 いきなり早口になるファリア。勤勉なだけあって、やや学者的な気質があるのかもしれない。


「あ、ああ。理屈はいいんだ。とにかく心当たりがあるんだな?」

「はい、彼らの生活圏は限られていますから。その周辺の商会支部にさっそく連絡を取ってみます。しばらくお待ちを」


 椅子から立ち上がったファリアが書庫から駆け出ていく。

 見つかりそうなら何よりだった。敵に先んじてミュリエルを保護できれば、グレイを本物の英雄に仕立て上げるまでの道筋も立てやすくなる。


 やはりここに戻ってきたのは正解だった。


「おいグレイ。それじゃあファリアさんが戻るまで、どこか目立たないところで待っとくぞ」


 しかし振り向いてみると、書棚の隅でぽつんと待っていたはずのグレイがいなくなっている。


「……あいつ、どこ行った? 便所か?」


 だが、そこで俺は気付いた。

 書庫中央のホールに、蟻が群がるような人だかりができていた。そのど真ん中で鼻を高くしているのは――


「いや~っ、忘れ物をしちゃったから、目立たないようにちょっと戻ってきただけなんですけどねえ~。まさかここまでお騒がせしちゃうとは思いませんでしたよぉ。書庫は静かにしないといけないのに、ほんっとうに申し訳ないです~」


 馬鹿がいた。

 とんでもない馬鹿がいた。


 あれほど目立つなと言ったのに、野次馬に囲まれてホクホク顔で握手に応じまくっているグレイがそこにいた。


 周りを取り囲む野次馬たちは、グレイを真の英雄と信じて興奮気味の様子だ。


「グレイさん! 世界を救う旅に出るんですよね!」

「ええ、そうなんです。なんだかすっごく悪い魔術師がいるみたいで、それを成敗しなければいけないんです。ああ……私も本当は年相応に平穏な学園生活を送りたいんですが、この使命は私以外の誰にも務まりませんから」

「悪い魔術師って、もしかしてこの街を襲ってきた怪物もそいつの仕業なんですか?」

「おそらくそうでしょう。よく分かりませんけど、あれだけ強い怪物ならきっとその悪い奴の仕業に決まってます。ま、私にかかればあんな怪物ごとき秒殺でしたけどね?」


 俺は静かに人混みを掻き分けてグレイに歩み寄る。

 そして背後からゆっくりと脳天を鷲掴みにする。


「何をやってる?」

「あっ、アランさんじゃないですか~。もう何ですかぁいきなり人の頭撫でるなんてえ。私の功績を褒めたたえたいのは分かりますけど、ちょっと馴れ馴れしすぎないですか~?」


 そう言いながらぺしっと俺の手を弾いてくるグレイ。


 こいつ。

 自分の味方――ファンの野次馬に囲まれているのをいいことに、こちらに対して完全に上手の態度だ。

 この先の旅路で自分の活躍を自慢できないと見て、ここで一生分の自尊心を満たしていくつもりなのかもしれない。


 それならこちらにも考えがある。


「……そうだグレイ。これだけみんなが応援してくれてるんだから、魔法を見せてやったらどうだ? みんなも間近で見てみたいだろうしな」

「えっ! いいんですか!?」

「ああ。お前の才能を存分に見せつけてやれよ」


 一気に目を輝かせたグレイは右拳を天に突き上げて野次馬たちに吼えた。


「みなさん! それじゃあ餞別がわりに、校庭で私の魔法を披露してあげます!」


 わぁっ! と野次馬たちが湧き上がる。


 グレイが得意げな顔をしながら腰のホルダーに手を伸ばし――空振る。

 また空振る。

 首を傾げながら腰を見て、ホルダーに杖が差さっていないことに気付く。



 ――当然だ。つい今しがた、俺がスッたのだから。



 途端にグレイが青ざめた顔になってこちらを振り向いた。その視線は、俺の右手に握られた杖を凝視している。


「あああアランさん! 杖! 私の杖! 返してくれますか?」

「まだ支払が終わってないんだから所有権は俺にあるだろ。ちょっと汚れてるみたいだからメンテさせてもらう。ああ、その間に勝手に校庭でもどこでも行って魔法披露してろ」

「まっ! 待っ! ばっ! くぁっ!」


 焦りのあまり奇声を発し始めるグレイ。

 さらに野次馬たちも彼女の味方にはならなかった。


「グレイさん! 杖なら貸しますよ!」

「他にも魔具ならいろいろありますよ! 指輪とか武器とか! せっかくだから試してみませんか!?」


 ファリアが以前、木の枝同然の杖でも見事な魔法を披露できたように、学生たちにとって杖はあくまで補助道具くらいの認識に過ぎないらしい。


 だがグレイの場合は違う。

 この唯一無二の杖がないと何もできないのだから。


「な……な……そんな……」


 目を見開いたままグレイは震えている。巨人を前にしたときよりも恐怖に引き攣っている気がする。そんなに人前で恥をかくのが嫌なのか。


 まあ、これでいい仕置きにはなっただろう。

 ここらで返してやって、後で改めて説教を――


「へ……へっ。そうですよね、たまにはメンテも必要ですよね。どうぞ拭き掃除よろしくお願いします。私は自力でやってきますので」


 と思ったら。

 引っ込みがつかなくなったのか、なんとグレイがとんでもない強がりを吐き始めた。


「お、おいお前……」

「さあみなさんついてきてください! この空に私の代名詞たる銀月を浮かべてみせましょう!」


 制止も間に合わぬうちに、いきなり書庫の外に向かって走り出すグレイ。

 俺も追おうとするが、人波となってグレイの後を追い始める野次馬たちに阻まれてなかなか前に進めない。


「余計に恥かくぞあいつ」


 げんなりする。

 ここで大恥をかかせては、後々ヘソを曲げて厄介なことになりそうな気がする。早く杖を渡して事態を収めねば。


 人波に揉まれたまま校庭まで移動する。


 俺がやっと校庭の土を踏めたとき、グレイは既に詠唱を始めている段階だった。


「我は月! 自ら光を持たぬ者!」


 ちなみにこの呪文だが、グレイ自身が「二度目以降は省略可」と前に言っていた。

 つまり今やっているのは、たぶん時間稼ぎだ。


「されど遍く陽光を浴び! 己が光へと変じる者!」

「おいグレイ。詠唱中に悪い。メンテ終わったから返す」


 俺がそう言って歩み寄ろうとしたとき、予期せぬ事態が起こった。


 ――グレイの頭上に光球が出現したのだ。


 大きさでいえば巨人を倒したときの一撃とは程遠い。街道で出した拳サイズのものだ。

 だが杖の助けもなしに出現し、そこに浮かんでいる。


 にわかにグレイの瞳が輝く。


「来た来た来たぁっ! ほらほらぁっ! やっぱ私は天才じゃないですか! さあっ集え我が光! 永久に沈まぬ銀月をここに――んがっ」


 が、そこでアクシデントが発生した。

 なんと光球がそのままグレイの脳天に落下し、そこそこの威力で彼女を地面に叩きつけたのだった。


 潰れたカエルのような姿勢でグレイがぐったりと校庭に横たわる。


 湧いていた野次馬たちも一瞬で静まり返る。


「あー……悪い。俺が詠唱を邪魔したから、コントロール失敗したらしい。まだこいつも未熟なんだ。あんまり期待しすぎないでやってくれ」

「ちょっと! 誰が未熟ですか!」


 弁明する俺の足首をグレイの手が掴んだ。


「まったく人様の詠唱途中に割り込んで邪魔してくれて! あーあ! アランさんの邪魔がなかったら成功してたんですけどねー! 残念だなー!」

「……一周回ってすごいなお前」


 頭にタンコブを作っておきながら、めげることなく速攻で責任転嫁を決めてくる。こいつの図太さだけは英雄クラスと認めてもいい。


 と、そこに。


 校庭を囲う城壁の上から、軽やかな動きで人影が飛び降りてきた。

 まさしく人間離れした動き。

 煌びやかな銀髪をなびかせながら、その場に颯爽と現れたのは――


「アランさん。依頼されていたお届けものです」


 息一つ切らさず、汗も流さずに優雅な笑みをたたえるファリアだった。

 その手が差し出しているのは小さな封書だ。


 すかさずファリアはこちらにウインクを送ってくる。

 この中に全部書いてある、と伝えんばかりに。

 彼女が書庫を発ってからまだロクに時間も経っていないというのに、凄まじい手際だった。


「あ、ああ。わざわざ届けてくれてありがとう」

「いえいえ。お安い御用です。では失礼いたしします」


 礼儀正しくお辞儀をして、ファリアはまた人間離れした動きで学院へと去っていく。

 あの高速移動はグレイが見せた腕力強化の超上位互換なのかもしれない。やはり魔術師としての総合的な能力はあちらが大幅に上のようだ。


 見れば、野次馬たちもすっかりファリアの方を目で追っている。これが本物の首席の風格というものか。


「ぬあぁー! 負けてたまるもんですかぁっ! アランさん! 早く杖をよこしてください! リベンジですリベンジ!」


 ただ一人めげない馬鹿だけが俺の持つ杖にすがりついてくる。


「おいグレイ。遊びは終わりだ。とっとと出発するぞ」

「そんな! これじゃ私が負けてるみたいじゃないですか!」

「負けてるんだよ、魔法どうこう以前に人として。これに懲りたらもう無茶な背伸びはするな」


 地団駄を踏んで悔しがるグレイに杖を差し返す。


 返された杖を守るようにぎゅっと胸に抱いたグレイだったが、それからふと意味ありげな笑みを浮かべた。


「そっか。もう出発するんですよねアランさん? ちょっとでも早く目的地に行かないといけませんもんね? 遊んだりしてる暇はないですもんね?」

「お、おう。そうだけど……」


 不気味だ。

 こいつが急に物分かりがよくなると、かえって気味が悪い。


 その不安は的中する。唐突にグレイが天に杖を掲げた。


「なら急ぎましょう! 光よ! 我が舟となりて空を舞え!」


 グレイの叫びどおりに変化が起きる。

 巨大な光球が出現し、俺とグレイの身をすっぽりと包み込んだのだ。


「それではみなさん! 私のこの壮絶で華麗な旅立ちをどうかお忘れなく!」


 グレイが光球に命じるかのように杖を振る。

 途端、俺たちを包み込んだ光球は浮かび上がり、空に向かって猛スピードで飛行し始めた。


「うおおおぁあっ!?」


 あっという間に街が眼下で小さくなっていき、俺は絶叫する。

 足の下には光球の透き通った薄い膜があるだけで、その下は高速で流れてく地上の光景だ。恐ろしくないはずがない。


 だが。


「うひゃあああぁあっ!! ほんとに飛んでるぅうっ!!」


 当のグレイ自身も、自分でやった魔法の成果に悲鳴を上げていた。


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