第14話『月の弱点』
俺が話し終えると、グレイは納得したように指を弾いた。
「つまりそのミュリエルさんを助けに行くんですね?」
「ああ。こっちが先に彼女を保護することができれば、今後の旅の計画も立てやすくなる。なんたって【この世のすべてを見通す目】の持ち主だからな。参謀にぴったりだ」
「よし! そうしましょう! それなら――」
そこでグレイがにやりと笑う。
「ミュリエルさんを探すために、やっぱりまずは情報収集ですよね? 私がさっき言った港町に行きましょうよ? きっといろんな情報が入ってきますよ? 何日か……そう、何日か腰を落ち着けてじっくりと調べれば、きっとミュリエルさんの居所も分かるはずです。もちろんいざというときの戦いに備えて、宿も最高級にして英気を養い――」
「そうだな、まずは情報収集だな」
「やった! 意外と話が分かるじゃないですか!」
見え見えの魂胆を敢えてスルーしつつ、俺は踵を返した。これまで歩いてきた街道をまた引き返すように。
「……どこ行くんですか? 港町はあっちですよ?」
「ヴァリアだよ。戻るぞ」
「え?」
「わざわざ遠くの街に行くことないだろ。まだ街を出たばっかりなんだから、調べものをするならヴァリアに戻るのが一番手っ取り早い」
「だ、だけどヴァリアの魔術師ギルドとか公的機関はまだあの襲撃で閉鎖状態のままですよ? 復旧にあと数日はかかるなら、他の街に行った方が早いかも……」
「ファリアさんがいるだろ。実家が商会だって言ってた。商人たちの情報網を持ってるなら、それを頼らせてもらう」
旅立ち前にファリアが「実家が商会」と言ったときから、かなりの利用価値があるとは察していた。グレイにばれないよう、あの後でこっそり商会支部への紹介状も書いてもらったほどだ。
なぜグレイに秘密にしていたかというと――
「あぁっ! そういえば! っていうかアランさん! そんなコネがあるんだったら、なんで黙ってたんですか! これから行く街でファリアさんとこの商会でお世話になれば、宿代も飯代もすべてタダで歓待され放題じゃないですか! 私の借金も増えないし!」
絶対にこういうタカリ根性のクソみたいな発想をしてくるからだ。
俺はヴァリアへ戻る足を速めながら、振り向きもせず反論する。
「いいか、商会ったって聖人君子の集まりじゃない。むしろ商人なんてその対極だ。人の口には戸が立てられない。理由も明かさず各地の商会で特別待遇を受け続けてみろ。絶対どこかの誰かに素性を嗅ぎ回られる。頼っていいのはここぞというときだけだ」
今はその「ここぞ」というだけだ。
一刻も早くミュリエルの身柄を保護しなければならないのだから、悠長に自力で下調べなどしている暇はない。
グレイはむくれた顔になる。
「早くミュリエルさんを助けに行くことは私も賛成ですけど……いろいろ慎重過ぎませんか? 私たちは世界を救うために旅をしてるんですから、もっと大手を振って誇ってもいいと思うんですけど」
「敵の正体も目的も分からないうちから無駄に騒いでも、リスクがでかいだけだ」
俺は即座に切り返す。
「お前が本当に最強無敵の大英雄様ならこんな心配はしなくていいけどな、杖がなくなりゃ無能で不意打ちにも弱いだろ。もし敵が卑劣な手段も厭わない奴で、街中で背後からいきなり刺してきたらどうする」
ひぇっ、とグレイが後ずさった。
「あ、アランさん。そんな怖い発想を……」
「そういう危険があるから目立つなって言ってるんだ」
こくこくと何度もグレイが頷く。
さっきも「目立つな」と同じような説得をしたばかりだが、危険性の具体例を挙げると危機感が違ったのだろう。冷や汗を額に浮かべて深刻この上ない顔をしている。
と、ここでグレイがはっと閃いた顔になる。
「あっ。そういえばヴァリアを出てから、街道で他の人とすれ違うとき、アランさんが間に割り込んできて私を遠ざけてましたよね。なんかすっごい邪魔な動き方してくるなぁって思ってたんですけど、あれってそういう通り魔対策だったんですか?」
「そうだよ」
「そうだったんですか……ありがとうございます。もしこの先アランさんが身代わりに刺されたら、ちゃんとその隙に全速力で逃げますから、どうか彷徨わずに昇天してください」
「あ、ナイフを持った男がお前の後ろに」
ぴぎゃぁっ! と子豚みたいな鳴き声を上げてグレイが横っ跳びをした。
もちろん嘘である。狼狽するグレイを置いて俺はすたすたと歩みを進める。
「ちょっと! 悪い冗談はやめてください! 本気で驚いたじゃないですか!」
「そっちこそ悪い冗談はやめろ。俺が襲われたら、逃げるんじゃなくて助けろよ。杖抜くなんて一秒あればできるだろ」
こっちだって自己犠牲でグレイに付き合っているわけではない。世界を救わせて杖の代金をむしり取るという純粋な私利私欲でやっているのだ。
そのために命を落としたのでは本末転倒である。
身体を張ったらしっかり助けてもらわねば困る。
「あっ、そういえばそうですね。いや~ごめんなさい。正直いって私、まだ自分が最強無敵なことをよく自覚できてなくて~。困っちゃいますね~」
隙あらば調子に乗ってくるグレイ。腹立たしいことこの上ない。
なぜ、よりにもよってこんな奴にあれほどの力が――
と、思ってふと気付いた。
「なあお前。あの巨人を倒したとき以来、魔法使ってないだろ? ちゃんと今も使えるのか?」
「えぇ~そりゃもちろん余裕ですよぉ~。なんなら今ここで披露してあげましょうかぁ~?」
ざっと街道を見渡し、前後にも左右にも人がいないことを確認する。
「目立たないように小規模で使えるか?」
「任せてください。才能に覚醒した私の前に不可能などありません」
グレイが腰のホルダーから杖を抜く。
そして宙で軽く振ると同時に、俺の目の前に拳ぐらいの大きさの光球が一つだけ生まれた。
その光球はいきなり浮き上がる動きを見せ――
「えいっ」
「ぐぁっ!」
俺の額にぶつかってから消えた。軽く手で叩かれたぐらいの威力だが、完全な不意打ちに面食らった俺は思わず尻餅をつく。
「あははは! さっき驚かせてくれたお礼ですよ! この私をからかってくれた罰は重いということをその身で――」
「あ、そこにナイフを持った男が」
「ぴぎゃあっ!」
グレイがまたしても転がる。
俺は尻についた土埃を叩きながら立ち上がった。
「まあ、お前が今も問題なく魔法を使えることは分かった。出力の方は問題ないんだな?」
「ちょっといきなり話を戻さないでくださいよ。またからかうなんて」
「お前が悪いんだろうが。で、出力は問題ないんだな?」
「へっ。そりゃあ天才ですからねえ。出力だって自由自在ですよ。あの巨人を倒したときの魔法だって、ちょっとタメはあっても連発可能です」
鼻をこすりながらグレイが答える。
嘘をついている様子はない。今までグレイがホラを吹くときは切羽詰まった必死さがあったが、今は余裕すら湛えて堂々と胸を張っている。
「……あれが連発可能? 本当か?」
「ええ、私の魔法は特別ですから。あの巨人に魔力を吸われたときにも使えたように、私自身の魔力を消耗しないんですよ。まさしく【月】のごとく、周りにある光を全部自分の魔力に疑似変換して無尽蔵に放てるんです。この世に光ある限り私は無敵です」
それは大したものだ――と思ったが、次の瞬間には疑問が湧いた。
「ちょっと待て。それじゃ、光がないとどうなるんだ? 夜は?」
「あっ」
明らかにグレイが動揺した。
こいつまさか、こんな誰でも思いつくような欠点を今まで一度も考慮していなかったのか。
グレイは急にもじもじしながら、己が弱点を取り繕うように抗弁を始める。
「ま、まあ街中なら灯りはありますし? 月も出てたらそれなりに明るいですし? 出力はかなり落ちるとは思いますけど……」
「灯りもない平原のど真ん中で、月も出てなかったら?」
「えーっと……まあ、焚火とかが近くにあれば、さっきの拳サイズなら作れるかも……?」
戦闘力の落差が激しい。
これは、今後ますます用心していかねば。調子に乗って目を付けられて、夜間に襲撃でもされたらおしまいだ。
警戒を怠るなと念を押そうとしたとき――
「あぁっ!」
いきなりグレイは何かに気付いたように声を張り上げた。
「って、ていうことは! 夜に寝床でアランさんが襲ってきても抵抗できないじゃないですか! うわっ! まさか! そのために夜も魔法が使えるかどうか確認してきたんですか!? やっぱり私に手を出すつもりだったんですね! この卑劣でスケベで卑怯者!」
そういう警戒じゃねえんだよ、と俺は歯噛みした。