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第12話『大英雄グレイ・フラーブの偉大なる旅立ち』

 結論からいうと、この襲撃による死者は出なかった。


 巨人の放った黒い霧が魔力を奪うだけのもので、それ以外の攻撃性を備えていなかったのが不幸中の幸いだった。もちろん、まったくの被害なしというわけではない。魔力を奪われて倒れた際に負傷した者は多々いた。


 しかし子供や老人なども含めて死者が出なかったのは、まさに奇跡的な幸運といえた。


 そうなると残す最大の問題は――


「いや~。でも、とりあえずみんな助かって何よりでしたよぉ~。それもこれも、この大英雄グレイ・フラーブ様のおかげですよねぇ~?」


 クソみたいに調子に乗り始めたこいつへの対応である。

 俺が根城としていた河原の橋下。俺たちは二人並んで災害配給のパンを齧っていた。正確にいえば俺が一人でパンを齧っているところに、こいつが自慢話をしに押しかけてきた形である。


 巨人を退治してから、丸二日が経った。


 退治した直後から翌日にかけては、こいつ――グレイにもまだ謙虚さというものがあった。放った魔法があまりに強大すぎて、現実味を感じられていなかったのだろう。


 ところが、ひとしきり救助作業が終わって、住民たちが落ち着きを取り戻す頃になると事態は急変した。

 学院の屋上にいた誰かが目撃していたらしく、あの巨人を倒したのがグレイだという噂が住民たちの間に広まっていたのだ。


 そして感謝を告げる者たちが、グレイの前に行列をなすようになった。

 当初のグレイは自分の成した功績を信じられず、避難所の隅でじっと杖を眺めるばかりだった。だが、一人また一人と住民たちが彼女を生き神のごとく拝んでいくようになると、次第に様子が変わり始めた。


 一言でいうと、調子に乗った。

 それはもう、ありえないほどに調子に乗った。

 これほど簡単に人は担ぎ上げられるのかというほど、調子に乗った。


 そしてグレイは自分が『世界最強の偉大なる伝説的魔法使い』であることを臆面もなく誇り、舌がもげるのではないかというほどに自慢話を繰り返し続ける最悪の存在と化した。


「いや~。避難所にいると次から次にみんなが私に握手を求めてくるんで、もうすっかり疲れちゃって大変なんですよぉ~。おかげでこんな寂れた河原に逃げないと、落ち着いてご飯も食べられないんです~。有名人って辛いですねぇ~」


 やっぱり巨人に襲われていたとき、こいつを見捨てておけばよかったと心から思う。


 結果的にあのときの俺の選択は間違っていなかったのだが、それを別にしてもこのウザさは耐え難いものがあった。見殺しにしておけばよかったと後悔するほどに。


「うるさいから帰れ。一人で飯を食いたいなら便所かどこかで食ってろ」

「そんなこと言っちゃっていいんですかぁ? せっかくこの偉大な大英雄が親しくしてあげてるんですよ? もうちょっと喜んでもいいと思いますけどねぇ?」


 やっぱり俺はこいつのことが大嫌いである。

 俺が憧れていて好きだったのは高潔なる英雄のグレイ・フラーブであって、こんな品性下劣で醜悪かつ下世話な小娘ではない。


「ま、見てくださいって。アランさんの言ってた歴史のとおり、やっぱりいろいろと帳尻が合うみたいですよ」


 そう言うとグレイは、エプロンの内側から巻紙を取り出して広げた。

 だが、書いてある内容は読めない。多少の古代文字は解読を手習いしたことがあるが、流暢に訳せるような学はない。


「なんの紙だ?」

「ヴァリア魔導学院の入学許可証ですよ! 『卓越した能力とその功績を讃え、特別待遇生としての入学を許可する』――そう書いてあるんですよ! 見ましたか! これで私も史実どおりに魔導学院のエリート生徒です! もうどこの誰にも落ちこぼれだなんて言わせませんよ!」


 ひゃっほー! と両手を天に掲げてグレイが叫ぶ。


 俺はため息を吐いた。

 もういい。過度に期待するのはよそう。人格はどうであれ、こいつがこの後歴史どおりに成り上がっていくなら、俺もその恩人として十分おこぼれに与れるはずだ。その確約された富だけが俺の心を慰めてくれる。


 グレイの手助けをしたということもあって、実は俺にもそれなりに住民から感謝が寄せられている。しばしの働き口を探すのも、そう難しくはなさそうだった。


「じゃ、アランさ~ん。私はそろそろ学院に行ってきますね~。まだまだ授業再開は先らしいんですけど、有志のみんなで勉強会をやるらしいんですよぉ~。ちょっと私もお邪魔させてもらおうかなって思ってぇ~」

「うるせえ。自慢が済んだならさっさと行って来い」


 俺が厄介払いにしっしと手を振ると、グレイは歯を見せて晴れやかに笑った。


「本当にありがとうございます。私、ちゃんと期待に応えられるよう頑張りますから」


 馬鹿みたいな自慢話のトーンではなく、一瞬だけ真面目になったように思えた。だがすぐにグレイは踵を返し、スキップを踏みながら学院へと向かっていく。


 ――せいぜい頑張れ。


 きっとあの才能なら歴史どおり、学院の生徒や教師たちをあっという間に追い抜くことだろう。その日が来るのは、果たしていつか。


 おそらく、そう遠いことではない。

 その日こそ、大英雄グレイが世界を救う旅に出る日だ。


―――――――――――――――――……



「アランさん。私はそろそろ世界を救う旅に出ようと思うんです。今日はお別れの挨拶に参りました」


 グレイがそう切り出したのは、喜び勇んで入学を報告してきた三日後だった。

 未だ働き口も探さず河原の下で配給飯にありついていた俺は、いきなり訪れてきたグレイを前にして――


「……は?」


 困惑を隠せなかった。

 そりゃあ才能があったのは分かるが、いくら何でも早すぎる。このグレイは見るからに馬鹿っぽいし、学ぶことはまだ多いはずだ。


「せっかく入学できたのに、どういう風の吹き回しだ?」

「わ、私という偉大なる器の前では、学院の勉強なんてしょせんは子供のお遊びに過ぎなかったんですよ。何言ってるかさっぱり――もとい! この力をいつまでも学院に留めておいてはいけないと思うんです!」


 もちろん、グレイが一瞬漏らした本音を聞き逃す俺ではなかった。


「何言ってるかさっぱりって……お前、勉強についていけてないのか?」

「うっ」


 苦悶の声を発したグレイが視線を逸らす。


「そんなの別に恥ずかしいことじゃないだろ。お前が一番後に入学したんだから。教師にでも他の生徒にでもいろいろ聞けよ」


 そもそも学校に行けるなんて、俺の時代では贅沢の極みだった。そんな恵まれた権利を有効活用せずにどうする。


 だが、グレイはわなわなと震えながら首を振った。


「違うんですよ……。ただ単に分からないだけならまだよかったんですよ……」

「ただ単に分からないだけじゃないのか?」


 グレイがいきなり目を剥いた。


「見栄張っちゃったんですよ! 有志の勉強会のとき! なーんにも分からなかったけど、つい天才ぶって『ふっ、なるほど。所詮は座学などこんなものですか……』ってみんなの前で知ったかぶり続けちゃったんですよ! このまま学期が始まったらテストで最悪な点取って、天才っぽく振る舞ってただけなのがバレちゃうじゃないですか! その前に早く旅立ってお茶を濁さないと!」


 相変わらずクソみたいな理由だった。


 史実では世界を救う旅と伝えられていたが――実際は、ただの見栄っ張りをごまかすための出奔だったと?


 ひどい頭痛がした。

 俺の憧れていた大英雄グレイを返して欲しかった。


「大丈夫ですよ! なんたって私には学院の全員をも上回る絶大な力がありますから! どんな敵が相手でもこの杖さえあれば恐るるに足らず! 世界をこの手で救ってみせましょう!」


 うわははははは! と自分を鼓舞するかのように高笑いするグレイ。


 もうやめてくれ。

 これ以上、俺の抱いていた理想像を汚さないでくれ。


 そのとき、猛スピードで河原に駆けてくる人影があった。


「グレイさん!」

「うきゃぁっ!」


 高笑いするグレイの背後に駆け寄ってきたのは、銀髪に銀目を持った本物の首席――ファリアだった。

 前に河原から跳び去ったときと同じく、凄まじい移動速度だった。グレイもこういう技術をもっと学べばいいものを。


「後を追ってしまうような無礼を働いて申し訳ありません。ですが、今聞こえた話ですと……旅に出られるのですか? この世界を救うために」

「あ、ええと。はい。そうですね。その予定です。はい」

「やはりそのような考えを持っていらっしゃったのですか……。勉強会のときからどこかグレイさんの様子がおかしかったので、もしやとは思っていたのですが……」


 それは単に、グレイが引くに引けない嘘を重ねて気まずくなっていただけである。

 グレイはこちらに視線を向けながら「秘密! 秘密!」と表情だけで訴えてきている。この状況でもまだ見栄を張りたいのか。暴露してやろうか本気で悩む。


「グレイさんがあの凄まじい魔法を放ったのを見たときから、そんな予感はしていました。この方は私たちと住む世界が違う人だと……」

「え? そうですか? いやあ~そう言われるとちょっと嬉しいっていうか照れますね。えへへ」


 ファリアもこの馬鹿を買いかぶりすぎだ。というか、やっぱりこの人も優秀ではあってもどこかおかしい。善性の天然というか。


「ですから、せめて餞別を贈らせてください。あなたがこの世界を救うのを、ほんの少しでもお助けできるように」


 そう言ったファリアは懐から革袋を取り出した。受け取ったグレイがそれを開くと、


「わ、わぁっ!」


 ぎっしりと金貨が詰まっていた。

 その眩い輝きからするに、おそらく貨幣としては最高峰の価値を持つものだろう。


「わたくし、実家が商会を営んでおりまして。このくらいでしかお力になれませんが」

「いえいえいえ! もう感謝です感謝! これだけあったら豪遊……じゃなくて何カ月かは余裕で観光……いいえ旅ができます! えへへへへ! ファリアさん、私が世界を救った暁には、貴女の名前も盟友として歴史に――」


 ひょい、と。


 俺はグレイの掌から革袋をひったくった。


「数か月分の旅費相当か。まあ、全然足りないけどとりあえず回収な」

「ちょ、ちょっとアランさん! なに横取りしてるんですか! それ私のお金ですよ!」

「その杖の代金、すっかり忘れてるだろお前」

「あっ」


 そう。

 俺はこのグレイが心底嫌いではあるが、まだ縁を切るわけにはいかない。こいつが世界を救って成り上がり――そして杖の代金を払い終えるまでは、債権回収のためについていく必要があるのだ。


「それ没収されちゃったら私の軍資金はどうなるんですか!」

「安心しろ。都度の食費と宿代は出してやる。もちろん商品代に加算するけどな」

「ひどいです! ちょっとファリアさん! この金の亡者に何か言ってやってください!」


 だが、グレイの援軍要請は空振りに終わった。

 今まで何度も喧嘩の仲裁に割って入ってきたファリアだったが、今回はなぜかくすくすと笑っていたのだ。


「お二人とも、とても仲がよろしいんですね」

「仲よくないです! この男はアレですよ! 私にだけ働かせて金だけ回収しようとする鬼ですよ鬼!」

「人聞き悪いことを言うな。こっちはただ正当な権利を主張してるだけだ」


 うぐぐぐ、とグレイが歯ぎしりをする。


 そのまましばらく押し黙っていたが、やがて何か閃いたようにグレイは指を弾いた。


「ね、アランさん? そういえば巨人と戦ってるとき、大英雄グレイが好きだって言ってましたよね? それってつまり、私のことが好きだってことですか?」

「なっ……!?」


 思わぬ角度から虚を衝かれて、俺は微妙にたじろいだ。

 それを好機と見たか、グレイは俺の懐に滑り込んで揉み手をしてくる。


「可愛いところもあるじゃないですか照れちゃってぇ~。ね? ね? ちょっとだけ杖の代金まけてもらえませんか? もし安くしてもらえたら、私ちょっとだけアランさんのこと見直しちゃうかもしれませんよ?」


 俺は深呼吸をした。

 落ち着け。

 目の前のこいつは【不没の銀月】の名を汚す矮小な小娘に過ぎない。断じて俺が憧れた存在ではない。


 だから、極めて落ち着いてこう答える。


「分かった。代金10倍にしてやる」


 そうして大英雄グレイの世界を救う旅――もとい、代金返済の旅が始まった。


これにて1章完結となります!

ここまで読んでくださりありがとうございます!


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