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第10話『カッコいい本物』

「グレイ!」


 俺が駆け出したのは、学院ではなくグレイの方に向けてだった。

 しかし救出は間に合わず、目の前でグレイは黒い霧に呑まれていく。


「ちくしょう! おい、生きてるな!?」


 黒い霧はすぐに晴れる。

 直後に駆け寄ると、グレイはうつ伏せになって倒れていた。肩が小さく揺れているので、まだ息はある。

 意識も辛うじて残っているようで、俺が肩に担いで身を持ち上げると、呻くような声が聞こえた。


「な、にを……。早く、杖を……」

「うるせえ黙ってろ」


 分かっている。グレイの言うことがもっともだ。

 彼女が身を挺してまで作ってくれた隙に、学院まで逃げて杖をファリアに届けるべきだった。とんだ判断ミスだ。


 グレイを丸太のごとく肩に担いでその場から駆け逃げる。

 だが、ここまで派手に動いた以上、黒い巨人も俺の動きに気付かないわけがなかった。明らかに俺へと狙いを付け、掌をかざしてきている。


 グレイが担がれたままに俺の背を弱弱しく叩いた。


「いいから、私を捨てて、逃げてください。早くファリアさんに杖を」

「うるせえ黙って――」

「黙りません!」


 死力を尽くすかのようにドンと強く俺の背が拳で殴られた。

 そしてグレイは魂の叫びを放つ。


「何やってるんですかあなたは! せっかく私が……この私が自己犠牲っぽく超いいカッコできたところじゃないですか! あれで上手くファリアさんに杖が届いてれば、私はこの街を救ったヒーローだったじゃないですか! その功績で学院入学が認められたかもしれないのに! このトンチキの大馬鹿ぁっ!」

「……は?」

「あーもう本当に最悪です! 最悪! いいからとっとと私を捨てて早くファリアさんに杖を届けてきてください! 私の人生大逆転のチャンスを棒に振る気ですか!」


 やっぱこいつ見捨てて逃げればよかった、と思う。

 いや、それはそれで思い通りになってしまうから癪だ。


「ほら、後ろ! また霧が来ますよ! 早くどこか物陰に!」


 そこでグレイが叫んだ。逃げながら後方を振り返れば、巨人の掌がこちらを向いている。

 隠れられる物陰は――ない。


 次の瞬間、視界が黒い霧に覆われて真っ暗になった。


「はぅぁっ!」


 二度目の霧を浴びたせいか、肩の上で暴れていたグレイが途端におとなしくなる。

 だが――


「……ん?」


 俺の身体には何の変化もなかった。

 もう駄目かと思って身構えていたが、何の痛みも違和感もない。ただ視界が悪くなっただけである。


 とりあえず、霧に包まれている間に巨人と反対の方向へ逃げる。


「おい? 無事か? 二回目だけど生きてるか?」

「……は、はい……魔力をごっそり奪われて、キツいですが……」


 虫の息ながらにグレイが応じた。


「魔力を? 奪われて?」

「はい。あの霧、力を吸い取っていくみたいで……」

「ああなるほど」


 合点がいった。

 さっきグレイが腕力強化の魔法を使って力尽きたように、この時代の人間は魔力切れを起こすと、酸欠や極度の疲労に近い症状を起こすのだろう。


 しかし俺は、元から魔力など存在しない時代から来た。


 いうなれば高所暮らしで空気が薄いのに慣れているようなものだ。奪われる魔力も元から持っていないのだから、黒い霧も効果を示さない。


 ――ということは。


 ずしん、と。


 今まで掌から黒い霧を放出するばかりだった黒い巨人の動きに変化があった。

 既に霧は晴れている。背後を振り返れば――巨大な拳を握って振りかぶっている巨人の姿があった。


「うおおぁあっ!!」


 俺は情けない悲鳴を上げながら全力で逃げる。数秒遅れて、俺がいた場所に拳が叩きつけられて地面に大穴を開けた。


 巨人の動作は鈍重だ。

 だがいかに鈍重であっても、その巨体の歩幅は、こちらがダッシュで空けた距離をただの一歩で詰めてくる。

 この時代に来る前も官憲から逃げ回っていたが、まさかこの時代でも同じように逃げ回るハメになるとは。


「だからさっき杖を持って逃げろって言ったじゃないですか! 状況が悪化しちゃったじゃないですか!」

「人を非難するときだけ元気になるなよ」


 既にグレイは暴れる体力もないようだったが、文句だけは一丁前だった。文句を言われても仕方ないという自覚はあったが。


「そもそも、なんで私を助けに戻ってきたんですか。そんなにいい人でもないでしょう、アランさん」

「ああ。お前なんか見捨てればよかったって今もう後悔してるよ」

「なんですか勝手に戻ってきてその言い草は」


 自分でも本当に馬鹿をやったと思う。

 おかげで窮地の中の窮地だ。


「おいグレイ」

「はい?」

「言っておくけど俺はお前が大っ嫌いだ」

「はぁ? いきなり何ですか。嫌いなのに助けてやったんだぞ、っていう善人アピールですか? 恩着せがましくしようとしたって無駄ですよ」

「うるせえ黙ってろ。二度は言わないからよく聞け」


 なぜこの時代のグレイに対し、俺は無性に腹を立ててしまうのか。

 揉め事を避けたいと思っているはずなのに、売り言葉に買い言葉で喧嘩になってしまうのか。


 それにはひどく単純な理由があった。


「俺は【銀月】の大英雄・グレイが好きだったんだ。盗掘人気ってわけじゃなく、本当に憧れてた。世界を救っても決してそれを誇らなかった、謙虚な真の大英雄に」


 娯楽などとは縁遠い、貧しい暮らしだった。

 それでも、盗掘売買の資料として聞きかじった英雄たちの伝説は、俺の胸を躍らせてくれた。

 ならず者の惨めな暮らしをしていても、『カッコいい存在』に憧れるのは人間の常だ。


「へ~、そうですか? この私に憧れてたんですかぁ~」

「だから実物のお前を見たときは死ぬほど失望したし、正直言って消えてくれとまで思った」

「ちょっとさすがに酷くありませんかそれ」


 肩の上でもがいてグレイが抗議してくるが、自分の心に嘘はつけない。

 事実としてこの実物グレイにはそのくらい幻滅させられたのだ。


 ――しかし。


「だけどさっきの一瞬だけ、お前が『本物』に見えた。ファリアさんよりも誰よりも。実際の理由はどうあれ、お前は自分を犠牲にしてでもこの街のみんなを助けようとした。そしてそれを誇っただろ」


 思い出すのは、こちらに向けて「どうだ」と笑っていたグレイの顔だ。

 大英雄グレイはただ一つ、目の前で誰も死なせなかったことだけを晩年まで誇ったという。

 さっきのグレイの姿が、その大英雄のイメージと一瞬だけ重なった。


 俺は右肩にグレイを担ぎつつ、左手で懐から『世界樹の杖』を取り出した。そしてそれをグレイの眼前に差し出す。


「だからお前がやれ。嘘吐きでも偽物でもなんでもいい。ここであの化物をぶっ倒して根性見せろ」

「無茶を言いますね……本当に、私にそんなことができると思ってるんですか」

「できるできないじゃねえ。やれって言ってるんだ。お前がやれなきゃ俺たちもこの街の奴らも全員死ぬ。それでいいのか? 全部お前の責任だぞ」


 煽るだけ煽る。

 普通ならこんな小娘が街の存亡と住民の命などを背負わされたら、重圧で押し潰されてしまうだろう。


 だが、グレイは違った。

 少しだけ笑って、生意気な口調で言い返してきた。


「全部じゃないですよ、半々の責任です。こんな私を見込んでくれやがった――あなたと半々です! いいえ! 8割がた! 9割くらいそっちのせいです!」


 そう叫んだグレイは、俺の肩に担がれたまま、確かに杖を手に取った。


 瞬間、杖から光が迸った。


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