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第1話『伝説の大英雄の魔杖』


 かつてこの世には魔法があったという。


 それは文明が栄華を極めた、遠い昔の華々しき時代。

 数々の魔導士が歴史に残した足跡は、偉大なる英雄譚として今も語り継がれている。


 世界からあらゆる魔法が消え去った今、魔法の杖はただの棒きれであり、紙片に記された魔法陣は意味不明な落書きでしかない。

 それでもなお、多くの人々はそうした過去の遺物に太古のロマンを思い馳せる。


 ――だからこそ、そのロマンが金になる。


「逃がすな! 盗掘者だ!」

「またあのガキか! どこにいった!?」


 砂と瓦礫に覆われた廃墟の遺跡を、取締官たちが走っていく。

 不届き者を捕らえようとさかんに怒号を発する彼らだが、この遮蔽物だらけの遺跡では逃亡者の方が圧倒的に有利である。


「……ふう。逃げ切ったか?」


 折れた石柱の陰で追手をやり過ごし、俺は額の汗を拭った。

 この廃墟群はだだっ広い上に、取締官たちの数も知れている。何度追い回されても逃げきれる自信はあるが、それでもやはり少しは肝が冷える。


 ここは魔法時代の象徴たる魔導都市・ヴァリア――だった場所である。

 現在は何もかもが崩れて風化しきった、草も生えない辺境の遺跡でしかない。


「よし。取締官の奴ら、もう遠くまで行ってくれたな……仕事の続きするか」


 わざわざこんな場所にやって来た理由はごく単純。

 俺が魔法遺物の盗掘を生業にしている、どこに出しても恥ずかしい立派な不届き者だからである。


 魔法時代の遺物を発掘できれば、かなりの値で売り飛ばせる。

 たとえば杖が一本でも見つかれば、それだけで向こう数か月分の稼ぎになる。ボロ布同然の魔導衣ローブでもかなりの額だ。

 魔法の消えた今では何の役にも立たないというのに、この手の品は金持ち連中の中で骨董品として高いステイタスを誇っているのだ。


 しかし、それだけ絶大な価値がある以上、当然のことながら――……



「くそ。やっぱゴミすら出ねえ」


 シャベルを振るいながら俺はしかめっ面になる。

 物音を立てないように警戒しつつ地面を掘っているところだが、出てくるのは砂と石ばかりである。


 魔導都市ヴァリアといえば、誰しもが知る魔法時代の中心地。つまり、ここは既に掘り尽くされた遺跡なのだ。その証拠に、遺跡を保全する取締官たちもお飾り程度の人数しか配置されていない。


 特に遺跡の中心部なんかは文字通りに『掘り尽くされて』いる。


 ヴァリアの中枢でもあった魔導学院が存在したとされる場所だが――隕石でも降ったかのような大穴がぽっかりと空いているのだ。これは過去の盗掘者たちが欲に駆られて掘り進めた結果の竪穴である。


 おかげで、今となってはロクな物など出てきやしない。


「やっぱここの遺跡は実入りが悪いな……諦めてどこか他所の遺跡いくかな」


 シャベルを地面に突き刺して頭を掻く。もともと、この遺跡を発掘場所に選んだのは気まぐれのギャンブルのようなものだった。


 かつてこの地の魔法学院にいたという偉大な女魔術師グレイ・フラーブ。


【不没の銀月】の異名をとった彼女は、魔法時代において世界を滅びから救った英雄の中の英雄として今なお讃えられている。魔法時代に英雄として名を馳せた魔術師は数多いるが、ここまでの人気を誇るのは【銀月】ことグレイを置いて他にいない。


 ――もちろん、俺たち盗掘者界隈での人気もナンバーワンである。


 数百年を経てなお朽ちぬその偉業のおかげで、今でも彼女がらみの遺物には天井知らずの値段が付くためだ。

 あるオークションでは、彼女が残した走り書きのメモ一枚が、豪邸が建つほどの価格で落札されたとも聞く。


 そんな一獲千金を夢見たのだが、やはり盗掘といえど堅実志向が大事なようだ。

 実際、この遺跡でもう三日ほど粘っているが、日銭を稼げるような低劣な遺物すら出てこない。このまま不毛な博打を続けていては近いうちに餓死する。


「しょうがねえ。見切り付けるか。どこか近くでいい遺跡はあったかな……」


 そのときだった。


「……ん?」


 ふと目を向けた遺跡の道端に、何かが落ちていた。

 見間違いかと思って目をこすり、歩み寄ってもう一度よく確認する。


 それは、一本の杖だった。


 長さは大人の前腕と同じくらい。鹿の角のように枝分かれした形状は、一見するとただの木の枝のようにも映るが、柄の部分はしっかりと磨かれて手指に馴染む形となっている。


 魔法の杖――そう定義できる形状だ。


「……どこの馬鹿のイタズラだ?」


 だが、さすがに俺もこんな露骨なものを見つけて『大発見だ!』と騒ぐほどガキではなかった。十五の歳にもなれば、学はなくとも冷静な判断力くらいは身に付く。


 こんなもの、イタズラもイタズラである。

 鹿の角のごとき木杖――これは、まさしく【不没の銀月】グレイが愛用したとされる、世界樹の杖である。この世の果てにあるとされる伝説の木の一枝をそのまま杖にしたもので、あらゆる武器に勝る最強の魔具であったとされている。


 もしこれが本物ならば、冗談抜きに小国を丸ごと買えるほどの価値が付く。いいや、価値など付けられないぐらいの代物かもしれない。


 しかし当然、そんな本物がこんな目立つ道端に転がっているわけがない。


 だいたい、この杖は形状からして歴史書にはっきりと記録されているから、模造品レプリカが大量に生産されているのだ。

 ちょっとした街の土産物屋にでも行けば、一山いくらで売られている。おおかた、どこぞの盗掘者が同業者への嫌がらせとして置き土産にばら撒いていったのだろう。悪趣味な連中である。


「ああそうさ。偽物……だよな?」


 そうと頭で分かっていても、つい手が伸びるのが人情というものだ。


 決して騙されているわけではない。見抜いた上で、もしもの可能性を検討しているだけだ。


 たとえば風が吹いてどこかの壁が崩れて、その中に隠されていたこの杖が転がり落ちてきたとかいう可能性も――ないとは思うが完全にゼロと断言はできない。


 俺は自分に言い訳をするようにじりじりと杖に近づいていき、

 触れた。


 その瞬間、どこからともなく声が聞こえた。



『――アランさん。私のことを、どうかよろしくお願いします』



 なぜか親しげに俺の名を呼んだ声に答える暇もなく、視界が真っ白な光に包まれた。



―――――――――――……


「……うおぉっ!?」


 白い光に眩んでいた目が突然に色彩を取り戻した。

 一瞬のことだったはずが、妙に長いこと感覚を失っていたかのように思える。


 いったい今のは何だったのか。立ち眩みと白昼夢が同時に襲ってきたのだろうか。幻聴のような声も聞こえた気がするが、感覚が曖昧で現実味に乏しい。


「ん?」


 そこで気付いた。

 俺のいる場所が、さっきまでの遺跡ではなくなっていた。


 廃墟ではない、立派な石造りの建物に囲まれた細い路地である。

 しかも路地の先には大通りが見え、そこをたくさんの人間が行き来している。とても寂れ果てた遺跡ではありえない光景である。完全にさっきまでとは別の土地だ。


 俺は頬をつねった。痛みはあるから夢や幻覚ではない。


 しかし、こんな状況が夢でないとすれば――


「まさか、この杖……?」


 俺は手の中にある杖を見た。魔法を失った今の世でなお、この杖は魔法の力を宿していたというのだろうか。それが発動したのだとすれば、遺跡から見知らぬ土地への瞬間移動も納得できる。


 歴史に伝えられる話を聞く限り、魔法というのは人知を超えた力。あり得ないことを可能にする力である。

 人間を遠方に転送することなど、造作もないはずだ。


 ということは、本当に本物のグレイの杖なのかもしれない。

 正真正銘、本物の魔法を発動させた代物なのだ。一気に真実味が出てくる。


 俺は杖を握ったまま生唾を飲み込んだ。


 さて、どうするか。

 価値があまりに高すぎると、かえって売り捌くのは難しくなる。下手な仲介屋に持ち込んだら殺されて横取りされてしまうからだ。


 盗掘というのがアウトローな商売である以上、流通に関わるブローカー連中にも手段を選ばない輩はゴロゴロしている。俺みたいな小悪党の命など、大金の前では誰も保証してくれない。


「売り先選びは慎重に……っていうかまず、ここどこだ?」


 心臓はこれ以上なく高鳴っているが、こんなときこそまずは冷静な行動が重要である。俺は上着の懐に杖を隠し入れ、可能な限りの平静を装って大通りへと歩み出した。

 適当な街の看板でも見つけて、今いる場所を推測するつもりだったのだ。




 そんな俺の考えは一秒で砕かれた。




 大通りに出た俺の目に飛び込んできたのは、街の中から空に向かってそびえ立つ巨大な塔だった。その高さときたら、頂上部は雲に覆い隠されて見えないほどである。


「な……?」


 俺は口を半開きにして目を見開いた。

 こんな巨大な建物は、今現在の世界のどこにも存在しない。かつてあったものとして、古代の絵画の中にその姿を残すのみである。


 ――ヴァリア魔導学院。


 魔法時代・・・・最高の魔術師養成機関とされる建造物が、現実のものとしてそこにあった。


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