⑥ 瑞生、夜叉と逢う
友人二人を欠いた学校生活を何とかこなす瑞生。この世界で確認された生存する唯一のゾンビ、夜叉に『話し相手に』と望まれますが…。
【 二〇一五年六月八日 】
瑞生にしては英断を下した日の翌月曜日、一抹の不安を抱きながら登校すると、果たして本永は来ていなかった。榊先生に目で問うと、肩を竦めてみせた。週番の佐々木に理由を聞くと、「頭痛って連絡きたらしいよ」と教えてくれた。
「八重樫は優しいんだね。ジャンキーの心配するなんて」
「本永は神経質だけどジャンキーじゃないよ。それに、ああ見えて欠席はこの二日が初めてじゃないか」
「そう言えば、いつも一番前で金髪が揺れてたっけ。ていうか、LINEで様子を聞けばいいじゃん、本人に」
「ああ…」
言われてみればそうだ。メアドでもLINEでも、ともかく学校外で繋がるツールがあるのだから、それを利用すればいいだけだ。その手のツールと縁がなかったせいで、思い浮かばなかった。でも、本永や外様はわかっているのに、「LINEしよう」とは言わなかった。瑞生のことを友達とは思っていなかったのだと、改めて知らされたようで少しショックだった。
「あー、でも八重樫たちはクラスのLINE網から完全に抜け落ちてる島だから無理ないかも」佐々木は明るく言う。「僕ら、幼稚舎から一緒だろ? 小学生の時から『連絡ディスられた』の『騙られた』のって、しょっちゅうだった。SNSブームにLINEブーム。その度に揉めて、学級会や父母会で取り上げられてさ。高校生ともなるとブームも来ない。外様はクラス委員を渋々引き受けたんだけど、その時の条件が『クラスとして必要な時以外は絶対LINEしてくるな』って。まぁ『宿題どこまで?』から『明日欠席する』とか『山形と長嶋は付き合ってる』まで、クラス委員ってだけで無限にくるからね。だから、外様は本当に“外様大名”なわけ。新入学の三人も敢えて入らなければ、外れたままってことになるね」
「なるほど」
思わず納得していると、佐々木にはウケたようで「八重樫って、美少年だけど気が抜けてるね」と笑われた。しかしこの会話を佐々木の隣の席で聞いていた女子には油断ない目つきで「完璧な見た目とギャップありすぎだよ。顔良し、性格良し、ならなんでここにいるのよ?」と冷ややかに言われた。
自分の学校をそう低評価するのも如何なものかと思うが、言い返したりはしなかった。佐々木が女子に「穿ってるなぁ。自分に可愛げがなさすぎるだけじゃない?」と混ぜっ返して会話が終わったので、ほっとした。
自分に問いかけてみる。外様や本永と学校以外でも話をしたいのだろうか?
いや、そういうわけじゃない。
自分自身に答えが出ると、LINE網から漏れていることなどどうでもよくなった。
テスト範囲が次々に発表された。今まで小テストで悉く玉砕していたから、前期中間試験では頑張らないと。せめて下の上、あわよくば中の下が目標だ。真剣に勉強するようになってまだ一週間だからずうずうしい話なのはわかっている。でもリスタートがかかっているから、チャレンジャーでいたい。
授業中は勉強に集中していたが、帰りのバスの中では、これから夜叉の家に行くことで頭がいっぱいになっていた。無知なのは事実なのだから、慌てて学習するのもわざとらしい。そう思って、夜叉の経歴や関連本は見なかった。伯母は『結婚する前に持っていた本は全て実家に置いてきてしまった』と残念がった。『これから車を飛ばして取ってこようか』とも。瑞生は『今のままで行く方がいいと思う』と答えた。今の瑞生と話したいと夜叉は言ったのだろうから。
四時に夜叉の家に着くと、昨日の門根とジョガー警察官が待っていた。警察官が身分証をチェックし、防犯カメラに全身が映されるような向きで立った後、ドアが開けられた。
鍵の閉まる音がして、「ようこそワンダーランドへ」背後から門根に言われた。
目の前に、ロックスターの豪邸内部が広がっているはずだった。しかし瑞生が立っているのは、エントランスをカーテンで即席に仕切った懺悔室のような空間だ。門根といるだけで狭苦しいのに、カーテンの向こうからもう一人入ってきた。
「どうも、コスモスミライ村アンチエイジングセンター免疫学主任の森山修です。荷物はない? 身元確認は済み? じゃ計測するね」と空港のテロ防止検査みたいなパネルの前に立たされた。森山がモニターのデータを見て頷くと、門根がポンポンと体を触って持ち物検査をした。
クローゼットの向こうは意外とシンプルなラウンジだった。「ここで、どうでもいい客に一杯やってもらってとっととお引き取り願うための空間だ」門根が説明してくれた。
「ああ、それで居心地のよさそうなソファがないんですね」瑞生が言うと、門根は「君のぼけっとしていそうで鋭いところ、侮れないな」と笑った。
浅い作りのラウンジの奥が本当の夜叉の家と言えるものだった。
せかせかと歩く森山はさらさらおかっぱ頭の年齢不詳の童顔だ。エントランス左手に二階に上がる階段があるのを指で示し、「一階右側はキッチン他水回り。上りの階段の後ろに地下室に下りる階段がある。一階左側は小部屋、アルファベットを貼ってある。Aは君で、B~Dは僕とあと二人の医師の控室。今後はまずAの部屋で体重を測り、一緒に面会室に入る医師と打ち合わせをする。いつも僕とは限らないからね」と説明した。
急遽作った小部屋と言うがベージュのドアが黒の床に映えてかっこいい。森山はAのドアを開けて瑞生と門根を招き入れた。
「体重を測る意味はわかるな? やばい物を持ち込ませないためと持ち出させないためだ。わかったら変な気起こすなよ。塵に戻して浄化させるとか言って火炎瓶で夜叉を焼こうとか。ヤフオクで売るために燭台を持ち出すとか。必ずばれるからな」銀のフレームを光らせて門根が凄んだ。ヤクザみたいな言い方をすれば大人しく従うと思っているのだろう。
「そんな威圧的な言い方って、門根さん、子供相手に大人気ない。この子に来てもらえば、あなたは都心に帰れるのでしょう? あなたこそが彼を大事にしなきゃ」森山が窘めると、門根は開き直った。「夜叉の我儘に毎日付き合えるかってんだ。そろそろゾンビになった自分に慣れて暮らせないでどうする。話し相手を見つけてやったんだ。マネージメントはするし葬式もしてやるが、ゾンビの時間潰しに付き合うなんて無理だ」
「それで、なんで僕なんですか? 僕は高一だし、夜のバイトは禁止されてる…」“ゾンビのお守り”と聞いて焦った。
「安心しろ、身の安全は保障する。君が夕方から夜にかけて相手をしてくれれば、夜番スタートまで時間に余裕が持てる。見飽きた事務方相手じゃ話す気も起きないから、新鮮さを求めて窓から見たお前を指名したんだと思うぜ」門根はどんどん砕けて、夜叉→あいつ、君→お前、になっている。
「じゃ、行こうか」森山が歩き出しながら瑞生に声を掛けた。
門根が背中に言葉を投げつけてきた。「何言われても我慢しろよ。お前は日本人代表で夜叉に面会するんだから。ゾンビと話ができるなんて栄誉金輪際ないぞ。法外なバイト料がかかってるしな!」
「信じられないな。あんたはこの子に『酷いことを言われても我慢する必要はない。君にはなんら非はないんだから』と言うべき立場だろう!」森山が童顔を紅潮させて声を荒げた。だが門根はポケットから車のキーを取り出して瑞生たちが出たドアとは反対側に歩いていくところだった。
「まるでチンピラだ」吐き捨てるように言うと、森山は瑞生に向き直った。「夜叉はロックスターでゾンビで我儘だから、常識外れな事を言うかもしれない。少しは合わせてあげてほしいけど、君の人格を否定するような事を言われたら我慢しなくていい。服を脱げとか性的な要求は断固拒絶。お金をあげるからなんて、下種な手に乗っちゃだめだ。君の家はこの村にあるのだから、お金に困ってはいないだろう?」
覗き込んでくる森山の二重の大きな瞳に、瑞生は苛立ちを覚えた。
綺麗事と別に、お金は必要になるだろう。この村から出て自立するために。
階段を上がっていくと、二階は異なる趣で統一されていた。外からこの家を見て、ポルターガイストの出る古びたお屋敷のようだと思った通りの、中世風の重厚な絨毯やカーテンが待ち受けていた。壁に古びた絵やシカの剥製が飾られていそうだったけど、何も掛かっていなかった。
「絨毯とカーテンはこう見えて新品なんだ。剥製やアンティークは撤去された。本当に古いと色んな黴がいるだろう? 夜叉の体にどんな悪さをするかわからないから」森山が瑞生の心を読んだように説明する。
階段でぐるっと上りきった正面の部屋のドアをノックする。中から物音が聞こえ、森山はドアを開けた。
瑞生の予想に反して、夜叉はベッドにはいなかった。点滴の管もつけておらず、普通に起きて、高級そうな大きな椅子に座っていた。近づくように指で促され、森山を見ると頷くので瑞生はやむなく夜叉に近づいて行った。
夜叉は顔を寄せて、瑞生をつらつらと見ると、森山に言った。
「もういいよ。外してくれ」
「え? いや、ご両親との取り決めで、医師が立ち会うことになってますから…」
「いいだろ。モニターで見てるんだから。変態なことなんかしないよ。医者用だけじゃなく、勝手にドキュメンタリーを門根が撮ってる隠しカメラもあるはずだ。二方向から見てたら何の危険もない。両親だってクレームつけてはこないだろう?」
傍若無人な発言内容の割に、夜叉の声はびっくりするほど小さかった。稀代のボーカリストの声にしては蚊の鳴くようなボリュームだ。夜叉の声を聞きとるために部屋は静まりかえっている。
「それと、この茶番な格好をやめさせろ」
夜叉の指が瑞生を指していた。一緒に入った森山は、雑菌を持ち込まないための除菌スプレーをしていたが、さっきまでと同じ格好だ。ウィルス感染が心配なら、夜叉の部屋に入るには装備が必要なはずだ。こう思う一方、瑞生は夜叉の意外にぽてっとした指に見入っていた。
森山が困って瑞生を見た。また『決めるのは君だから』だ。『二〇歳になったら、自分の行動に大人としての責任を負う』って言うくせに、とっくに二〇歳を過ぎてるこいつらは、誰も責任を取ろうとしないじゃないか。
瑞生は森山越しに夜叉を見た。背丈は森山同様、大きくもなし小さくもなし。白っぽい布を巻きつけた、ジェダイになる前のルーク・スカイウォーカーの服みたいなのを着ている。手前にいる森山の平凡すぎる存在が、夜叉と同じ視野にいるというだけで、ごみレベルにまで下がった。
瑞生は返事の代わりに、マスクを外し、動きにくいレベル4対応の抗菌服を脱ぎ始めた。
二人きりになった。夜叉は瑞生に手振りで椅子を勧め、自身はゆったりと歩いて部屋の奥のドアを開けて出て行ってしまった。
残された瑞生はすぐにテーブルの上のメモに気付いた。
『今までの人生で一番悲しかったこと。一番頭にきたこと。一人殺したい奴。答えられるよう考えておけ』
瑞生はメモを手にしたまま、困惑して席を立とうと腰を浮かせたところで考えた。今自分を見ている森山はどう思うだろう? 夜叉と二人きりで面会することを密かに望んだのは自分だ。夜叉の望みに応ずるという形をとって。
だから早々に森山を頼って監視下に戻るのは回避せねば。瑞生はそのまま座り直すと、メモをテーブルに戻し、内容を吟味することにした。
ゾンビになって生きているロックスターが、一五歳の一般市民から聞こうと思うのだから、綺麗事や受け狙いで誤魔化せるとは思えない。本気で聞いているのだ。
一人殺したい奴は誰だ?
瑞生は考えた。悲しかったことも頭にきたことも、山のようにある中で、たった一つ選ぶとするならどれを選ぶだろう。たった一人殺せるとしたら?
夏至間近の日暮れが訪れ、屋敷の窓に西日の淡い残光がやがて消えるまで、瑞生は一五年の自分史の中を彷徨っていた。
気が付くと、夜叉がこちらを見ている。部屋の至る所にあるランプに淡い光が灯っていた。
「一番悲しかったことはなんだ?」
この部屋の中を“現実”と呼んでいいのか戸惑わなくはない。瑞生は目の前にいる、普通に生きていたら驚くほど美しいであろう、中年に差し掛かったとは思えない程整った顔立ちの、今はゾンビーウィルスに支配されて全てがほの蒼く光る身体の、一人の男を見つめた。
「一番悲しかったのは、父を火事で失ったことです」
夜叉は無反応だ。何となくわかっていた。これは瑞生が、話し終わったと思えば終わりなのだ。逆に話しきれていない、まだ心の中にわだかまりが燻っていると感じる限り終わりにはならないのだ。
「父の雪生と母の麻佐子は母の方が一八歳年上で、でき婚でした。父は凄くキレイな顔立ちで、母は…平凡と言うよりは不細工で、釣り合いが取れていなかった。他人から見ても子供の僕が見ても、一八歳の年の差を乗り越えて大恋愛の末結ばれたとは思えなかった。人として母が魅力的というならわかるけれど、母は工場で経理をしてる三七歳の平凡なオバサンでした。父は勘当されて大学を中退し一九歳で結婚、母の実家に祖父の六郎と同居、工場を継ぎました。母はそれなりに幸せなはずでしょう? 妊娠して捨てられる女もいるのに、父は責任を取り結婚し祖父とも同居してくれたのだし」
「僕は職人に言われました。『あんたの父さん・雪生さんが素人なのは仕方がないとして、やる気がないのが致命的だ。心ここにあらずで仕事してる。親父さんも工場の借金を返すどころか増すばかりだって、嘆いていた』とか『でき婚と言っても、麻佐子さんが雪生さんに一方的に夢中でさ。雪生さんは一度の過ちで子供ができちまって責任取ったんだろ。大学は中退、こんな小さな工場で、自分の将来が萎んじまったんじゃないか』って。父と母は傍から見ても上手くいっていなかった。今思うと、何故父が同情からでも母と結婚し家も将来も捨てたのか、不思議でしょうがありません」
「母は真面目で凡庸…でもきちんとしている事は近所でも定評があったそうです。ところが野添と不倫を始めてから、だらしなく下品でいい加減な人間になった、と職人が嘆いていました。父が無能な後継ぎで母がいい加減な経理では、経営が傾くのは当たり前です。うちは貧乏でした」
「僕の記憶の限り父と母の喧嘩を見た事がありません。父は母の存在自体を無視していました。だから喧嘩になりようがなかったのでしょう。母と野添の痴話喧嘩が日常だったのとは対照的です。一方、父は僕を溺愛しました。僕は父にそっくりで、身体つきも癖も歩き方も全てにおいて母に似たところはありませんでした。父に相手にされなかったからか、僕が似なかったからか、母の不倫や虐待の理由はわかりません。母は僕の世話をしなかった、ネグレクトです。お祖父ちゃんは僕を可愛がってくれたけど、僕が五歳の時突然亡くなりました。母はそれから僕に牙を剥くようになった。六歳の時アイロンを押し当てられた。七歳の時湯船に投げ込まれ頭を抑えつけられた。死にかけた僕を救ったのは野添です。『お前、自分の産んだ子を殺そうって、どういう根性しとるんじゃ、ぼけぇっ』…野添の声、今でも思い出す…。野添も死んだんだ。あの火事で…」
「もう、いい」夜叉が言ったのに気付かなかった。
「野添は溺れかけた僕を抱き上げて『こんな可愛い子に酷いことすな』って撫で擦った。母は荒れ狂って風呂場の桶も蓋も椅子も何もかも投げた。野添も身を守るので精一杯で、警察が来て…。近所の人に『普通で平凡が服着たような人があんな風に暴れて、“鬼女”ってああいうのを言うんだと思った』と言われた…」
涙が溢れた。急に膝から力が抜けてテーブルに手をついて体を支えた。涙と鼻水が一丸となって流れるものだから、啜り上げきれずに酸欠で頭がどうにかなりそうだった。でも、何かが気管をせりあがってきている…。
「…あの女を殺したかった…。僕の、お父さん、を、殺した、あの女を殺したい…。勝手に、死にやがって…、許さない。絶対許さない。アイロンなんかどうでもいい。僕の、一番大切なお父さんを、奪った。絶対に許さない…」
自分の内に抱え込んでいた感情を吐き出した途端、酸欠で崩れ落ちた。
霞む目に見えたのは、蒼く光る手がゆっくりと近づいてくる…ほの光るぽってりした指。「触っちゃだめだ、夜叉!」叫ぶ森山の声。
瑞生に蒸しタオルを渡す時、森山は怒った目をしていた。
「歩いて帰すわけにいかないから、僕が自転車で送るよ」先ほどの話には一切触れずに、瑞生に帰り支度を急かせた。涙の痕をタオルで拭いたものの、夜叉にどう思われたか気になって帰りにくかった。思い切って夜叉を見ると、相変わらず蒼かったが、瑞生に少し微笑んだように見えた。
「森山、さっきのビデオ、ここで消せ」夜叉が小さな声で言った。「門根のと両方、今」
異議を唱えると思ったのに、森山は無言でパソコンを開いた。夜叉が「目の前で」と指示すると、夜叉の方に移動して操作してみせた。「門根のはどうやる?」森山は笑顔を見せた。「門根は自分で思っているほど頭よくありませんよ。ちょちょいっと、これでオーケーです」
瑞生はドアの前で振り返り、夜叉に会釈した。
「また、明日おいで」夜叉は椅子に座り、両腕を組んだまま言った。やはり少し微笑んでいるように見えた。
キコキコと漕ぐ度に軋んだ音を立てる、年季の入った自転車に揺られながら、森山にお礼を言った。「ありがとうございます…」
「音量は最少だったから話は聞いていないよ。まぁ君の家に特殊な事情があるらしいとはわかったけれど。録画を消したのは当然のことだ。君のプライバシーは守られるべきだし、残した映像を門根が“夜叉最後の日々”とか題をくっつけて発売するのは許されないと思うから。それにゾンビで研究対象とは言っても、夜叉を実験動物レベルで隠し撮りなんて、酷いじゃないか。データは転送せずにこちらが選別して残すべき物のみ残せばいいんだ」
中肉中背の背中に答えた。「…やっぱりありがとうございます」
暫くキコキコだけが響いた。
「あの家の窓を見上げる君を見て、夜叉は何かを感じ取ったのだろうね。そうでなきゃ…お、着いた。心配されてただろうから、挨拶していかないと」森山は自転車を止めた。その途端、後方をつけていた車両がブレーキをかけた微かな音が聞こえた。
「守ってると言うより威圧してるみたいだね」森山が笑いながら、八重樫家の階段を上がった。
気を揉みすぎて血圧が上がってしまった伯父に、挨拶もそこそこに二階に上がり、瑞生は勉強に取り掛かった。夕食抜きになってしまったが、伯母は何も言わずにそっとしておいてくれた。
「勉強を手放してはダメだ…」うわ言のように呟きながら、いつも通り深夜まで机に向かった。




