⑲ 石畳の街の家
《あらすじ》
瑞生は友人の本永と外様が登校できなくなり、孤独のうちに学校生活を送っています。ゾンビーウィルスに感染したゾンビの夜叉に望まれて、夜叉邸に毎日会いに行く事が、瑞生の心の支えとなっていきます。夜叉のウィルスを狙う人々、夜叉の熱烈ファンなどが行動を起こす中、夜叉は新しいアルバムを作るべく音楽活動を再開します。キリノ・ガンタ・トドロキ、バンドのメンバーが村に集まります。
夜叉に付き添って来日したキューバ人医師サニは、腕だけ蘇った日本人の青山陽斗にUSBメモリーを託されていました。夜叉はゾンビの実態を世界中の人に知ってもらい、生きられなかった青山の最後の願いを叶えてやるために”夜叉通信”を発信し始めます。
瑞生の名前の由来、キューバで噂される”マカンダルの息子”の謎が少しずつ明らかになっていきます…。
【 二〇一五年六月一七日 】
ミュージシャンとサニと高校生だけの、静かな午後だ。
欠伸しながら本永がテレビを点けた。警察は何も発表しないのでワイドショーの情報でもないよりはマシだ。
当然世間はまゆりを自死に追い込んだ女に注目した。結婚前に、新郎の可憐な元カノを糾弾する凡庸な顔の女。身籠っていると知り堕胎を強要する女。政治家の家系でお嬢様学校卒、家事手伝いをしながらエリートとの結婚話を待っていた女。バッシングの標的に条件があるとしたら、その全てを満たしているようなプロフィールだ。
アパートの大家が答えている。:可愛い娘だったよ。色白で大人しくて、掃き溜めに鶴とはこの事かって感じ。あの日『おおおぉ』って叫び声が聞こえたから行ってみると、お兄ちゃんが号泣してた。部屋を借りる時に挨拶に来たから覚えてたよ。私が救急車やら呼んだんだよ:
:どうしてそのままにしてるのかって? 『美人の自殺なら事故物件マニアが必ず来る』って知り合いに言われてさ。誰も来なかったけどね。でも昨日のテレビ見てマスコミが来てから問い合わせがぼちぼちきてる。そのままにしておいてよかったよ。捜査に協力出来てさ:
トドロキが、儀礼用の太鼓を叩いている。優しい音だ。
トンタタ トン トンタタ タタン
サニが近くで聴いている。アフリカの太鼓なら、キューバの物と似ているのかもしれない。
:こんばんは、夜叉です。今日は第四夜だね。また質問に答えようかな。『夜叉は、自分のゾンビーウィルスの感染が日本中に拡がることを考えたことはありますか? 日本人をゾンビにする危険性があるのなら、おめおめゾンビになって帰国するより、他の身の処し方を考えなかったのですか?』:
隣に座るキリノが:これはお前に死ねと言ってるな:とディスプレイを覗き込む。
夜叉は遠くを見た。
:自分が、他人がドン引くような状態になったことを客観的に理解し最終的に受け入れるとして、それにどれくらいの時間を要するか、考えたことあるか? 悪い夢から醒めれば元通りかもしれないし、何か注射すれば治るかもしれないと思う。医者に言われたくらいで、そう簡単に自分がゾンビだなんて納得できるわけないだろう?:
:俺はもちろん絶望したよ。天井見ながらずっと考えた。『俺の何がいけなかったんだ? これは罰か?』『俺は他人を危険に晒すモンスターなのか?』。落ち着いてから調べると、感染力が低いとわかった。『蘇ったのには意味があるのか?』。それに国家の考えもあった。俺の体のウィルスは争奪戦の感があって、ともかく『日本に所有権がある物』だから、悲劇ぶって自殺なんてしたら、『バカヤロー』と怒る公務員がいっぱいいたと思う。で、俺としたら生けるゾンビのモルモット気分で帰国したんだ:
:ここで落ち着いてきたら、音楽が自分の中から湧き出てくるのを感じた。蒼くなった体の内側を突き破って出てくるように。この蒼い皮膚も指先もただの殻で、俺は音楽で出来ているんだと感じた時、初めて蘇ったことに対する感謝で震えた。同時に殻が使い物にならなくなる時が来ることもはっきりと感じた:
:迷惑かけた上に不義理の塊だったのに、昔の仲間もバンドもここまで来てくれた。この村に来なければ、年下の友人に出会わなければ、ゾンビらしくこそっと死んでいくことを選んだと思う。俺と違って生きられなかった人の最後のメッセージを預かったから、俺はここにいる。…これで、答えになってるかな:
そうか、皮膚も指先もただの殻だと思っていたから、親指がなくなってしまっても、それで楽器が弾けなくなったとしても、嘆き悲しんだり取り乱したりしなかったんだ。『自分は音楽で出来ている』なんて夜叉じゃなきゃ言えないセリフだ。
【 二〇一五年六月一八日 】
「お前ら、なんで朝からいるんだ? 学校は?」ガンタが瑞生と本永を見咎めて聞いた。
「今日は採点日だから学校休みです」本永は憧れのThe Axeメンバーには敬語を使う。
「へぇ! イマドキの学校って、そんな理由で休みになるのか? ああ、“ゆとり”って奴か」
「ええと、“ゆとり”は失敗したので、今は昔よりずっと学習量が増えてるって話で。“ゆとり世代”って俺たちよりかなり前ですよ」
「そういえば、夜叉は?」
夜叉の寝室に通じるクリーンルームは照明を落とした薄ぼんやりとした何もない空間だった。
梅雨だと言うのにクリーンルームは潤いに欠けているため加湿器が三台稼働している。
瑞生は車椅子で入ってきた夜叉を一目見て仰天した。赤くなった目から血が溢れているように見えたのだ。
「こりゃ、極端だな。顔が蒼いから内出血が血糊みたいに見える」トドロキがまじまじと見る。
「やばいの?」すかさずガンタが突っ込む。
「涙を分泌出来ないから点眼薬で補っていたのだけれど、そのやり方に限界が来たのだと思う。脚の血液循環も遅くなっているし。皮膚も薄く硬く今にも破れそうだ。撮影の時、強いライトを浴びるのはダメ。メイクして隠すのは悪化させるだけだから見た目はどうにもならない」とサニは深刻な表情だ。
改めて夜叉を見てガンタが「どうする? お前鏡見た? 結構お化け屋敷状態だぞ」と聞いた。「ゾンビの実態を知ってもらうにはいいかもしれないけど、『ゾンビまじグロい』と引かれる可能性もあるな」
「最終的には夜叉が自分で決めればいい。俺たちはそれを尊重する」とキリノ。
「今度は何だ?」門根が帰ってくるなり聞いた。そして夜叉を見て、「これか…」と絶句した。
「夜叉通信にこの顔を出した方がいいのか、休んだ方がいいのか?」とガンタ。トドロキは「やったり休んだり、はマズイだろ。テレビ局は枠を取ってくれてるんだから。穴開けたら二度と扱ってもらえないぞ」と指摘する。
「隠すのはロックじゃないが、素だと不気味過ぎるよな?」と門根。
「俺は構わないよ」と夜叉。
「ファンが構うだろ」と門根。
「俺は構わないっすよ」と本永。
「コアなファンはいいんだよ。問題は一般大衆だ。夕方のワイドニュースを見てる層の」キリノは涼しげに言う。
「そうだ。言いそびれてたが借金完済だ。家三軒と車三台、一等地のバーとブティックの二店舗で事足りた。まだオークションの最中の車があるから代金は自由に使えるぞ。印税もちゃんと資産として貯めていけるようになる」門根の報告に、夜叉の目が怪しく光った。
キリノが「あの燃費の悪いフェラーリを買う人間がいるとは驚きだな。確か三億したんだよな」と言うと、トドロキが「運転しないキリノには馬鹿げた話に思えるんだろうな。マニアにとってあのフェラーリは夜叉特別仕様のプレミアム付きで四億以上だって払う価値のある物なんだよ」と解説した。
「夜叉通信はいつも通り。俺は出るよ。ゾンビなんだからそう言えばいいだけだ」夜叉がこう宣言して、バンドはレコーディングに、マネージャーは雑務に、学生は暇に戻ってしまった。
伯母から、伯父の代わりに自治会議に召集されたと連絡が来た。クマちゃんの耳に入れておきたかったが、今日はここには来ていないようだ。
突然本永が「俺、家に帰るわ。伯母さんにお礼言えないで申し訳ないけど、また言う機会はあると思うから」と言うなり、すでにまとめた荷物を持ってずんずん階下に降りていった。
「え? え? どうしたの、急に…」瑞生はついていくので精一杯だ。本永はドア前の小部屋で立ち止まり、振り向いた。
「テストは終わった。夜叉が義務と感じていた青山の動画は発信された。復讐が果たせたかは知らないが少なくとも始まった。俺たちも、居合わせた縁で右往左往する時期は終わったと思うんだ。これからは自分で考えて動くんだ。明日は金曜だけど成績不振者の呼び出し日で、事実上休みだ。月曜から俺もちゃんと登校する。その前に自宅で、ゆっくり考えたい。家族とも話し合った方がいいと思うし。お前といたテスト期間は最高だった。わくわくしたのは本当に久しぶりだった。ありがとうな」
サニが二階にいるので、本永は慣れた手順で体重を測り、カメラの前でポケットやカバンに持ち出し品のないことを示し、朏巡査部長に出る旨を伝えた。
「そんな、本永…」
突然のことで、瑞生には言葉が見つからなかった。目の前で閉じたドアをいつまでも見ているのは女々しい気がして、くるりと向きを変えると一気に階段を駆け上がった
一人ぽつんと面会室のいつもの椅子に座ると、本永の言葉をじっくり考えた。
本永は『これからは自分で考えて動く』と言った。夜叉はバンドとアルバムを作る。夜叉通信を続ける。それで? 自分はそれを見てるだけか?
ここで夜叉やたくさんの人と出会い、その生き様を知った。考える手掛かりは色々ある。 父の生き方しか知らなかった以前とは違う。
瑞生はリュックからノートを取り出した。
真っ白なページを眺めているのは嫌だったので、“今の自分”“以前の自分”と書いて、自己評価や周囲の人物など思いつくままに書き込んでいった。対人関係の集合体が幾つも出来て、なかなかにぎやかな自分史になった。
そして、大きな→の先に“将来の自分”。こんな言葉を書く日がくるなんて。
スマホがブルった。メッセージを読んでノートを閉じた。夜叉の屋敷にいる人は皆、やるべきことをやっている。朏巡査部長に挨拶をすると、瑞生は外に出た。
「自治会魏で何があったの?」
伯母は複雑な表情を浮かべながら話し出した。
「田沼さんに自治会長解任動議が出されて、あっという間に解任、新しい会長に、作家の藤森琢磨さんが選ばれたの。色々な賞を取ったことのある有名な作家よ。『夜叉がいる間は、夜叉がいい最期を迎えられる村でいよう。夜叉後のこの村の事を真剣に皆で考えよう』と言った時は万雷の拍手だったわ」
「あの田沼が解任? びっくりだな! 田沼は大人しく引き下がったの?」
「まさか。仁王立ちで『こんなこと認めんぞ』と怒鳴っていたけど、誰も相手にしなかった。藤森さんがスピーチを拍手で終えた時は、もういなかったわ」
「伯父さんは? 何か言ってた?」
「今日の夕方退院よ。田沼失脚を見られなくて残念がっていたわ」
瑞生のノートには解決すべき事案として“家族”と書いてある。今こそ、訊くべき時かもしれない。瑞生は大きく息を吸った。「…」
「さっき、本永君のお母さまからお電話頂いたわ。ご本人も『挨拶もせずに失礼しました』って」
「なんだ、連絡あったの」
「本永君の食欲に応えてここ数日肉料理中心だったのよね。明日からは魚が多くなるわね」伯母は立ち上がりながら言った。「…だから買い出しに行くのだけど、荷物持ちで付き合って。今日は少し遠くまで行きましょう」
車は村を出た後、麓の市を通り抜け港湾沿いの道を北上していく。瑞生は窓の外のキラキラ光る海面と船舶、巨大なクレーンのコントラストを眺めていた。
港町の商業地区を通り抜け、車は丘の上の住宅街に入って停車した。そこはミライ村とは趣の違う瀟洒な洋館の並ぶ街だった。黒い鉄柵に囲まれた家、蔦が覆う洋館、石畳、歴史の風格が感じられる。
伯母は鉄柵沿いに植物が茂っている家の門のセキュリティを解除し中へと入っていく。
足を止めて外観を眺めていると、伯母が家の中から呼んだ。
古めかしい洋館に人気は無くしんとしていた。二階の窓から射し込む光に空気中の浮遊物が反射して綺羅めいている。階段の踊り場から伯母が手招きする。瑞生はここがどこなのか分かった気がした。確かめるために微かに音を立てて階段を上った。
その部屋は、斜めの天井窓から注がれる太陽光で明るかった。余計な物のない整い方は伯母の部屋に似ていた。
瑞生は天井から床までぐるりと見渡した。そして壁紙に気づいた。青い小花の散る品のいい壁紙。
「僕の部屋の壁紙と似てる…。ここは、お父さんの部屋?」
伯母は頷いた。「そう、雪生の部屋」
改めて父の部屋を見た。あの狭くてごちゃごちゃした火浦の家の中では雪生と瑞生の使うスペースも物も最小限に限られていた。ここはこじんまりとした部屋だが、机、本棚、クローゼット…あらゆる空間が父の自由意思で満ちているようだ。
瑞生はクローゼットのカーディガンの匂いを嗅ぎ、年代物の艶やかな机に突っ伏して父のぬくもりを感じようとした。
瑞生の視線の先にまた壁紙があった。
「今の僕の部屋の壁紙は、僕が行くと決まってから張り替えてくれたの?」
腕組みをしていた伯母は頷いた。「雪生の好きな壁紙だったらあなたが安心して眠れるのではないかと思って」
そうだけど、それだけじゃない。瑞生のために壁紙を変えた理由は、瑞生がこの家のこの部屋に来たことが何度もあって、おそらく内装に馴染んでいたからだ…。
母麻佐子は、雪生と仲睦まじい姉の存在を許しただろうか? お父さんにとって何より避けたいのは、母の狂気の矛先が霞に向くことだったのではないか?
瑞生は頭の中から出てきた言葉に慄然とした。霞に刃が向くのは避けたかったが、瑞生に向くのは構わなかったのか…?
意識的に明るく訊いた。「この家は空き家になっているの?」
伯母はほっとしたように見えた。「ええ、雪生は婿養子になる時に私に贈与していったの。時々不動産屋から売りませんかと打診される。でも私は思い出が詰まっているこの家を手放せないでいるの。それに私はたまに来る。村にずっといると疲れちゃうから。宝石店も叔母たちも近くにいるし」と続けた。
「宝石店の…?」瑞生は先日伯母の部屋で見た美しい貴石の指輪を思い出した。
霞が腕時計を見た。湾岸道路が混む前に通り抜けておきたいのだろう。遠出の買い出しらしく、買い物荷物を持って帰る必要もある。
「今日はどうして、ここに連れてきてくれたの?」
セキュリティパネルの前で立ち止まると、一呼吸おいて伯母は振り向いた。
「あなたに雪生の部屋を見せておきたかった。宗太郎が入院してから、チャンスがあればと思っていたの。いずれあなたが青年になったら、鍵を預けるから一人で来ればいい。雪生の読んだ本を読んだり、雪生が呪われた一族の男の子として何を考えていたのか、思い馳せることがあってもいいでしょう。ここでなら怒っても泣いてもいいのよ。そういう気持ちを晒せる場所が必要な時に使ってほしいの。あなたと雪生の思い出のある家は焼けてしまったけれど、この家の雪生は…ずっと青年のままで残っている。それを伝えたくて」
大型スーパーに着くと、霞は瑞生の押すカートに猛然と食料品を入れていった。目についた鼻炎用のティッシュを「これも入れたら嵩張るのじゃない?」と言うと、「採用」と言うやカートに投げ込んだ。
家に戻ると、久しぶりに見る曽我さんがいそいそと動き回っていた。入院先のAAセンターにも曽我さんが詰めていたのだっけ。
部屋に戻り、ノートを開いた。
解決すべき事案として“家族”がある。瑞生はその下に、“居場所”“父の本”と書き足した。お父さんの部屋の窓辺で考え事をする自分を思い浮かべた。進学や専攻、人生の岐路に思い悩んだ時、誰にも邪魔されずに時間を過ごす場所がある。そう考えただけで、心が浮き立つのを感じた。
四時半過ぎに、八重樫家の当主が久しぶりに自宅に戻ってきた。一言の会話もなく伯父はそのまま寝室に入った。
初めてのことだが、瑞生は自宅で夜叉通信を伯母と見ることになった。
夜叉通信は『照明を抑えて放送します』という断り書きで始まった。
抑えた照明で夜叉が映し出された。一段と蒼い顔、赤い目の下瞼から血が溢れ出ているように見える。伯母が息を呑んだ。
:やあ、夜叉です。今日で第五夜。この顔で驚いた人も多いと思う。動きだす腕やしゃべる生首の次は、いよいよ流血ゾンビかよ、と思う人もいるだろう。俺の涙腺が機能しないせいらしい。血糊みたいに見えるけど、ただの内出血だ。ゾンビー症候群に関してはわからないことだらけで、俺を診てくれている医者やスタッフは大変だ:
:今患者はわかってる限り世界で俺だけだ。回復することなく、時間切れでまた死ぬだけだ。専門病院はもちろん専門研究室もない。似たような状況の病気は世界中にあるらしい。本当は研究したいと考える医者がいても、資金を援助する機関がない。俺の私物のオークションがそういう方向に活かせないかな、と思っているんだ:
:それで、養育費とか相続権利者のこととかはっきりさせたかったのか?:トドロキが経営者らしく資金繰りの話をする。
夜叉の身体が揺れて徐々に傾いできた。
:その前にまず債務の返済だ。家や店・車を買ってくれた人、買おうとしてくれた人、ありがとう。お蔭で完済できた:お辞儀をしようとしているのは傍目にも理解できた。
隣に座るキリノが、手元の紙を見ながら言う。:いい知らせだ。残りの高級外車五台のオークションも終了。売上金はその難病施設にそっくり注ぎ込むのか?:
:そうだね。俺にはもう、金も時間も無駄にする余裕はない…:夜叉の蒼く揺らめく顔面に血の滴るような下瞼が光って見えた。
:自分の一度目の死についてどう思ってる?:トドロキが真面目に聞く。
:…多くの人同様、死は突然やってきたから何もできなかったよ。あれで終わりなら、それはもうしょうがないだろう。今回猶予を与えられたと考えて、この体が動く限り出来る事をやろうと思っている。でも最終的にどう死ぬのかは、やっぱり俺が決める事じゃない。死に方はそれほど重要じゃないだろ:
トドロキは、足元の儀礼用の太鼓を持ち上げて撫でた。
:俺、昔から太鼓の音が大好きだったんだ。うちってロックバンドだからレコーディングでちょっと入れるくらいだろう? ドスドスドスッて叩き込む重低音も大好きなんだけど、手で叩くこういう…原始の音みたいのも好きでさ。一〇年ぶりにお前がレコーディングしたいって言った時、今のお前に合うのはこれかな、と思った。なんて言うのかな。誤解を恐れず言えば、霊に近い、と言うか。森羅万象と通じる、話すというのはこれでしょ、と思うんだ:
夜叉の回りの蒼いオーラが揺らめいたように見えた。
:霊と近い…。面白いな:
トン タタ トント タッタン トドロキが叩いてみせる。トン タタン
:繰り返しだろう。人の波長も、自然の営み、四季、風、皆それぞれの波形を持っていてじっくり回っている無限ループみたいだ。太鼓のリズムに乗って波長と波長が近づくと、種も有形無形も超えて会話できるのは、当たり前の事だと思うんだ、俺は:
:あの黄色い毒のあるカエルみたいな車買った奴がいるのか、驚き!:ガンタが茶化して笑った。
瑞生は一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなって部屋の中を見渡した。昨日までは、ガンタの笑い声をスタジオで直接耳にしていたのだ。それを馬鹿でかいとはいえテレビ画面から聞くなんて、なんだか魔法が解けたかぼちゃの馬車とネズミみたいだ。
夕食も伯父は自室で摂った。曽我さんと伯母がキッチンで、以前より事務的に食事について話しているのが聞こえた。最初伯母はメモを取っていたのだが途中から止めていた。




