⑪-1 蘇った遺体
夜叉邸に派遣されている医師の森山と藁科。ゾンビーウィルスに懐疑的な藁科は、蘇りの真実に迫ろうとキューバ人医師サニに詰め寄ります。
【 二〇一五年六月一二日 中篇 】
藁科が戻り、話し合っておきたいことがあると言い出した。
「私はゾンビーウィルスの正体に疑念を持っている。ジェイコブ兄弟以降の数例が本人や家族の記録ベースでは信じ難い。人体を蒼くする方法が判明すれば夜叉が“ニセゾンビ”に仕立て上げられたからくりが見えるはずだ。夜叉が補給してるフードを調べたけど、微生物も色素も混入されてはいなかった。キューバで遺伝子治療されたのでは? 本当に夜叉は死んだのか確認したい」
皆の目が部屋中を探して、部屋の隅のサニに集まった。
サニは腕組みを解き、部屋を横断すると夜叉の隣の椅子に座った。
「ヤシャが海岸で見つかった時に救急隊員が確認して、死者として大学病院に運び込まれた。そこに僕がいたんだ」
「そういう話初めてだね。サニは救急病棟担当なの?」と瑞生。
「うん。トウ…チャク?トウ…バン」
「当直だね? それで夜叉の死亡の確認を?」と森山が訊くと藁科が「検死は?解剖は?」と畳み掛ける。
しかしサニは珍しく歯切れが悪い。「僕…タントウじゃなくて…」
旅客機同士の空中衝突の原因はテロの可能性が疑われ、アメリカと国交回復決定直後のキューバ政府としては慎重に証拠となる物を回収する必要があり、警察も軍も人員は海岸線か空港の現場検証に割かれていた。自爆テロの疑いのある遺体以外の遺体、つまり夜叉のように五体が繋がって綺麗な遺体の死因などは重要視されていなかった。『座席ごと砂に埋もれてたって? 探しているのは自爆遺体だ。海岸中バラバラ遺体で溢れていると言うのに、完璧な遺体をバラバラにする意味など冒涜以外あるか。遺体のパーツ探しが優先事項だ』とサニも海岸に行かされてしまったのだ。
戻ってきた時には、遺体は冷凍保管室に回されていた。“夜叉”と呼ばれる日本人のロックスターであることが判明し、既に日本大使館に連絡がいっていた。
「それで?」門根がサニに成果を訊いた。
「僕は、腕を発見した」
「げっ、グロいな。海岸で腕を拾ってきたのか。日本人の?」
サニは頷いた。
藁科は向き直って、「つまり、夜叉を解剖したがらない教授が、一人でいい加減な死亡報告書を書いた可能性を否定できないわけだ」と締めくくった。
「今までも思ってたが、お前めちゃくちゃ嫌な奴だな」門根が妙に感心した。クマちゃんは「それは夜叉が蘇ったのではなく、昔のドラマみたいに『仮死状態になってた』とかいうこと? 蒼くなったのは、あなたの説だと『遺伝子をいじられたか、毒でも盛られた』と?」と冷静だ。
藁科は自信ありげに頷いた。「そう、ゾンビなどではなく、ね」
「そうかな? それは変だよ、藁科。夜叉の今の状態はどう考えても普通じゃない。基礎代謝も…」と言う森山を遮って藁科は「何が変? だって注射針を刺せないから血液検査すらしてないのに。レントゲンもMRIもダメ。新しい造影剤もスキャナーも試せない。だって唯一の生きたゾンビー症候群患者が死んでしまっては元も子もないから。これって夜叉たちに都合がよすぎない?」とまくし立てた。
「『たち』? 聞き捨てならないこと言ったな、お前。夜叉がゾンビのふりしてどんな得があるって? まして、俺たち事務所が夜叉を再び抱えて、何が嬉しくて右往左往してるってんだ。言ってみろ、このバリカン女」門根の剣幕には凄味があった。ほとんど嫌いだと思っている瑞生ですら『門根も大変なんだな』と同情してしまうほどだった。夜叉の件に翻弄されている上に、藁科の言いがかりが腹に据えかねたのだろう。
「お前、医者だか研究者だか知らんが、上から言ってんじゃねえぞ。こいつは女たらしで頭軽くて騙されやすいけど、世界で一〇本の指に入る程の美声の持ち主なんだ。こいつの歌は恋する中学生からアゼルバイジャンの塹壕にいる兵士まで感動させることが出来るんだ。そんな音楽のためにいる人間が、どんな茶番でゾンビのふりなんかするって言うんだ。証拠突きつけて言うんならまだしも、検査が出来ないからって、ボケたこと言ってんじゃねえぞ」
パシャ パシャ
ここは拍手の入るタイミングだと思うのに、変な音だ。
見ると、夜叉が拍手をしている。変な音の源は、右手を覆う保護シートと左手を合わせている音だったのだ。
「あ、指!」瑞生の一声で、森山も「そうだ。通常指を切断すればかなりの出血は免れない。あの部屋に特殊なプレス機や液体窒素なんて見当たらなかった。僕たちすぐに駆け付けたし」嬉しそうに指摘した。
「藁科さん、あなたの説は“いいがかり”の域を出ないようね」
藁科は頬もうなじも真っ赤になっていたが、部屋を出て行ったりはしなかった。
クマちゃんが話を続けた。「夜叉はいつ蘇ったの?」
「お前、まさか冷凍庫から這い出て、遺体安置所を彷徨ってたんじゃないだろうな。気色悪い」門根は半ば本気でビビっている。「俺は貞子みたいなのが一番嫌いなんだ」
「今まで平気で夜叉と話してたじゃない」クマちゃんが呆れる。
「クマチャンの訊きたいこと、わかります。冷凍されたままなら蘇らない。日本に帰ってから蘇ったはず。何故キューバで蘇ったのか? それは…僕のせい。僕が冷凍保管庫から出したから」
「何ぃ?」「なんで?」皆口々に驚いた。
サニは鼻を掻いた。
「僕は、独学で日本語を勉強してた。友達は『日本語を勉強するメリットがない。今やるなら中国語だよ』と笑ったけど。…検死報告書の上に教授の『驚くほど美しい遺体!』という走り書きがあった。僕は“The Axe”のファンだったから、本当にあのボーカリストなのか、見てみたかった。それで一人で保管庫に行き、遺体を出したんだ。そうしたら…」
「蘇ったのか! じゃサニが若造らしい好奇心で解凍しなければ、こいつは凍った遺体のままだったのか?」と門根。
「蒼かった? その時」と藁科。
「サニはその場で蘇生したの? 心臓マッサージしたら圧迫した部位のゾンビーウィルスが死んでしまったのじゃないの? すぐに脱水を回復するために点滴をしたでしょ? 低温障害を疑って脳のMRIを撮るよね?」と森山。
確かに。息を吹き返した夜叉を救おうと、サニが心臓マッサージをしたら、ウィルスが死んで夜叉はあっという間に黄泉の国に逆戻りだ。なのに何故無事だったんだ?
サニと夜叉は知り合いだった。
生きてるうちに知り合いだった場合、サニは夜叉がキューバでしていたことや、ゾンビーウィルスに感染した経緯も知っている可能性が高い。いや、関係しているのかもしれない。サニは知っていたんだ。夜叉が蘇ることを。もしかすると、夜叉を解凍して蘇るのを待っていたのかもしれない。
瑞生とクマちゃんの目が合った。クマちゃんはほとんど何も知らされていないのに、夜叉を救うことを求められている。
でも、夜叉を救うって、どういうことを言うんだろう? 幽霊なら成仏させてあげるのが救いだろうけど。クマちゃんは弁護士だから…。そうか、夜叉が子供の親子鑑定に拘っているのに何か理由があるんだな。
背中を見せていたクマちゃんが瑞生に「伯母様から連絡があったわ。今日のところは退院を回避できたそうよ」とスマホを振りながら伝えた。
思わず安堵の吐息を漏らしてしまった。伯父が急遽退院したら、在宅の人だけにこっそり抜け出すのも難しいだろう。伯父の激高に伯母が晒されるのも嫌だった。
「あなたは夜叉のところに来たいの?」クマちゃんの目は小さいけれど瑞生の逡巡を見逃さない、と言っているようだった。
「はい」瑞生は素直に頷いた。
「変わるもんだな。初めは『来たくなんかなかった』オーラ全開だったのに」と門根。「『なんで僕?』オーラも出てたな」とニヤニヤされるとむかついたけれど、瑞生は肩を竦めて大人対応をとった。
クマちゃんは満足げに微笑むと、「明日には門根がお見舞いに行って、謝罪と改善を約束する。私も同行する。あなたも行くといいかもしれない。伯母様と相談してね」と教えてくれた。
その門根はなにやらかかってきた電話相手に首を捻っている。「はぁ? 誰だって? 知らないよ、そんなの」
「そんないいわけ信じるか」
藁科の険のある声が響いた。
森山は体の向きを変えて、救いを求めるようにこちらを見た。キレた藁科がまくし立てた。
「サニ、その人を馬鹿にした言い訳をもう一度みんなの前で言ってみたらいい!」
瑞生は夜叉を盗み見た。予想では秘密を共有するサニと夜叉の二人が視線を交わして話の行く末を案じているかと思ったのだ。だが、夜叉は奥のスタジオを見ている。
自分がゾンビになった時の話なのに。サニと知り合いだった事が暴かれそうなのに、スタジオに籠りたいのか! 呆れるというより軽く衝撃を受けた。音楽を創る…創るって、そういうこと?
サニの方に行こうと皆が動き出した時、瑞生のスマホがブルった。
反射的に出ると、:おお、八重樫。ゲートで留められてるんだ。何とかしてくれ:と本永の声。
「瑞生。お友達と称する男がゲートで揉め事起こしてるらしいぞ」とスマホを持ったまま門根が怒鳴った。
「本永? まさか、来、来てるの?」
:おお:
「本永、来るのなら連絡くれればいいのに」
「おお、八重樫、久しぶりだな」
瑞生は二階の夜叉の部屋でじりじりしながら待っていたので、駆け寄りそうになってしまった。森山と藁科によりこてこてに除菌された本永が登場するまで、かなりの間があったのだ。
「イマドキ希少動物みたいな髪してやがる。正統派美少年の瑞生とは何とも不思議な組み合わせだな」門根が本永を面白そうに見た。クマちゃんは「フードを脱いだ時は騙されてテロリストを入れちゃったかと思ったわよ」と一息ついた。藁科は「ちゃんと先を読んで動け。巻添えを喰って業務外労働させられた」と文句を言った。森山ですら「八重樫君を心配して来たわりには、却ってリスクを高めてる感じだよね」と苦言を呈した。ゲートを通る手続きに総動員で走り回ってくれたのだ。
本永は直立不動になり「あー、すみませんでした。『慣れない村でスクープされて、孤立無援、こりゃ八重樫やばいぞ』と思ったら、居ても立っても居られなくなって…。正直、八重樫にこんなにたくさんの味方がいるとは思ってなかったんです。段取り無しで来てご迷惑おかけしました」と、金髪頭を深々と下げた。
「思ったより礼儀正しいから勘弁してあげるわ。八重樫君にいい友達がいてほっとしたわ」とクマちゃん。
本永は順に頭を下げていたが、ふと目を上げて正面に夜叉の存在を確認すると、ゆっくりと歩み寄った。瑞生はぎょっとして止めようとしたが、門根はもっとわかりやすく本永の前に立ちはだかった。
「おい、友達面した刺客ってことはないだろうな」
本永は門根を無視してうわずった声で言った。
「ニューヨークから逃げ帰って自宅に引き籠っていた時、自殺しようした。俺ロック好きだから、死ぬ前に何の曲を聴こうか迷った。俺のだけでなく親のCDも片端から聴いた。The Axeの曲もあった。どんなに聴いても『ああこれで思い残すことなく死ねる』と思えなかった。何か足りなくて、自殺する踏ん切りがつかなかった。そのうち高校が始まって死ぬ時機を逸してしまった。先週頼りにしてた友達が死にそうになったと聞いて、俺は挫けて久しぶりに引き籠った。The Axeを聴いた。そうしたら『何か足りない』感じは一緒なんだけど、違う意味に思えた。『自分を満たす音楽は自分じゃなきゃ作れない』『部屋から出て、お前の音を探しに行けよ』って夜叉の声がした。そうしたら、ネットに八重樫が晒されて、もう俺は自分を止められなかった…」
パシャ パシャ
夜叉の拍手の音だ。保護シートのせいで変な音なのだが、本永は気にも留めていない。
「ありがとう」
夜叉の声が予想外に小さいので、本永は思わず身を乗り出して耳に手を当てた。「は、はい?」
「一つ、俺のこの世の最期の愛人を助けようと来てくれて、ありがとう。二つ、俺の音楽をそんな風に本気で聴いてくれて、ありがとうな」
本永の金髪が歓喜の思いと共に揺れている。「い、いや、俺はそんなお礼を言われるほどの…、あ、愛人?」とトーンが変わった。瑞生を見る目も。
「本永、夜叉にからかわれてるんだよ、本気にしないで」瑞生が冷静に言うと、皆がどっと笑った。
「外見と一致した変な奴でよかったよ」と門根が緊張を解いた。
「で、お前、瑞生をどう助けようと思ったんだ?」夜叉が小さく聞く。
「え? え~」本永は言葉に詰まったが、顔を上げ確信に満ちた表情で答えた。「英語を教える」
「は?」
門根も藁科も森山もクマちゃんですら、口を開けたまま本永を見た。夜叉だけが体を震わせて笑っていた。瑞生は素直に嬉しくて笑みがこぼれた。「頼むよ、ニューヨーカー」
本永は本当にリュックから英語のテキストを取り出していた。手元にタオルやパンツが見えたので、「本永、泊まるつもりで来たの?」と聞いた。「当たり前だろ。『英語力は一日にして成らず』。お前、あの学校のレベルに達して満足なのか? 英語は世界に出ていくのに必要不可欠なツールだ。話せるようになるために勉強するんだ。本気でやらないでものになる語学なんてあるか」
パシャ パシャ
もちろん夜叉だ。本永は耳まで真っ赤になって照れた。
「驚いた。本永君て驚くほど正論を言うのね。本当に八重樫君を守りに来たヒーローだわ」クマちゃんもべた褒めだ。それなのに瑞生の頭は降って湧いた問題でいっぱいになっていた。
「伯母さん? 実は友達が僕を心配して村に来てくれたんです。僕のテスト勉強をみてくれるんですけど、今日彼に泊まってもらってもいいですか?」伯母が電話に出たチャンスを逃すまいと一気に話した。
ところが伯母は:宗太郎に『僕は忙しいから当分来ないでいい』と言われて。お友達に泊まってもらう準備はこれからするから大丈夫よ:と言う。
伯父が伯母を追い払うようなこと、今までもあったのだろうか?
傍らで、本永が家族に連絡している。「おお、大丈夫。八重樫の家に泊めてもらうから。そんな、泣くなよ。大袈裟だな…」心配して覗き込んだ瑞生に説明した。「俺が外出するってだけで、泣きそうだったんだ。『友達の家に泊まるなんて…』って泣き出した」
「寂しくて?」
「いや、嬉しくて。俺、基本外出皆無だから。俺のための予定外の帰国で、父親はニューヨークに残ってる。母親にしてみたら…地獄だったと思うよ。だから泣けちゃうんだろうな…」手の中のスマホを複雑な心情を過らせて眺めている。
「ネットの世界って、本当に勝手に書き込み放題だな」件のネット状況を確認して呆れた。
「『わたし、その美少年知ってるよ』なんだ、これは」思わずむかついた。「『わたし、ヤシャとか知らないけど、美少年は知ってる。だってこの村に美少年は一人しかいないもの。きのうバス停で会ったの。すっごいきれいな顔してた。でもバカっぽかった』…あのガキ、随分馬鹿にしてくれるじゃないか。何が『バス通学が自由』だ」瑞生はきっちきちの三つ編みの小学生を思い出した。「ガキは余計なことしないでさっさと寝ろよ」
「さてと、ようやくさっきの続きができる。サニ、夜叉を冷凍保管庫から出した後の話を皆にもして」突如藁科が話を戻した。
やむなくサニが話し出した。
「“世にも美しい遺体”を一目見たくて、保管室に行き遺体を出した。もちろん触れてはいない。そこに、恋人から電話がかかってきた。その…『あなたと別れたいから、すぐに荷物をまとめて出ていって欲しい』と。僕は『飛行機事故で病院は大変。今日は多分帰れない』と言ったのだけど、『公務員は定時に帰るものよ。いいわ、荷物は捨てるから』と言われた。本当に実行する人だから、慌てて帰った」
「帰った? まさか夜叉の遺体を保管庫から出してそのままほったらかして、家に帰ったってオチか?」門根が目を白黒させて問い質した。
「…イエス。彼女は怖いけど、彼女のママはもっと怖い。一緒に暮らす僕の稼ぎが良くないのは『医者なんかしてるからだ』といつも言ってた。僕の荷物を捨てると言うより破損しかねない」
「彼女の家で同棲って、彼女のお母さんとも一緒にってこと?」と森山。
「医者って金持ちなんじゃないの?」と瑞生。
サニは皆が引っ掛かるポイントがわからないという顔で、「僕の兄弟もそれぞれ恋人の家に住んでる。ママと別れたパパは三人目のパートナーの家にいる」と言った。
「キューバでは、それが普通なの?」とクマちゃん。サニは皆の様子に説明が必要と気づいたようで、「キューバは男女問わず働くのが当たり前で稼ぎを足して生活する。好きになったら一緒に暮らすし、うまくいかなくなれば関係を解消する」と教えてくれた。
「男女平等が本物で結婚が永久就職でないなら、同棲も解消も“愛情”だけで決めるということ…?」と藁科。
「国の財政が厳しいから公務員を削減するために、また自営業を認めるようになった。ライセンスを持たないもぐりの自営業なら誰でもやっている。売れる物は皆売るんだ。医者は急患があれば帰りが遅くなるでしょ? 自営業をする時間がなくて稼ぎが良くないんだ。彼女とママの不満はそこにあった。元々キューバ国外にいる親族から送金をしてもらえる者は裕福だけど、近年社会主義国なのに貧富の差が広がった。でも国が取締りを再開すると財産なんてあっという間に取り上げられてしまうんだ」とサニ。「二人で家を借りるより彼女がママたちといる家に住む方が早いし経済的でしょ。だって家は国が建てる物で、国は頼んでも建ててはくれないから。古い家を修理して住んでいるんだ。皆そうだよ?」
「ふ~ん」事情を聞いて、感心する者、驚く者。
キューバみたいな社会だったら、お父さんは死なずにすんだのに。母は一人で僕を産んで育てればよかったんだ。好きでもないのに結婚するなんて馬鹿らしい。あんな母と何故結婚していたんだろう、お父さんは…。
「で、彼女を説得したか荷物をまとめたかして戻ったら夜叉が解凍されて蘇ってた、というのか?」門根が呆れながら先を言う。サニは、きまり悪そうに頷いた。「そりゃ藁科がキレるのもわかる」
しかし藁科は「男女平等…」と上の空だ。「サニの彼女のお蔭なのかなぁ。夜叉が蘇ったのは」と森山。
「ということで、夜叉が蘇った時の話は終わりにしていいのかしら?」クマちゃんが一区切りつけたのは、このきわどい話のボロが出ないようにするためなのか、曲作りをしたがっている夜叉の気持ちを汲んでのことなのか、瑞生にはわからなかった。
瑞生と本永は手持ち無沙汰になったので英語の復習をしていると、門根が「これからキリノを迎えに行かなきゃならん。登録済みの俺の車が出入りする方が手続きが簡単だからな。まったく次々と人が来る。黒金さん、キリノの許可証申請を代わりにやってくれませんか?」とクマちゃんに頼んでいた。
門根は口が悪いのに、クマちゃんを“黒金さん”と呼ぶし敬語を使うんだ。面白いな。
気づくと、珍しくサニが瑞生の方にやって来た。
「ミズオ。ヤシャは音楽で忙しい。君の家に友達が行くのでしょう? 僕も行っていい? 日本のご飯を食べてみたいのだけど」
「え?」
一瞬言葉を失ったけれど、それは自分も考えた事だった。
クマちゃんに話すと、「それはいいけど、問題が起きた時に法的手段が取れるように私も同行するから少し待って。手続きが済めばキリノが来るまで二~三時間空くから、その間に八重樫君の家でごちそうになって戻ってこられるでしょう」と言った。
サニが嬉しそうな顔をしたので瑞生も嬉しくなったが、何かが引っ掛かる。そうだ、クマちゃんもうちでご飯を食べるつもりになっていないか? 瑞生は慌てて伯母に電話した。
【 六月一二日 後篇に続く 】




