第6話 緘口令(…気まずいから)
「今度着任された勇者殿は、見た目と中身の差が凄いな。 よく担当者の目を欺けたものだ」
「…そうしなければ、生きてこれなかったからな。 院長先生が居なくなった孤児院は解体され、残った連中は散り散りになった。 俺は生きる為に、カツアゲだろうと何でもやった。 だが院長先生さえ目覚めてくれれば、これまでに犯した罪はきちんと償うつもりでいる」
その罪の中には、先日アナザーニートを殺害したことも含まれているだろう。
そうしなければ、その院長先生に顔向け出来ないと思っているのかもしれない。
「シュリから聞いた。 昨日、汝はアナザーニートを3人殺害したのであったな。 そのことも悔いているのであれば、我が名をもってこれまでの罪をすべて赦そう。 罰とは悔いることさえしない輩にこそ、与えられるべきものだからな」
どんな罪を犯したのか聞くことすらせずに、魔王シズクは巌を赦した。
その慈悲深さは、魔王というよりも聖者と呼ぶ方が相応しかった。
「この世界は汝らの居る世界よりも慈悲深い、苦しむ者を見過ごすことが出来ないのだ。 心が苦しくなった時は、いつでも訪ねてくるが良かろう。 院長とやらと会話くらいはさせてやる」
魔王は最後にとんでもない事を言ってきた。
「ちょっと待て、院長先生と話せるのか!?」
「まだ死んでいないのなら可能だ、魂のみを呼び出し媒体に宿らせれば数分くらいは会話が出来る」
降霊術と呼ばれるものと似ているが、生きている人の魂を別の世界に呼び出すことが本当に可能なのだろうか?
「別の世界とはいえ、ゲートを通じて繋がっている。 人物さえ特定出来れば、あとはたやすい」
「ならば1度だけ話す機会をくれないか? これまでの事を先生に伝え謝りたい」
魔王シズクは巌を別室に案内した。
「他の者の前で情けない姿を晒させる訳にはいかぬからな」
肝心の2人が居なくなってしまったので、初めての謁見は終了した。
一呼吸入れるリュウに、命のやり取りをしそうになった男が近づいてきた。
「まさかこんな場所で再会することになるとは、夢にも思わなかったぞ。 勇者よ」
「ブラドか、生憎と俺は既に元勇者だ」
ブラドは急にリュウの肩に手を回すと、小声で大切な事を伝え始めた。
『シュリ様をたのむ、残念ながら先代勇者の血を引くあの方に憎しみをぶつけている者も少なくない。 気丈に振舞ってはおられるが幼少の頃より、心無い言葉を幾度と無く浴びせられてきた。 信頼し寄り添える相手に、お前がなってくれると助かる』
『おい! まさか俺に彼女の恋人になれとでも言っているのか!?』
『シズク様もシュリ様にこの城の中ではなく、城の外で自由に生きて欲しいと願っている。 向こうの世界に連れて行くもよし、こちらの世界で共に暮らすのもよし。 お前の判断にまかせる』
言い終えたブラドはリュウの身体の向きを反転させる、するといつの間にかすぐ近くまで来ていたシュリと目が合いリュウは思わず視線を逸らした。
「リュウ、それにブラド様。 一体何を話されていたのですか?」
「たいした事ではない。 馬子にも衣装とはよく言ったものだと話していたのだ」
「もう! どうせ私にはこんな格好は似合わないと仰りたいのでしょう?」
頬を膨らませながら抗議するシュリ、一方のリュウは口を開けたまま固まっている。
「どうしたのですか、リュウ?」
下からを顔を覗くシュリに、リュウは思ったままを口にしてしまった。
「いや、凄く綺麗だったから見蕩れていた」
思わぬ返答が返ってきたので、シュリは赤面して顔を隠す。
初々しい2人を見つめながら、ブラドはしみじみと感じていた。
(ようやく乳母役からは卒業かな? とりあえず2人の仲がこのまま進展していくのか、遠くから眺めていよう)
この日リュウは予定を少し変更し、町へは戻らず魔王の居城で一泊する事となった。
半日ほどで出てくる筈の魔王と巌が、部屋から出てこなかったのだ。
「…子供のように泣く姿を見て母性本能をくすぐられ、そのまま同衾されたと?」
「…うむ、許せ」
「この場合、どうすれば良いんだ? 俺、責任の取り方知らないんだよ」
「いや、俺に聞かれても困る。 院長先生にでも相談しろ」
翌日の城内は、気まずい空気に満ちていた。
魔王が勇者と一夜を共にした…ばつが悪いどころの話ではない。
幹部の中には怒りの矛先をどこに向けて良いのか分からず、困惑する者も居た。
物凄くレアなケースとして、ブラドを筆頭とした極一部が
『悪しき行いを繰り返す冒険者たちは、2人の愛の力によって裁かれるであろう』
と茶化し、2人が動揺するのを見て楽しんでいたが…。
「この度はお祖母様がとんだご迷惑をお掛けしました!」
平謝りするシュリに対して、リュウも土下座して謝りたい心境に駆られている。
何せ一緒になって周囲にご迷惑をかけたのが、後任者なのだから。
2人には1日の謹慎処分が言い渡され、一応の決着が図られたが問題は更に別の方向で加速した。
「こうなった以上、2人には婚姻して頂くしかありませんな」
「いや、それはまずい。 お世継ぎが生まれた場合に、シュリ様の立場が微妙なものになってしまう」
いずれにせよ事を公にするには時期尚早という結論になり、城外に話を広めないように緘口令が布かれた。
ともあれ共に戦うことを誓ったリュウは、魔王が謹慎している部屋に呼び出されるとある装備を手渡された。
「私事で迷惑を掛けてしまったが、これをおまえに渡そう。 過去廃棄されたものを回収し、改造を施した試作品だ」
それは2世紀ほど前、初めて異世界に渡る冒険者に手渡された装備。
当時の自衛隊員にハチキュウと呼ばれていた、89式5.56mm小銃だった。
「弾の原理が分からなかったので、自身の持つ魔力を吸収し撃てる様に改造した。 だがそちらの人間がこれを撃つ事が可能か、まだ試していない。 そこでだテストを兼ねて、城の周囲に住む魔獣を退治してもらえないだろうか?」
こうしてリュウは、相棒となる武器の性能テストを行うこととなった…。