第5話 予想外の展開
「そうして俺とお前が支配者の側に立って、富を独占するつもりなのか?」
額を汗が伝う。
1人だけなら逃げることも出来たが、シュリを残して逃げる訳にはいかない。
一応、形だけの共闘を約束してこの場を離れるか。
返答を選んでいると、巌は何故か首をかしげる。
「はあっ? そんなのは法律の分かる人に任せておけば良いの。 出来れば、昭和の派遣社員が存在していない頃の雇用条件まで戻せる奴に」
あれ? なんか言ってる言葉の中身がさっきと違うような…。
一瞬戸惑っていると、巌が何かに気がついた。
「ああ、さっき俺たちで日本を支配しないか? って言った奴か。 すまん、言葉が足りなかった。 要は俺たちみたいな国に利用されて、使い捨てにされている連中で協力してこっちの世界に来なくても普通に暮らせる国にしていかないか? と聞いたつもりだったんだ。 勘違いさせてしまったか?」
「勘違いしない方がおかしいわ! 俺たち2人で日本を支配するみたいに聞こえたぞ」
「小さい頃学校にすら、満足に通えなかったからな。 口が悪いのは勘弁してくれ、ただしこれだけは言っておく」
巌の全身に殺気がみなぎっていく、背後にいるシュリも既に涙目だ。
「俺は政治家には絶対にならない、政治家も大半のアナザーニートも俺の敵だ」
政治家に恨みを持つのは居るが、アナザーニートに恨みを持つ者はほとんど居ない。
恨みを持つだけの何かをされたのだろうか?
「俺はな、実は孤児院の出なんだ。 院長先生は30前の若い女性だったけど、方々に頭を下げながら俺たちに食事を与えてくれた。 学校に行くことは出来なかったが、楽しい毎日だったのをよく覚えてる」
だが優しい言葉遣いになっていた巌の口調が、急に荒々しいものへと変わる。
「それをぶち壊したのが、アナザーニートの下衆野郎だったんだ!」
ある日のこと仲間数人と近くの河原で魚釣りをしてから戻ると、孤児院にパトカーが何台も止まっていた。
巌が留守にしている間に、強制送還で日本に連れ戻されたアナザーニート達に孤児院が襲撃されたことを後日知った。
用意されていたおやつは食われ、他の孤児たちは首を絞められこの世を去った。
そして愛情を全身で注いでくれた院長先生は、出所すら怪しい薬を打たれたあげく散々弄ばれて廃人状態となり今も意識が戻っていない…。
「魔法の聖水さえあれば、院長先生をすぐに元に戻せる。 だが今の俺には、それを買えるだけの金も無い。 俺たちの大切な場所を奪った連中が憎い…。 こんな腐りきった世の中にした政治家や、人を殺傷しても何とも思わないアナザーニートの連中を俺はこの世から消し去りたいんだ」
さっき躊躇無く殺せたのには、こんな理由があったのか。
同じような目に遭っていれば、やはり憎しみで人を殺せる存在に変わっていたのかもしれないとリュウは思った。
「おまえのように魔獣を倒し、報奨金を貰っていればこっちの世界で金に困ることも無かったんだ。 それなのに目先の成果を優先して路頭に迷い、矛先を日本と異世界の弱者に向けるアナザーニート。 俺が望む新しい日本では、こいつらは必要無い。 まずはこの世界に散らばっているアナザーニート共を始末する、隠れアジトの場所を知っていたら教えてくれないか?」
「1つ、大事なことを聞いて良いか?」
「ああ、いいぜ。 けど俺に惚れちまったとかは無しで頼むぞ」
「こっちの方こそ願い下げだ! 聞きたいのは魔王を倒すつもりが有るかどうかだ」
こいつの願いが本物だったとしても、魔王を討つ気持ちがあるならばいずれ戦う事になるだろう。
それだけは何とかして避けたい。
「魔王は悪人みたいに言われているが、実際は俺たちみたいな冒険者からこの世界の住人を守っているんだろ? なら戦う理由は無い。 けどギルドの連中の目を欺く為には、魔王の側近たちを倒したっていう証拠を作る必要があるぞ」
そうだな、装備や金塊ばかり提出していればいずれは怪しまれる。
何か良い知恵はないだろうか?
2人で悩んでいると、すっかり蚊帳の外に置かれていたシュリがようやく会話に参加してきた。
「あの…でしたら、明日一緒に打ち合わせされたらどうでしょうか?」
翌日、魔王の住む城内は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。
前任者の勇者をスカウトして味方に引き入れた事実だけでもとんでもないのに、着任したばかりの勇者まで来ているのだ。
万が一のことが有ってはならないと魔王四天王も勢ぞろいした中で、新勇者と魔王の初めての謁見が執り行われた。
「いや~まさかこんな事になっていたとは思わなかったわ、そりゃ俺みたいのが急に現れて協力しろって言っても信用する訳にいかないよな」
「しかし、俺たち2人のアウェー感半端無いな。 おまえは逃げれるかもしれないが、俺は速攻でなぶり殺しされるぞ」
「嘘つけ! その目は既に包囲の穴を見つけたって感じしてるぞ」
所持している武器を全て預けているので、俺たち2人に危害を加える意思が無いことは証明している。
それでも信用されていないのは、先代勇者の高部のやった所業がそれだけ悪辣だったということに他ならない。
「静粛に! 陛下、ならびに王女の御入殿である」
謁見の間に緊張が走った、リュウと巌に注意を払いながら扉が静かに開かれる。
魔王が1歩足を踏み入れると、四天王を始め配下の者たちが一斉に跪く。
リュウと巌は対外的には国賓の扱いとなっているので跪拝の必要は無い、だが思わずひざを地面に付けそうになった。
そして静かに歩くの魔王の後ろ、王女と呼ばれた女性を見た瞬間リュウの全身に電流が走る。
「…シュリ!?」
今まで町人の服装だったシュリが、白金のティアラと純白のドレスを身に纏って2人の前に現れたのだった…。