第1話 派遣勇者はつらいよ
「ここをよくぞ探し当てることが出来たな、勇者よ」
「ああ、ようやく見つけたぞ。魔王四天王の1人、【吸血王】ブラド!」
「貴様の生き血を全て、我が吸い尽くしてくれよう」
構えを取る両者、実力が拮抗しているらしく隙を見つける事ができない。
そしてしばらくにらみ合いが続いていると、勇者の胸の内から何やら電子音が鳴り響いた!
「あっ! ちょっと失礼、会社からだ」
手でブラドを制止しながら、電話を取り出す勇者。
電話の相手と社交辞令の挨拶をかわしていると、急に勇者は声を荒げた。
「ちょっと待ってください! 今日付で契約を打ち切るってどういう事ですか!?」
『明日で契約してからちょうど3年になるが、目立った成果のない君の雇用を継続する訳にはいかないからね』
「それなら、あと1日だけください。 今、魔王四天王の1人を倒して成果をあげますので」
『もう決まったことだ。 それからその装備一式は会社からの貸与品だから、今日中に返却しておく事。 良いね?』
電話を切られて呆然とする勇者、様子が何かおかしいことに気付いたブラドが声をかけた。
「おい、いつまでも呆けてないで戦いを再開せぬか?」
「申し訳ありません。 本日付で勇者としての雇用契約を打ち切られてしまったので、これで失礼します」
「雇用契約だと!?」
目を白黒させているブラドに勇者は力なく答えた。
「俺、日本って国から派遣で送られてきた者です」
20XX年、日本に突如異世界へと通じるゲートが現れた。
海外から研修と称して雇い入れた大勢の非正規労働者達によって、多くの失業者を産み出していた政府はこれを利用した。
まずは生活保護の受給者や失業している若者達を、【異世界人材派遣協力機構】と命名された国営企業に所属させる。そして耐久年数を過ぎて廃棄するのみとなっていた陸自の装備を渡して、冒険者として異世界に送り出したのである!
現地住人との衝突や魔獣と呼ばれる異世界の動物との戦闘を繰り返し、5年後ようやく橋頭堡と呼べる場所を確保した。日本政府はそこに小さな町を作り、派遣された冒険者を管理する会社の現地事務所を立ち上げた。
『ここを拠点に、冒険者(生産性の無い国民)を異世界のすみずみへと派遣する。 最初に装備を貸与したのは我々なのだから、勤務中に得た宝物や強力な武具は会社に提出するのが当然だ』
かくして【異世界人材派遣協力機構】は現地において、【ギルド】と呼ばれる様になり政府は国民を使い捨ての道具の様に扱いだすのであった。
そして現在22XX年、2世紀近い間に見つけ出した強力な武具を貸与して100年に1度現れる魔族の王と戦わせる特別待遇の派遣社員が存在する。
現地の住人達は、畏怖と同情の気持ちを込めて【勇者】と呼んでいた…。
「成果を出さなかったからって、退職金も無しってブラック過ぎるだろ国営企業のくせして!」
借りていた装備を取り上げられ町人(無職)となってしまった、元勇者の伝宮 龍は途方に暮れていた。
給与として支払われた金額と、3年間の冒険で討伐した魔獣の報奨金でこちらの世界でなら数年は遊んで暮らせる。 しかし、現在の日本で暮らすために必要な金額には到底及ばない。
実はこの2百年の間に日本は数百兆円にまで膨らませてきた、国債の借金を全て返し終えていた。 その資金源となったのが、異世界に送り出してきた冒険者たちが持ち帰ってきた数々の品だった…。
どんな病気だろうと瞬時に治してしまう魔法の聖水や、死亡してから3日以内であれば蘇生可能な復活薬。 最先端の医療を鼻で笑う異世界の品物に、世界中の富裕層が群がったのは言うまでもあるまい。
その結果日本は無借金で国家予算を組める大国にまでのし上がったのだが、代償として物価が高騰してしまう。
日本に戻っても生活出来ない冒険者たちは、そのまま異世界に住み着くことを選んだ。 そんな異世界引きこもり(アナザーニート)と、現地の住人との間に生まれた日系人(ハーフ&クォーター)の存在が今の政府の悩みの種になりつつある。
「俺もアナザーニートになって、細々と暮らすかな…」
古着屋で服を買い適当な空き家を探そうと考え始めていた龍は、フードを被った何者かに肩を叩かれて振り向いた。
「元勇者の伝宮 龍様ですね?」
「そうですけど、あなたは?」
「名乗るほどの者ではありませんが、とりあえずご同行願えますか?」
胸元に短剣を突きつけられたので、龍は身構えた。
「俺を口封じで始末する気か!?」
「逆です。 あなたさまをこちらの陣営に招きたいのです」
抵抗して命を失っては無駄死にだ。 龍は従うことを選びフードの使者に言われるまま、人目に付きにくい裏路地へ案内された。
「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」
使者はそう言うとそれまで被っていたフードを外した、そして現れたのは目を奪われてしまうほどの黒髪の美少女だった。
「これからあなたをある場所まで転送いたします、慣れない内は気分が悪くなるかもしれませんがお許し下さい」
少女が聞き取れない声で呪文を唱え始めると、龍の足元に魔方陣が浮かび上がった。 龍はどうしても少女の名前を知りたくなり、思わず尋ねる。
「君の名前を俺に教えてくれないか?」
少女は困ったような顔を浮かべながら、短く答えた。
「シュリ。 日系のクォーターよ」
転送された場所は暗闇に閉ざされていた、数人の気配を感じるが襲い掛かってくる様子は無いのでひとまずは大丈夫だろう。
「このような形で呼んでしまい、大変心苦しく思う伝宮 龍。 日本政府というギルドの連中に、あなたとの接触を勘付かれてしまっては元も子も無いのでな」
綺麗な女性の声が響き渡る、暗くてよく見えないが広間の中央に居るらしい。 すると広間の照明に一斉に火が灯った。
「はじめまして、私の名はシズク。 あなたが本来、契約期間中に倒すべきだった魔王だ。 ギルドの連中に気付かれずに日本と繋がるゲートを破壊するため、私はあなたをスカウト(正規雇用)したい」
契約解除されて無職になった元勇者は、倒すはずだった魔王から今ヘッドハンティングされようとしている…。