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王女の幸せ、少年の決断

 それもこれも、終わりだわ、私は彼方に行くのですもの。彼方は、ここと違いあの使者の様に、姿形が私達とは違う、けれどあの時の手は、とても暖かかかった。


 そう思い、過去から戻るとブランカはふと思い出したかの様に、背に美しく流れる金の髪の先を、手で握りしめる。


 夢か現か、あの夜から少したった頃、幼い時に病になり熱を出して寝込んでいるとき、母が優しく頭に手を置き、頬を寄せてくれた……そんな記憶の一片が有るのだ。


 そのとき触れたのはこの辺り、と心が動く時にまじないの様に握る癖がある彼女。唯一と言ってもいい、母親から受けた、儚い淡雪な様な愛情。夢か現かわからぬ記憶。



 ……母上が、そんな事をなさるはずないわ、国の者達は選ばれる事が無いと言うのに、髪の色を染め、金を隠し子供を守るまじないをしてる。しかし、私は違った。隠すことなどされなかった。


 私は王家の証『瑠璃の瞳』を持ち『金の髪』で産まれた『華』……滅多と産まれぬ「華』幼い時は、一応表向きからか、髪の色は染められてたけど、瞳の色は変えられない。


「もうそろそろ、到着しますよ」


 物思いにふける主を心配し、闇夜が声をかけた。それにおうように頷くブランカ、


「闇夜、私はやっぱり父上を……覚えていないけれど、殺してしまったから、母上は『その者はいる』とおっしゃったのでしょうね、でも私は、父上がいらしても、こうして出る運命と聞いたわ……」


 ふと思った事を口出す。彼女は知っていた。歴代王女で、彼女と同じ容姿の者が、極ごくまれに産まれていた事を。


 しかし、使者に対して巧みに隠し、彼女の様に差し出す事はなかった。呪いは、少し気を付ければ、どうと無いもの。触らなければいいのだから……


 王宮から出ることのない、身分有るもの、そして貴族達は呪いを避け、日々を外で過ごす事は少ない。


 犠牲となるのは国の民、流される血に目を瞑れば、聞こえてくる家族を花に吸われた、民達の挽歌に耳をふさげば、愛する者を守る事は出来るのだから。


 ならば私は、生まれた時より、両親に疎まれていたのね、とブランカは窓の外に、流れる闇色に目を向け思う。


 幼いブランカが見舞われた悲劇。あれは不幸が重なった事故に過ぎない。


 覚えていない頃の事故。それを知り、苛まれる罪悪感……そして母と共に、父にも疎まれていたかと思わざる得ない事を、ある時女王から教えられた。


「そういえば、父上が私の名前をつけて下さったそうだけど、結局母上は一度も、呼んでくださらなかったわね」


 そして、彼女は、ふふふ、と自虐的に笑いを漏らすと、誰に向かう事もなく話し出した。


 ―――別にいいわ、私は彼方に行くのですもの。両親の思惑通りにね。これで国の人々も救われるわ、どんな人々だとしても、この国の民、そして私は王女。責任ある立場よ。


 そう、王女の役目としては当然ね。


 だけど私は自ら行くのよ、だってあの夜、幼い私を連れて行くことに、困ってた、あの使者の国ですもの、きっとここより、まともだと思うのよ。


 それに対して返事に困る闇夜、そして彼に対し、薄く微笑んだ王女。


 ガタン、と国境に着いたのか馬車が止まる。そして御者が扉を開き、先ずは闇夜が外に出る。


 そこは漆黒の闇広がる湖、そして常に色濃く漂う霧が晴れ、湖面に一筋の輝く道が延びている。


 その道を歩く為に国中の人びとが、集まっている。そして今宵は特別な夜でも、さらに特別な夜……


 王女の輿入れと重なる『紅薔薇の呪い』が解かれる時、それを祝う皆がここに集まって、笑いさざめいていた。


 闇夜に、手を取られ馬車から降りるブランカ、目の前には既に、あの時の使者を始め、彼女に敬意を称し『黒の国』の王族の姿もあった。


 威厳が漂う風貌の王、優しい眼差しの王妃、そして少し年長に見える王子、花婿の姿。


 皆、背に黒い羽を持ち、頭には捻れた角が有るが、他はこちらの者達と変わらない。それどころか、彼女が戸惑う程に、優しい笑顔を向けていた。


 そのままゆっくりと近づき、優雅に一礼をし、挨拶をするブランカ、挨拶が終わると、不意に柔らかく王妃に抱き締められた。


「今日から貴方は、わたくしの可愛い娘、ブランカ、国の者たちは、婚礼の用意を以前から、この時を待っていたのですよ」


 聞いてた通り、なんて可愛いのでしょう、


 ねぇ、貴方ご覧為さって、王子もこんな可愛い妃を迎えるとは、わたくし信じられませんわ、と、家族に声をかける黒の王妃。


 そして王妃の言葉に嬉しげに頷く国王もブランカに優しく声をかける、


「これからは父上と呼んでおくれ、そして王妃よ、ちとお喋りが過ぎるぞ、すまんな、嬉しくてたまらんらしい」


 とおおらかに言葉を放つと、王妃を苦笑しつつ、落ち着けば毎日話せると言う、そして


 黒の国王は、傍らの息子である王子の背を叩く。さあ!早くお前の花嫁の手を取らぬかと、


 恥ずかしそうにしていた彼は、父王に急かされ、顔を赤らめ花嫁に近づく。


 そして照れくさそうに、しどろもどろになりながら、花嫁の手を取り、名を名乗り礼をする、これからを共に生きる少女に。


「ダメダメ、緊張した。練習をいっぱいしたのに、上手に言えなかった、許してくれる?ブランカ」


 そして終わると、これは、じいやに怒られるや、と、かの使者をちらりと見る彼は、無垢な笑顔でこれからよろしくね、と笑う。


 その日姿を目にし、ブランカは胸が熱くなる。彼女自身、何故かわからぬ涙が目に浮かぶ。


 名を呼ばれたせいなのか、何かはわからない。


 ただそれは、今迄の『孤独』が流れ去るのか、冷たく凝り固まっていた、


 心に有るものが、溶けて満たし溢れたのか、何かはわからない。


 ただ、今まで触れた事の無い、暖かいものを感じていた。


 そして彼女は、目の前に差し出された手をとる。笑顔と共に、


「はい、よろしくおねがいいたします。王子様」


 初めて、彼女自身が、覚えている限り初めて心から溢れる…笑顔がこぼれた。


 それは大輪に花開く、純白の薔薇の花の様に、見る者の心を洗い流す様な、美しい笑顔。


 ……私は、生きていく、これからは、きっと笑って、笑えるとおもうの。


 ブランカは、暖かな物が広がり包む中で前を、これからの時を見て、そう思った……


 では、そろそろ御出立を、国の者達が待っておりますゆえに、と家老である、使者が声をかけてきた。


 そして、銀に光る湖面の道へと向かう前に、王が闇夜に目を向ける。


「お前は姫の従者か、共に来るものがいるとは聞いている。此方に来ても忠義を頼むよ」


 王が慇懃に闇夜に言葉をかける。それに対して、膝まずき彼の主である王女を通じて、新しく仕える王に礼を取る彼。


 そして皆は道をすすむ。彼女は振りかえらない。王子に手を取られ進む。笑顔で前を見て。


 そして、その凛とした後ろ姿を目にする彼は、王女が今迄まとっていた、氷の鎧のがとけさった事を感じていた。


 ………王女様は、幸せになられる。そして私も、


 仕える主の幸せは自身の幸せとなる。闇夜、頼みましたよ、と白の女王の声が頭を過る。


 女王の深い思いに、哀しみに、あの時心に響いた名前が違う時の自分にかけられた声を。



 ×××××


 王家に、代々側近くお仕えする名家、その第一子として生まれ、ある夜、父と共に、女王陛下に呼び出され、出会った夜。


「お前には終生、王女様を支えてもらいたい、辛く過酷になるだろう、ある理由で表向きは、父ともいえど、手を差し出せぬ、しかし、お前しかおらぬ、引き受けてくれないか、全ては王女様の幸せの為に……」


 父から聞かされた。女王陛下の深い思い。国を守る為の悲しい決断。


 幼い王女の行く末を、願うあまり思い詰めた、悲しい母なる女王の涙に満ちた願い。


「引き受けてくれませぬか、貴方しかおらぬのです、年齢、知識、強い意志、父君と共に城内に上がった時より、見ておりました、ブランカを、支えてくださいませぬか」


 そう手を取り、決して人前では見せた事のない姿の女王陛下。父の真剣な眼差し。


 そしてそれを受けた彼が脳裏にうかぶ、幼き王女の孤独な姿。一度下がり考えようと思った。


 王女に仕える事とは家族から離れる事、国を去ることだから。しかし、運命が彼を選んでいたのだろうか。


 まだ少年だったにも関わらず彼はこう思った。


 この場で決断をしなければ、決心は出来ないとその時、少年の彼は思った。


 そして、息をのみ不安を闇に隠し万感の想いが込み上げる中で、即座に決断を下した。


 そうで無いと受ける事が出来ない、と少年は心を奮い立たせる。


「……わかりました。父上……王女様に、お仕えします」


 その場の事は、涙をこぼすまい、ここで、陛下の前で、父の前で、泣いてはいけない、とその時の記憶が残っている。


 それに重なる記憶の一片、ぐっとこらえる、彼の肩に手を置く父親に気付き、見上げるその目にも涙があった事を……


「ありがとう、ブランカを頼みましたよ……では、貴方には称号を与えましょう、名は父上に由来しましょうか」


 そして、女王陛下が静かにそう言葉をかけてきた。それに対して、彼は即座に希望を述べる。


「名は……そう『闇夜』と、王女様の不安も、僕の不安も、悲しいことも、苦しいことも、全て隠せる、夜の闇がいいです」


 先程自身の思いを、持ち得る闇に沈めた、なので、もっと色深い、不安も、悲しみもこれから来る別れも、そして涙も全て隠す名前が欲しかった。


 それを受けて、女王陛下は彼に『騎士』の称号と共にそれを与えた。


 そして、かつての名前を捨て去り彼は『闇夜』と呼ばれる事になった。それと共に明かされた『理由』母追い詰められた切ない想い。


 ――その時誓った。この夜の事は、生涯、決して誰にも明かしませんと誓った自身の声を……彼は思い出していた。そして今、彼も前を見る。


 色々と有るだろう、姿形が違う者が紛れるのだから、でも王女が幸せならば何とかなるだろう


 異形といえども、彼方に両親とかつて行った記憶から、心は同じものを持っている様に思えた、だから、きっと大丈夫。


 それにおそらく身分は、王の直属となる。聞くところによると、似たような階級制度らいしい。


 ならば、経験上、一山越えれば、そう大変な事もなく過ごせると予想はつく。


 それに珍しい物もある国だ、楽しみだな。とそう思う闇夜。


 これから永久に過ごす国。黒の国と呼ばれるその国に向かいながら


 王女をこれまで通りに、支え生きる事を新たに決意をしつつ、新たな王に仕えてる事になるその国に、彼は思いをはせた……。

























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